01_Nong Sukjaiの「ピザ屋のバイクでツーリング」 (2002年・夏・北海道)
*** ジャイロキャノピー北海道ツーリング ***
使用バイク:HONDA GYRO Canopy ホンダジャイロキャノピー ワゴンタイプ
愛称:トゥクトゥク (TukTuk:タイの自動3輪車にちなむ)
第1日: 小樽港到着~初山別みさき台公園キャンプ場(その1)
まだ真っ暗の朝4時10分、小樽港は雨だった。
新日本海フェリー「らいらっく」の車両デッキが開くと、雨と風が吹き込んできた。
やれやれ。バイクで旅行する身には、雨は天敵である。
しかし、涼しい。
ぼくはわざわざこの涼しさを求めて北海道にやってきたようなものなのだ。
だから少しぐらい雨が降ってもいいのである。
最高気温が36度の日が続いた東京での生活にはうんざりしていたし、電気代を気にしながらもクーラーを消せない日々が続いていた。
一昨日の新潟も蒸し暑かった。最高気温35度。
後で聞いた話だが、そのころ新潟ではフェーン現象が起きていたのだそうだ。
東京から新潟まで、少し寄り道をしながら本州を横断してきたのだが、道中、涼しかったのは長野県の標高1000m以上のところだけだった。
信州のロマン安曇野も、良寛さまのふるさと出雲崎も盛大に蒸し暑く、旅情を感じているスキもなかった。
柏崎の公園で野宿していたとき、その場所が公共トイレの横だったせいもあり、夜中に予期せぬお客さんがたびたび訪ねて来てくれた。
「あのー、すいませんけどー。トイレットペーパー、持ってます?」
テントのチャックを開けると、しげしげとぼくの部屋を覗き込んでいる齢20ばかりのギャル2名と目があった。
ぼくはまだ手をつけていない新品ロールのトイレットペーパーを差し出した。
「どーもー。ありがとうございまーす」
かすかに水が流れる音がしてしばらくすると、ギャルたちが戻ってきた。
「はーい。これ、つかわなかったトイレットペーパーでーす。きゃは! ありがとうございまーす」
眠りの続きをとろうと、テントのチャックを閉めようとすると、
「あたしたちねー、海岸で花火してるんですよー。きゃは! ここからでも見えるよー」
話が終わらないうちに、ギャルの言うあたりから、打ち上げ花火が上がるのがたしかに見えた。
「あたしたちねー。高校時代の同級生たちとねー。お酒飲みながら、花火してんのー。きゃは!」
「ねぇねぇ、それにしても、なんでこんなとこに寝てるのですかぁ?」
ぼくはツーリングの途中で、これから北海道へ行くところなのだと説明した。
「へー。北海道ー。いいなー。きゃは! で、一人で旅行してるのですかぁ?」
「ねぇねぇ、このテント、一人しか寝れないのー?」
ぼくは2人でも大丈夫な広さだと答えた。
「きゃは! なんだかー、あたしたちぃー、誘われてるみたいー!」
「ねえ、あたしたちのどっちかとぉー、一緒に寝たいー? きゃは!」
「でもさー。こんなトイレの横に寝るんだったらー、海岸の方がいいのにぃー」
「だってー、波の音聞きながらぁー、ザザザザァーって感じでー」
「そのほうがロマンチックじゃん!」
「じゃあ、あたしたちぃー、戻りま~す! きゃは!」
もう一度眠りかかったころ、またしても「きゃはギャル」がやってきた。
「トントン!(口で言う) あの~。もう一度ぉー、トイレットペーパー貸してくれますかぁ~? きゃは!」
* * *
いろいろな意味で暑かった柏崎の一夜が忘れられないが、雨の小樽をバイクで走り出すうちに、涼しいのを通り越して寒くなってきた。
本州では短パンとTシャツ一枚だったのだが、今は長ズボンに長袖シャツ。その上に長袖のジャージを羽織っている。
ぼくのバイクは屋根付きで雨なんか怖くない。と言いたいところだが、横はあいてるので、腕が濡れる。
それよりひどいことは、追い抜いて行く車が横から盛大な水しぶきをかけて涼しい顔をして去ってゆくのである。
特にトラックがひどい。バイクの運転手も人間なのだぞ!
