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東大寺〜大仏様(だいぶつよう)と想いの連鎖〜

こんにちは!ぽてこです。
2022年最後の国宝建築の旅は、古都・奈良へ。
旅の記録は、世界遺産でもあり奈良の顔ともいえる、東大寺から。

東大寺といえば、修学旅行で1度は訪れたことがある、という方も多いのではないでしょうか。
私も中学の修学旅行で初めて大仏さまとご対面後、何度かの訪問を経て、今回15年ぶりに再会してきました。
これまで大仏さまの大きさだけに注目してきましたが、建物に少し目を向けてみると、東大寺はまるで日本建築史のテーマパーク。そこには各時代の技術と努力の結晶が、随所に散りばめられていました。

南大門

門の両脇に位置する金剛力士像は運慶・快慶作。

鹿さんたちに絡まれながら奈良公園を抜けると、目の前に聳え立つのは東大寺の入り口・南大門。既に異様な大きさで、存在感を放っています。
東大寺の建物全般に言えますが、創建以来何度も戦火や火事に見舞われ、奈良時代のオリジナルはほとんど現存していません。
南大門も、1203年(鎌倉時代)に再建されたもの。
平重衡による南都焼き討ちで焼失した後、東大寺復興に尽力した僧・重源が中国から取り入れた技術「大仏様」で構成されています。
目の前に立つと、その高さ、大きさに驚くとともに、全体が直線であることに目を奪われます。
門の下から上を見上げると、柱が屋根裏まで突き抜けています。(通し柱)

屋根裏まで一直線

その柱を縦横無尽に突き刺しているのは、大仏様の特徴のひとつ「挿肘木」。すがすがしいほど整然と、水平に組まれています。
この挿肘木、柱を貫通し組物として軒も支えているのですが、圧巻なのは、門を横から見た時の大きさ。なんと六手も組まれているのです。

雨宿りも安心して出来そうな軒下。

突き出た挿肘木同士をさらに「通肘木」という一直線の貫がぐるりと取り囲み、水平直線を強調。規格化された、システマチックな雰囲気すら漂わせています。

どこを見ても直線!

これから大仏さまとご対面!という気持ちを、シャキンとさせてくれるようです。

大仏殿

現在のサイズは横幅約50m、奥行約50m、高さ約46m。

東大寺の真髄・世界最大の木造建築でもある大仏殿。
758年(奈良時代)に創建され、3度の焼失を経て現在の建物は1709年(江戸時代)に再建されたもの。
時代はくだっていますが様式は大仏様を踏襲しており、南大門でも見られた六手先や挿肘木が随所に見られます。

全てが大きい。

内部も南大門同様、縦横無尽に貫が通されています。神聖な場所でありながらどこかシステマチックな雰囲気。

柱の筋から、当時の知恵と工夫が滲み出てくるよう。

創建時は横幅約86mもあったそうですが、江戸時代の再建時には財政難や木材の調達が困難でサイズを縮小。巨大な建物を支えるための柱も、巨木を調達できず、小さな木を何本か組み合わせて作られています。
現代の私たちが大仏さまを拝めるのも、大仏さまを覆うこの巨大な建物があってこそ。創建時の巨大さも想像を絶していますが、様々な工夫と努力で大仏さまを守り、願いを繋げてきた後世の人々のこだわりや想いに、ちょっぴりホロリとしてしまいました。

鐘楼

大仏様と禅宗様のハイブリッド

ギュイン!と反り上がった軒先が、まるで鷲のようなワイルドなビジュアル。様式は大仏様と初期の禅宗様が合わさっているそうですが、切りっぱなしのように見える木鼻など、なにしろ力強くてかっこいい。

鐘はどんな音がするのでしょうか。

そもそも、梵鐘は約26トンもある大物。重量感と野生味が感じられる、イキのいい建物です。

法華堂

写真は手前が奈良時代、奥が鎌倉時代。

鐘楼から先に進むと正面に、寄棟造と入母屋造の異なる屋根がひとつになっている建物が表れます。正面左側(北・正堂)が奈良時代、右側(南・礼堂)が鎌倉時代の建造。正堂は現存する東大寺の建物で最古といわれています。こちら新旧のドッキング感が絶妙で、真ん中にある雨樋を境に、奈良時代の和様と鎌倉時代の禅宗様がはっきりと見てとれます。
わかりやすいのは戸の種類。正堂は板戸、礼堂は藁座に桟唐戸になっています。

この雨樋が境目。

元は仏と人間の空間が切り離されていたものが、時代の変遷のなかでひとつになっていくのが建物(空間)に表れている、興味深い遺構。
他の寺院のお堂では仏を祀る空間を内陣・礼拝する空間を外陣と呼びますが、この「内」と「外」が、感覚的に理解できると思います。

転害門

「てがいもん」と読みます。

東大寺の北西、大仏殿からは少し離れた場所に静かに佇んでいるのが、転害門。創建当時のオリジナルがほとんど残っていない東大寺において、ほぼ創建当時のまま残されている貴重な遺構です。
構造を主張する大仏様の建物たちと比較すると、外観も地味であっさりとした印象を受けますが、近づいてみると軒の出も大きくがっしりしています。この門の見どころは内部の天井。外から見ると1つの棟なのに、中に2つ棟がありMの字のようになっています。(三棟造)

Mの半分。

しめ縄がかけられているのは、手向山八幡宮の神事の際に使用するため。奈良時代から1300年もの間焼失・倒壊することなく存在してきたこと自体が、何か神がかっているようにも思えました。

正倉院

建物内は2階建になっているそう。

かの有名な正倉院展の本場、正倉院。特徴は木材を組み上げた校倉造。高床式が古代の風情を漂わせています。なんとなくログハウスに見えなくもない・・・けれど立派なお宝収蔵庫です。

大湯屋

ここから湯気が出ていたのでしょうか。

鉄製の湯船が残っている浴場。(非公開のため中には入れず)
建物からも当時の生活感が漂っているのですが、面白いのが建物周辺。
東大寺の境内の中なのに、田んぼがあり築地塀で囲まれた道に囲まれていてまるでどこかの街に迷い込んだかのよう。
日々の営みの中に寺院が存在していたことを思わせる雰囲気です。

ここも東大寺の中。

東大寺。
広い境内を建物視点で歩いてみると、今まで見えてこなかった様々な発見がありました。東大寺がなければ、日本の建築史は今とは違ったものになっていたのかも…とも思えるほど。
奈良時代、聖武天皇の発願から始まった、空前の国家プロジェクト・大仏作り。創建当時から現在に至るまで、苦慮もありながら各時代の知恵と最先端技術を結集して守られてきた、その背後に宿る人々の想いに感嘆とせずにはいられませんでした。
それだけ東大寺には、人を引き寄せ、駆り立てる力が宿っているのかもしれず、それこそが大仏さまの力なのかもしれませんね。

おまけ

今回の旅では、強力な参考図書を持参しました。
著者自ら「入門書」としている通り、古建築を見る際のポイントを、学術的な根拠も踏まえながら、平易な文章で説明してくれています。
私のような建築素人でもわかりやすく、おすすめです。

それではまた!

私たちにも会いにきてね。

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