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10_稚内滞在・む蔵編(その4)キイチゴ摘み
Nong Sukjaiの「ピザ屋のバイクでツーリング」 (2002年・夏・北海道)~
(前の話)
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夕食はまたしても850円の「おまかせ定食」を註文した
しかしおつゆは今日採ってきたラクヨウであり、酢の物もサービスしてくれた。
壁のお品書きを見ると、さっそくラクヨウのメニューが追加されていた。
M氏は食後にキイチゴのジュースをご馳走してくれた。
あした採りに行くキイチゴである。
キイチゴを搾って漉して保存が効くようにシロップ状にしたのがこのジュースであるらしいが、そんなシロップを作るにはよほどの量のキイチゴがいるだろう。
「スクチャイさん、このザルに一杯キイチゴを摘んでくれたら、あしたの夕食タダにしますよ」
M氏がにやにやしながら言った。
一抱えもするザルで、小さなキイチゴでそれを満杯にするにはかなりの労力が要りそうだ。
さて2泊目の小屋住まいである。
深夜に小屋に戻ってきて、がらんとした暗い部屋にロウソクを灯した。
保温シートの上に寝袋を敷いて寝ているのだが、そこに横になってロウソクを吹き消すと、明かりは窓から入ってくる青白い月の光だけだった。
今日は風もなく穏やかな天候で、物音ひとつせず、ぼくはすぐに寝入ってしまった。
* * *
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翌朝、ぼくはバイクのエンジンを動かして、デジカメの充電、ノートパソコンでGPSデータの収集をして、デジカメの画像をハードディスクに格納した。
ぼくのバイクは、バッテリーからシガレットアダプターへ電源をとり、走行中のGPS計測は電池ではなくてそこから電源をとっている。
そして100ボルトへの電圧変換器(インバーター)も用意していて、バッテリーからあまり電力を必要としない100ボルトの機器を使えるようにしている。
軽くて小さい電圧変換器で最高出力80ワットのものであるが、まあ、GPSはもとよりノートパソコンやデジカメの充電ぐらいならエンジンを動かしておけば問題なく同時に使える。
さらにもしぼくが携帯電話をもっていたら、どこでもインターネットが使えることになるわけだ。
つまりトランクにテントと寝袋、それに若干の着替えさえ入れておけば、ガソリンの補給があるかぎり、ぼくはこのバイクで各種のハイテク機を使用しながら適当なところに寝泊まりしつつ、永遠に旅を続けることができるというわけである。
ちなみに洗濯物に関しては、停車時なら屋根の上、走行中なら背後の柱に飛ばないようにぶら下げておけば、そのうち乾く。
そういうわけで、今や背後の柱には100円ショップで買った洗濯ばさみをつけてある。
ちょっと工夫すると、いろいろ便利なバイクなのである。
ぼくは朝飯のカレーライスの準備をしながら、上記のようなハイテク作業を行った。
* * *
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さて、「む蔵」からM氏の車で出発した。キイチゴ狩りをするため、サロベツ原野へ向かう。
きのうも思ったが、北海道の道はすべてがあたかも高速道路のようであり、車は飛ばしに飛ばす。
M氏の車はボンネットに「BMW」のシールが貼ってあるが、実はダイハツの軽自動車である。しかし走りはBMWに勝るとも劣らない。
ちなみにその「BMW」シールはタイで買ったらしい。
ぼくのバイクにはトゥクトゥクという愛称をつけているが、これもタイの三輪乗り合い自動車の名称から付けた。
そして、何を隠そう、M氏もタイ語を話す。
我々は少しタイ語で話しをしてみた。
「ティーニー、アライナ、クラプ?」
「ティーニー、ワッカナイ、クラプ」
「ワンニー、ポム、キーン、アライ、ナ?」
「ワンニー、クゥン、キーン、アーハン、タイ、クラプ。アローイ、マークマーク」
※訳)
ここはどこかいの?
ここは稚内でごんす
今日ぼくは何を食べるの?
