2027年のビーンズショップ <夢の途中> 第2話<夏のカフェ講座最終日>



2. 夏のカフェ講座 最終日
 
今日で夏のカフェ講座も終わる。夏のカフェ講座は八人募集して七人が受講した。それ自体は悪い数字ではないが、カフェ講座はあくまで自家焙煎店の開店を目指す人達の入り口なのだ。ただ、そこから開店指導を目指す人達は減っていた。
 
昔は一回のカフェ講座から三件から四件のオファーなり、質問なりがあり、カフェ講座と開店指導は結びついていたのだ。ところがここ二・三年カフェ講座に人が集まるのは変わらないが、それが開店指導には全く繋がらない。ただ、カフェ講座の前後にカフェ講座の宣伝をするものだから、カフェ講座を受講しなかった人達のオファーがあり、それはそれで開店指導に結びついていた。だからカフェ講座は続けていたのだ。
 
日本の珈琲豆屋は、ここ二・三年の間に異常に増えていた。一つはコロナの助成金がカフェに出て、他に使い道がなかなか思いつかなかったカフェが焙煎機を入れ自家焙煎のカフェにしたところが多かった事。もう一つはユーチューブでの流行で豆の焙煎の様子が簡単に見られるようになり、あれなら自分でも出来そうだ思った若い人達が安価な、或いは高価な焙煎機を買い、ネットで簡単にお店が作る様になったからだ。
 
ネット販売だけの豆屋を含めればその数は以前の二倍にも三倍にもなり、富士ローヤルは焙煎機の製作が間に合わず、発注から、製品の到着迄、一年以上も待たなければ焙煎機が届かないという事態になっていた。ネット上では新品より高い中古が平然と売られていたのもこの頃の特徴だ、今はそんな事も無く、焙煎機は直ぐに届くようになった。
 
ただ、豆屋の増加は止まらない。これから豆屋を始めようと思う人は、まず、そうした豆屋の数の増加に驚いてしまうのだろう。しかし、と私は考える。カフェで豆は売れない。それは昔からの事で今に始まった事ではない。カフェは飲食店であり、豆屋は物販店だ。カフェで豆を売るには、それなりの工夫が必要なのだが、カフェの大半はそうした工夫をしてこなかったのだ。
 
もう一つの原因。ユーチューブで豆の焙煎を見て、これなら自分でも出来るのではないか、お勤めも面白くないので、何とか豆を焙煎して食べて行けないかという希望とも願望とも言えない物が、自分の中で立ち上がり始め、ただ店を作るのには、お金が掛かりそうなので、ネットで販売すればお金を掛けずに起業出来るのでは無いかと言う所まで考えが纏まると、その願望は自分の頭の中で自己完結し、それを実行に移す事になる。
 
ただ、その願望には二つの大きな落とし穴がある。一つはユーチューブで見た人の豆が本当に美味しいのか、そして、その人の店は繁盛しているいのかという問題だ。それもまともに確認せず、豆が焙煎されている場面ばかりを見ていれば焙煎も仕事も簡単な様に見えるかもしれない。
 
更にネット販売でと簡単に言うけれど、私にとってネット販売は、これ以上難しい物は無いという至難の販売方法だ。だから自分の知り合いが買ってくれるのが一巡すると、そこから売り上げは全く伸びない事になる。仕事は易しい物ではないのだ。
 
ただカフェ講座は受けるけれど開店指導には進まないという人達を観ていると、そうした事が全く理解出来ていない。商売敵が幾ら増えたと言ったって、それがどんどん潰れて行くなら、それが何故なのかを考える力が無ければ仕事は先へは進まないし、開店も覚束ないだろうと山下は考えながら、残りのテキストをしまいバッグに入れた後、渋谷の貸会場を出た。
 
地下鉄銀座線で銀座に出て、一丁目の地下のバーにより、そこでギムレットを二杯飲んだ。漸く気持ちは少し落ち着いた。ギムレットはライム果汁とジンだけで作る。どんなライムを使うか、どのジンを使うかで味は決まってくるが、そこに、ほんのちょっとの砂糖を入れるか入れないかで味は、又、変わってくる。後はシェーカーの振り方だけだ。
 
銀座のこの地下のバー<下田>へ来るようになってから三十年になるが、ギムレットの味は変わらない。老バーテンダー<府川>のお陰だ。彼が居なくなったら、もうこんなに美味しいギムレットは飲めないかもしれない。仕事とはそうした物だ。

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