09_稚内滞在む蔵編(その3)ラクヨウ採り
Nong Sukjaiの「ピザ屋のバイクでツーリング」 (2002年・夏・北海道)~
(前の話)
ぼくは稚内の小屋に連泊することにした。
本州から毎日走り詰めだったし、北海道のどこかでのんびりと連泊しようと思っていたのでちょうどいい機会であった。
朝起きると、寝ていた部屋の窓からは、大沼が見下ろせた。
なかなか雄大な眺めであった。
昨夜は気温が14度ほどであったし、外でテント泊をするよりはよっぽど快適であった。
頑丈な屋根と壁に囲まれて風雨をしのげるというのはほんとにありがたいことだ。
さて、今日は「む蔵」の若旦那M氏とラクヨウを摘みにゆく約束をしている。
「む蔵」の時間があくのは15時から17時までの2時間。
だが、ちょっと早めに、14時頃から店を抜け出して、ぼくと一緒にキノコ狩りに行くことになった。
そもそも採れたラクヨウは店のメニューに入るので、M氏はまんざら油を売って遊んでいるというわけでもないのである。
午前中、ぼくはひとりで稚内を観光した。
稚内公園のタワーに登って、稚内を見下ろした。
こうしてみると、稚内の半島を覆う灌木やササの他に、土地の窪みがあるあたりに、すこしばかり森林がある。
クマさんはあのあたりに潜んでいるに違いない、と思った。
タワーの切符売り場のおばちゃんにクマさんのことを聞いてみた。
ぼくは地方を旅して、このようにおばちゃんやおっちゃんと四方山話をするのが大好きである。
時間があれば誰とはなく話しかけてしまう。
これがぼくの旅の醍醐味でもある。
そしてだいたいにおいて、地方のおばちゃんおっちゃんは話し好きでもあるので、たいへん愉快な思い出ができる。
今日はタワーの切符売り場にいた、メガネをかけた小柄のおばちゃんにクマさんのことを聞いてみた。
するとおばちゃんは待ってましたとばかりにニヤッと笑ってから、口角泡を飛ばす勢いで喋り始めた。
クマが出たのは7月15日。夏休み真っ最中だった。
キャンパーは9名。
で、クマさんが登場したのは夜中1時か2時頃。
クマさんは食べ物の匂いにつられてやってきたのだろう。
そしてテントの中から旨そうな匂いがしたのであろう。
クマさんは腹が減っていたので、食べ物を少し分けてもらおうと礼儀正しくテントをノックしようとした。
しかし、クマさんの制御のきかない力と鋭い爪のおかげで、テントは無惨にも切り裂かれてしまった。
テントの中で寝ていた人は、テントの裂け目から見えたその黒い獣に驚き、奇声を発した。
一瞬にして辺りは騒然となった。
一番びっくりしたのはクマさんである。こんな大騒ぎになるとは予想だにしていなかった。
クマさんは少し食糧を分けてもらいたかっただけである。
人間は携帯電話で警察を呼んだ。
クマさんは逮捕されるのがこわかったので、スタコラサッサと逃げた。
その夜はキャンパー全員、警察の建物かどこかに移って仮眠をとった。
中には、恐怖におののいて、それ以降の旅を中断して家に帰る者までいた。
・・・その後キャンプ場は閉鎖されてしまった。
* * *
その後、ぼくは稚泊連絡船発着場、通称「ドーム」を見学した。
そのドームは雨避けになるということもあり、ライダーやチャリダー(自転車旅行者)が野宿をしていた。
その脇にある利尻・礼文行きのフェリーターミナルを覗くと、サハリン行きの国際フェリーの時刻や料金などが掲げてあった。
ロシア人の家族が切符売り窓口でなにやら話していたが、このように稚内はロシア人が多い。
きのうの稚内温泉「童夢(ドーム)」でもロシア人が入浴していたし、道の標識にはロシア語が併記されていた。
稚内駅前に結構広いダイソー100円ショップがあった。
「ダイソー西條稚内店・売り場面積208坪 」
日本最北端のダイソー100円ショップに違いなかった。
だからといって何も感激することはなく、店内で流れている音楽は全国共通のようで、東京の100円ショップでもさんざん聞かされて口ずさめるほどにもなっている曲であった。
ぼくはそこで雨合羽上下、温泉セットを入れる頭陀袋、乾電池そしてキャンプ用のロウソクなどを購入した。
買った店は日本最北端の店には違いなかったが、モノは全国共通でおもしろくもなんともないものばかりである。
しかし、100円ショップはほんとにありがたい存在である、と思った。
* * *
午後、「む蔵」で昼食後、M氏の車でキノコ狩りに出かけた。
昨夜心臓が止まるほど驚いた大型のイヌ2頭と同伴で、彼らは後部座席を占拠していた。
しばらく走って、カラマツ林の中の林道を行き、M氏は車をゆっくりと走らせながら、窓からラクヨウの姿を探した。
山菜が出るポイントは、親兄弟にも言えないほど神聖なものであるらしい。
M氏は冗談抜きで、この辺りはクマが出てもおかしくないところだと言った。
だからクマのようなイヌを同伴しているのかもしれなかった。
いつも山菜を採るときはM氏1人なのだそうだ。
あるとき、林道で山菜狩りをしていたとき、イヌが獣の糞の匂いを嗅いで、しっぽを股の間に挟み込んでクーンクーンとさも何かに怯えているかのような鳴き方をして、ふるえて車の陰に隠れたことがあったらしい。
昨夜ぼくを驚かしたこんなに図体のでかいイヌがそんなに怯えたのである。
M氏は、たぶんそれはクマの糞であったのであろうと想像している。
ラクヨウが採れるポイントは、結構狭い場所で、いっときにたくさん採れる。
昨夜M氏が予想したように、雨上がりのカラマツ林では、たしかに、にょきにょきたくさん生えていた。大きいものは手のひら大であった。
表面にぬめりのあるこのキノコはみそ汁や酢の物にしたらたいへん旨いらしい。今夜の食卓が楽しみである。(ぼくも働いたので、夜にご馳走してくれることになっている)
林の中での約2時間のキノコ採りは実に楽しく、大収穫であった。
台風13号の余波で小樽からさんざん苦しめられてきたが、その雨のおかげで今日のようにラクヨウが大収穫だったのだ。
苦があるといつか楽があるものだなあ・・・
そもそもくいしんぼのぼくのことだから、どうせ林で遊ぶのだったら、食べておいしいものを採るのが最高だと常に思っている。
こう見えてもぼくは大阪泉州の幼少時から親に「ワラビ採り」のしつけをされているので、山菜狩りの感覚は人並み以上にある。
幼少時、母はワラビ採りの場所にぼくを連れて行ってよく言ったものだ。
「あんた、いっぱい採るんやで。採れへんかったら、今晩のおかずないで! ええな!」
樺太生まれなのにすっかり大阪のおばちゃんになってしまった母親なのだった。
帰りの車の中でM氏が言った。
「ところで、あした、もう出発する? あした、キイチゴ狩りに行こうと思ってるんだけど・・・。サロベツ原野で・・・」
「なぬ!?」
ぼくはもう一日延泊することにした。
あしたM氏とキイチゴ狩りに行く。嬉しいな。
次は 10_稚内滞在(その4)キイチゴ摘み に続く。