今日はあなたタイ料理食べるね。超おいしいよ。
タイがきっかけで身の上話をすると、M氏は道産子ではなくて練馬の産であることがわかった。
しかもM氏の遍歴には驚いた。
M氏も長い海外放浪歴があり、ぼくと意外にも共通項が多いことがわかった。
しかもぼくとほぼ同じ頃、世界をほっつき歩いていたのである。
どこかの発展途上国で出会う可能性だってあったのだ。
いや、実際に道ばたでお互い気づかずにすれ違っていたかもしれない。
最初「む蔵」に来たときから、M氏はなんだか愉快な人であるとはうすうす感じてはいたが、やはりM氏は実におもしろい人であったのだ(M氏に言わせると、ぼくもなんだかおもしろそうな人だと思っていたらしい)。
しかしこれ以上はM氏のプライバシーに関わるので本人の承諾なしにはここに詳しく書くわけにはいかない(読者のみなさん残念でした)。
ともかく数年前にぼくとよく似た行動をとっていた人が、今、最果ての地で板前をやっているという事実には、自分の分身というか別の道を進んだ自分の姿を見ているようでもあり、たいへんおもしろく思った。
そう考えてみればぼくも放浪から帰ってきてから、今こそ研究者の道に進みつつあるのだが、何かのきっかけさえあれば、板さんになっていた可能性だってある。
人生なんてわからない。ちょっとしたきっかっけで、ちょっと進む方向を変えただけで、数年後には大きく違ってくるのだ。
たとえばおとといの夜、食堂「樺太」が閉店でなければ、そこの「ウニ丼」で腹を一杯にしていたはずだし、そしてそのままクマの出没も知らぬが仏で「夕日が丘パーキング」に野宿をして、JTBの「るるぶ」を開くこともなく、翌日には稚内を出発していたに違いない。
そうなると、どう考えても「む蔵」には来そうもないのである。
「む蔵」に来なければあの独特の小屋に泊まるわけはないし、M氏の存在さえ知らずに稚内を去っていたことになる。
もっともこういう考えだってある。
あのとき食堂「樺太」に間に合っていれば、そこで絶世のかわい子ちゃんと良き出会いがあって、夜の稚内公園で素敵なランデブーなぞを楽しんで・・・、こうなるとM氏となんか過ごすより、もっと素敵で刺激的でコーフンものの時を過ごしていたかもしれない・・・
つまるところ、人生なんてわからないものなのである。
さてぼくらはイヌを放して、サロベツ原野でキイチゴ摘みをした。
あたりはまさにキイチゴの絨毯と言ってもよいぐらいで、見つける苦労はまったくなくて、つまみ採る苦労のほうが大きかった。
慣れてくると、摘みやすいキイチゴの形が見分けられるようになり、摘みにくいのを無理に摘もうとすると時間と手間がかかるので、つまみやすい大きな実しか摘まないようになった。
贅沢な選択ではあるが、じつはその方があたり一面根こそぎ摘まないわけなので、必要以上に草原を攪乱するという問題がおこらないわけだ。
そして、そんな贅沢な選択をしながら、大粒のキイチゴだけを摘んだはずなのに、ノルマの「カゴ一杯」はなんとか達成しそうだった。
すなわち今夜はタダ飯だ!
帰りの車の中でM氏は言った。
「宗谷岬の向こう側にねぇ、アンモナイトが簡単に掘れるとこあるよ。帰ったら見せてあげるけどねぇ、ぼくも結構大きいの、掘り出したことあるよ」
なぬ!?
あした稚内を去らずに、もう1日ぐらいおれや、と言わんばかりのM氏の提案である。
このままずるずると稚内に居着いてしまいそうな気がした。・・・早めに東京に帰る必要があるのだが・・・。
・・・が、アンモナイト・・・ ウニ・・・ ナマコ・・・
3つの物体がぼくの頭の中をグルグルと旋回していた。
ぼくは決断した。
・・・ええい、何とでもなれ! もう一日延泊しよう!
(東京での用事なんてどうとでもなれ! こんな機会を逃してたまるものか!)
次は 11_稚内滞在(その5)アンモナイト掘り に続く。