2027年のビーンズショップ    夢の途中  第4話 契約



 
それから一週間ほどして谷川さんから電話があった。
 
『先日はありがとうございました。良く考えて、妻とも相談し開店指導を受けさせて頂く事に致しました。ただ、申し訳無いのですが、ミニホテルの方の話にもお力をお借りしたいのですが。』
 
『勿論です。ただ、私はコーヒーの豆屋が専門で、カフェの話までは充分お力になれるとは思いますが。ベッド&ブレックファーストのミニホテルに付きましては知識が足りないかも知れません。その辺りは良く分かる人が必要になってくるかも知れません。誰か心当たりはありますか。』
 
『残念ながらありません。』
 
『そうですか、それでは2人で出来ない事はないと思いますので、後は、よくわかる人の意見をいろいろ参考にさせて貰えば良いと思います。動いている途中に良く分かる人が現れる可能性もゼロではありません。ただ、基本的に2人で出来ない話でも無いと思います。』
 
『それでは、豆屋の開店指導の契約をして頂きたいと思いますので、いつが宜しいですか。』
 
『私は暇なので、いつでも大丈夫です。』
 
『それでは、明日はどうですか。』
 
『大丈夫です。場所は前回と同じ恵比寿ガーデンプレース内の宮越屋で良いですか。』
 
『はい。実はその時、妻も連れて行きたいと思っているのですが、宜しいですか。』
 
『勿論です。私も一度お会いしたいと思っていました。』
 
『それでは一時で良いでしょうか。』
 
『一時で大丈夫です。申し訳ありませんが、契約書を作りますので実印で無くとも大丈夫ですがハンコを一つお持ちください。後、開店指導料は振り込みでも当日現金でお持ち頂いても構いません。振り込みの場合の振込先は先日カフェ講座の時にお渡しした。開店指導のご案内の最後の所に書いてあります。』
 
『分かりました。振り込ませて頂きます。それでは明日一時に。』
 
私の中で何かが動き始めた。ずっと忘れていた久し振りのざわめきだった。夜間飛行を初めて開店した時、そして夜間飛行を次々に開店して行ったあの頃、そういうざわめきがいつも内部で起こっていた。それは自宅を買ったり買い換えたしたときには決して起こらないざわめきだった。
 
『これから何かが始まる。』
 
その翌日、私は、又、再び早めに恵比寿ガーデンプレイスに出かけた。その日は私としてきちんとした夏物のライトグレーのスーツを着て家を出た。ネクタイもしている。別に谷川さんのお奥さんが来るからではない。契約の時は、私はいつもスーツとネクタイ姿で契約の場所に向かう。今の若い人はそんな事は気にしないが、それは、私にとっては一つのおまじないなのだ。これから全てが上手く行くようにという。
 
きょうも宮越屋の外で少し待ち席に着わりオーダーを済ませると谷川さんが店に入って来た。後ろに奥さんがくっ付いている。席まで来ると谷川さんが奥さんを紹介した。
 
『妻の恵子です。』
 
私も立ち上がり『山下です。』と挨拶した。『どうぞお座り下さい。』と勧め、二人は私の前の席に並んで座った。奥さんはとても可愛い感じの人だった。近頃、始めて会う男も女も、私にはなかなか年齢が良く分からないが、多分、谷川さんと同じくらいの年齢なのでは無いかとおもう。二人がコーヒーをオーダーし、先に私の頼んであったマンデリンフレンチが届いた。今日は契約があるのでケーキは食べていられないと思いオーダーしなかった。
 
開店指導の契約書を読み合わせ簡単に済ませた。この契約の中で問題になるとすれば次の二つの箇所だ。
 
一つは開店場所に付いてである。<夜間飛行>のある府中市内には豆屋及び豆を焙煎するカフェ等は開店出来ない事。更に先に開店した当店の開店指導店の傍にも開店できない事。もし問題がある時は、私の判断に委ねるという一項がある事だった。
 
もう一つは、これからも<夜間飛行>が営業を続ける限り、開店指導それに類する行為は出来ないの、二点だった。これで揉めた事はないが私としてはこの二点は大事な点だった。
 
谷川さんは全て理解して気持ちよくサインして下さり、私もサインして押印した。
 
開店指導料はすでに振り込まれているのを確認してあったので、その旨を伝えた。
 
『今回の案件については、まず一番最初に問題になるのは場所探しでし
よう。何処か考えている場所や希望の場所はあるのですか。』
 
『いいえ。何処という物はありません。ただ私も恵子も海が好きなので、海の傍が良いと思っています。もう一つは二人ともまだ両親が健在ですので、出来れば余り、東京から遠くない所が良いと思っています。何かあった時に直ぐに帰れる様に。』
 
『分かりました。』
 
『次は資金の問題なんですが。どの位掛かるでしょうか。』
 
『ウーン。その辺が私のいつもの小さな豆屋の話と違うので簡単には言えないのですが、一番大きく変わるのは物件を買うのか借りるのかの違いになると思います。ザックバランにお聞きしてどの位の資金を用意しているのですか。』
 
『使えるのは三千五百万位です。』
 
『お若いのに凄いですね。』
 
『今まで住んでいた都内のマンションを売って残債を清算したお金と、この為に二人で少しずつ貯金してきた分を全て合算した金額です。足りないとは思うのですが。』
 
『まあ、私のいうスモールビジネスの豆屋だったら、それで5軒も6軒も作れますが。今度の件は話が少し違いますので、私にも直ぐには分かりません。先程お話した通り物件を借りるのか買うのかによって話は大きく変わってくると思います。』
 
『話は良く分かりました。焙煎機は一K釜で良いですね。』
 
『はい。焙煎機は小さな物で良いと思います。』
 
『後、仕事を始める訳ですから借金は出来ると思います。そういう意味では物件を買えば、それを担保に借金は更に多く出来ると思いますが、物件を借りてやる場合でも国や県の資金は使えると思います。資金はそれだけあればどうにかなるかも知れません。』
 
『やっぱり後は場所ですね。』
 
『一度持ち帰り調べてみましょう。いろいろな場所があると思うし、今は何処でも人が増えるのを喜んでいると思いますので、相手に取って悪い話では無いはずです。』
 
と言って取り敢えず話を終えた。そこから後は雑談で、お互いの近況を話しながら近頃の生豆の高騰などについて話し合った。
 
 
第4話終了。 第5話に続く。
 
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