集中豪雨のような降り方で、道が川のようになっている。
速度を落として走るが、水の抵抗を感じて、なんだかゆらゆらと泳いでいるような具合である。
三輪車といえども一応バランスをとって走っているので、ひっくり返ることもある。
気をつけないといけない。
腕がびしょびしょになってしまった。いや、腕ばかりでなく、すでにして全身ずぶぬれの状態である。寒い・・・
何が悲しくて、こんな天候の中をバイクで走らねばならないのだ。
こんなんだったら、たとえ電気代がかかってもクーラーをつけた東京の自室で朝寝していたほうがマシである。
そもそも、まだ6時にもなっていない。
朝ぼらけの北海道。
眠いし、冷たいし、トラックが怖いし、寒い。
フェリーに乗っていたバイク軍団は、ぼくを除いて全部が自動二輪だったので、フェリーから降りたとたんに、どんどんぼくの原付を追い抜いて去って行ってしまった。
まあ速度は出ても、バイクはみな雨に弱いのだ。今頃はみんな同じ気持ちで走っていることであろう。
そのことが唯一心の支え、いや慰めになっていた。
やけくそになってひた走り、やがて海岸線に出た。
『食堂・営業中』
看板を見るや、おなかが減った。
それで看板の店の前にバイクをつけるが、店は閉まっている。
またしても『食堂・営業中』の看板。
今度はおばちゃんがいたのであるが、
「兄ちゃん、こんな朝早くから、食堂やってないよ」
だったら『営業中』の看板を出すなっちゅうの!
ところでこの先に『浜益温泉』があるとの看板を見たので、おばちゃんに聞いてみた。
「温泉はこの先だよ。でも兄ちゃん、こんな朝早くから、やってないよ!」
冷えた身体を温泉で暖めるということが、なんてステキなことかと夢想した。
乾いた服に着替えることも、ステキなことに違いなかった。
しかし、世間ではまだ人間の活動する時間帯ではないのだそうだ。
雨はますますひどくなってきた。
行く手にトイレがあった。屋根がある。ここで雨宿りをしよう。柏崎からぼくはトイレと仲がいいが、トイレでは用便をたすことができるし、水がでる。
生活に必要なものがそろっているのである。
浜をふと見ると、こんな寒空の雨のなか、テント生活を楽しむ人がいた。札幌ナンバーの車がトイレ脇にとまっていた。
ぼくは暖をとるためにお湯を沸かして紅茶を飲むことにした。
バイクで雨しぶきを防ぐようにして、ミニコンロでお湯を沸かしていると、浜のテントの住人(男)が出てきてトイレに用を足しに来た。
浮かぬ顔をしていた。
何が悲しくて、土砂降りの薄ら寒い浜でテント生活をしないといけないのか、と、その濃い眉根のあたりが訴えていた。
男がテントに戻ると、次いで女がテントから出て用を足しに来た。
ま、男女のカップルということらしい。
これなら強風でテントを剥がされない限り、いろいろ楽しいことがあるだろう。
ぼくよりずっと幸せな人たちである。
ぼくは紅茶を飲んで身体を暖めて、それから、手持ちのご飯とレトルトのカレーでわびしい朝食をとった。
ほんのり香るトイレのニオイが旅情をそそった。
やれやれ、雨はあがらないが、小樽の洪水寸前の状況より、いくぶんマシになった。出発しよう。
その後、ぼくは雄冬海岸を走った。写真は「白銀の滝」である。「しらがね」と読む。
次は 02_小樽港到着~初山別みさき台公園キャンプ場(その2) に続く。
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