そして稲石、「深島」に出会う
「せっかく行くなら島とか行ってみたら?」
この一言が始まりでした。
こんにちは。稲石渓太です!
僕は茨城県出身の24歳で、今は大分県の離島「深島」で生活しています。
この記事では、
「深島」に出会う前
「深島」を知った経緯
といったことを書いていきたいと思います!
1. 「深島」に出会う前の話
大学卒業→大学院に進学
2021年−春、僕は大学を卒業しました。
「まだ就職したくないなぁ」という消極的な理由で進学を選んだ僕は、そのまま大学院へと進んでいきます。この選択が割と人生の分岐点な気がしています。
就職か進学か。多くの学生がこの2択を天秤にかけてそれぞれの道に進んでいきますよね。
大学では都市計画を専攻していて、都市の課題を扱う授業を受けていました。そんな中僕は、田舎や地域に根ざした問題に興味を持ち、専攻内でほぼ唯一、農村や過疎地域を対象にしている研究室に所属しました。
大学院に進学しても、同じ研究室に所属し、同じテーマの研究を続けていました。
追いつかない日々
無事大学院に進学し、浮かれ気分こそなかったものの、すぐに壁に衝突します。それはズバリ、
「課題が追いつかない!」「研究に身が入らない!」
といった感じです。ひ〜〜
要領が悪いので課題にも人一倍時間がかかります。夜中の研究室に1人残り泣きそうになりながら課題に取り組むことも多々。(実際、涙流しながら課題に取り組んでいたこともありました😅)
また、学部時代と同じテーマで研究を発展させようとしていたのですが、卒論でやり切った感があったのか、イマイチ研究に身が入らず、何も進展がないまま夏休みになろうとしていました。
元々自己肯定感が低いのもあり、特に課題達成の遅さを他人と比べることが増えました。
「なんで自分はこんなに遅いんだろう…」「他のみんなはもう提出してるのに、自分だけ遅くまで残って何してんだろ…」「みんなができてることを同じようにできない自分って…」と、自分で自分を追い詰め、精神的に少しまいってしまい、ついに指導教員の先生に相談しました。
いったんストップしてみましょう
先生に相談すると、「課題は単位とかも関わるし頑張るしかない。研究は今すぐ手をつけなきゃいけないこともないし、いったんストップして授業のことだけ考えればいいよ」と、アドバイスをもらいました。
これでとりあえず研究のことは考えなくていいと、ちょっと切り替えることができました。今思えば、「どれもちゃんとやらなきゃ」と勝手に自分を追い込んでいましたね。
2. 「深島」と出会った話
国交省のプログラムの案内
そんなある日、研究室のチャットに先生からメッセージがありました。それは、国交省の「若者の地方体験交流」というプログラムの案内でした。
このプログラムは、わかりやすく言うと「地方インターン」のようなものです。自治体が地域づくり活動、農林漁業体験、就業体験などを設け、一定期間その地域で生活しながら、暮らしを体験するというものです。
"地方活性化"といった言葉が飛び交う昨今、実際に現地を訪れてみないことには何もわからないと思い、リフレッシュも兼ねてプログラムに応募することにしました。
「島に行ったみたら?」の一言
応募することに決めたのはいいものの、このプログラム、対象地域が60ほどあり、肝心の行き先をなかなか決め切れませんでした。その旨を先生に伝えたところ、
「せっかく行くなら思い切って島に行ってみたらいいんじゃない?」
と、さらっと一言。僕も僕で「確かに、島いいですね。アハハハ😆」
と、半分ノリで「島」に行くことに決めました(笑)
当時募集している地域で「島」は少なく、すぐ2択にまで絞れました。1つは地域おこし協力隊のお試しインターンのようなもので、もう1つが深島です。この2択で迷いましたが、紹介文の「住民はたったの15人」(当時)の文字に惹かれ、深島に応募することにしました。
この話を人にすると「人口15人ってとこに興味持つんだ…(笑)」と、よく言われるんですが、どんな島なんだろうって興味湧きますよね…?
こうして、悶々としていた2021年の夏、聞いたこともない離島「深島」に一人向かうのでした・・・
本当はここから初めて深島に行った話も書きたかったのですが、長くなり過ぎる予感がしたため今回はここまでにします🙏
深島での日常や仕事の様子なんかも発信していくんですけれども、僕が深島に住むに至るまでの経緯も書いていきたいので、またこんな感じの記事をアップします〜〜。
※ちなみに、プロフィールにもありますが、今回深島に完全移住した訳では
ありません😮
約半年間だけ、深島に住み込みで働くという形なのです。あしからず。
ではまた〜
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