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映画『怪物』感想

1.はじめに

お久しぶりです。前回の投稿からだいぶ時間経ちましたが、今回は映画『怪物』の感想をまた淡々と述べたいと思います。
「是枝裕和×坂元裕二」という最強タッグの映画でしたが、本当に素晴らしい。素晴らしすぎた。色々言いたいことが多いので流れに身を任せ、早速書いていこうと思います。
映画を見てる前提で書いているので、ネタバレは多大に含みます。その点ご理解の上、お読みください。

2.怪物とは?

今回は大きく3つのパートに分けて物語が進行しました。
①麦野母パート
②保利先生パート
③湊パート
今回の映画の題名「怪物」ですが、見事なまでに①~③で「怪物」の意味が違います。
①における「怪物」とは、学校。自分の息子を傷つけようとするもの。
②における「怪物」とは、モンスターペアレント。自分を捨てる同僚。何も知らずに一方的に攻撃してくるインターネット上の人々。
③における「怪物」とは、自分自身。
「怪物」の視点が各パートで変わることで、物語における多面的な認知、客観的な認知が観客に求められ、退屈のない作りになっていました。
また、それぞれのパートにおける怪物は、他のパートにおいては頼りがいのある味方/守らなければいけないモノになっていました。誰かにとっては敵でも誰かにとっては味方であるという事を強調されており、それぞれの視点に観客を感情移入させることで、感情が揺れる揺れる。本当に見たままのものを信じていいのか?一面的にしか物事を判断していないか?という部分を再確認でき、私もハッとするところがありました。

3.異質な存在/持ちうる葛藤

ここからは湊に視点を置いて話を進めていきます。その前に一つだけ前提を伝えます。

私は、基本的にLGBTQの考え方には大反対です。LGBTQなどと名付ける必要は無いと思っているからです。同性を好きになろうが、心の性と身体の性に違いがあろうが、なんら不思議なことではない、形容するのが難しいですが言わば「普通の人」であると考えています。
作中においてLGBTQ(今作はゲイ)が異質的な扱いをされてるため少しキツめの書き方をする可能性がありますが、私の根底にある考えは上記のようなものだとお考えください。

さて、本題に移ります。本作では母も先生も湊も、全員が湊の持つ葛藤によって狂わされた人物だと考えてます。

湊は星川くんと仲良くなる中で徐々に自分が周りとは違う(ゲイである(男なのに男のことを好きになる))という事を自覚していきます。周りとは違う、「ブタの脳」を持っていくのです。
その事で「今までの行動」とは乖離した行動を取っていくことになります。その行動の裏には、「星川くんが好きだ。」という想いが付きまとっていました。

その事に母は違和感を持ちます。やはり母は強しです。子供のいつもと違う部分には敏感なのです。当たり前のことですが、そのいつもと違う部分に「なんで?」という感情を持ちます。

湊はその「なんで?」に答えられるでしょうか。「自分が男を好きなってしまった。」と。実際にその場に立ってみないとわからないですが、私なら親に向かって「男の子が好きになった」とは伝えられません。ましてや、湊は小学5年生。思春期に入ろうかという場面です。
今までの行動の理由として「男の子を好きになったから」と親に答えることはハッキリ言って無理なのです。
ですが、行動の理由を求められます。何故なのか、どうしてなのか。そこで湊は「人のせい」にしてしまう訳です。これらは全て「保利先生のせいなのだ」と。

つまり、この一連の流れは湊が持った葛藤の中で巻き起こっていた物語と言えるのです。

4.「ブタの脳」から読み解く本作の問

また、今作では度々「ブタの脳」という言葉が飛び交います。今作における「ブタの脳」は恐らく「ゲイである」という事を暗示してるのかなと考えます。
ほとんど私の妄想でここから話は展開しますが、恐らく星川くんは湊と会う前からゲイなのでしょう。

湊の髪の毛を触る手、電車の中での湊に伝えた「僕もそうなることがある」という言葉

こういった部分を踏まえて、星川くんは元からゲイなのだろうと思いました。
そしてそれを星川父も知っている。自分の息子が普通とは違う、男を好きになる異質な存在。言ってしまえば病気だと思ったのでしょう。自分の息子が異質であることを受け入れられなかったのでしょう。
「ブタの脳」を持つ(ゲイである)息子を治してあげたい(普通の子、女の子を好きになる子にしたい)と思っていたはずです。

だからこそ『「ブタの脳」が治った=おばあちゃん家の近くの女の子を好きになる』になる訳です。

『「ブタの脳」を持ったら、人間ではない。』

映画冒頭のこのセリフは、この映画の大筋になる問題提起でしょう。
ゲイであるだけで、人と違うだけで弾圧されてもいいのか、それが普通なのか。
何も考えずに『「ブタの脳」を持ったら人間ではないでしょ』と言った湊母。
何も考えずに、何も知らずに相手のことを傷つけてないか?無意識の加害者になってないか?
これが大きな物語の根幹に関わる問でした。

5.最後に

全体を通して一貫した主張の中に様々な社会問題をとり入れてる本作。要素を詰め込んだのにも関わらず、崩れない根幹。
個人的には完璧な作品だと考えてます。
今回も拙い、ただただ自分の思ったことを言語化しただけの(しかもまとめず)文章読んでいただきありがとうございました。
みなさんも是非とも映画を読んだあとはこんな感じで自分の思いをただただ残しておいてください。
人に伝えることは考えず、自分のために。
それがきっといつか財産になるはずです。
それではまた、次の作品で。

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