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ラストレター

映画や小説に触れること。それは自分にとって定期的なメンテナンスのようなもの。心のやらかい場所の窓を開け、空気を入れ替えるように風をとおす。この作業が結構大事で、これをしてやらないと純物が鈍化してしまう。しかも"やらかい"だけに、扱い難く諸刃の剣。ちょっとした違和感を感じるとすぐに窓を閉じてしまいがちになるから中々に厄介。

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岩井俊二監督のラストレターを観た。最近また頭の中が煮詰まりがちになり、あの手この手で握ってた幾つかの手綱を持つ手を緩めて、密やかに少し別の世界に浸りたくなった。映画なら何でも良かったわけじゃないし、岩井監督関連作品は「リリィ・シュシュのすべて」「花とアリス」「ハルフウェイ」観た程度。ただこのタイミングでこの作品があった。そういった"縁"的なもので作品を選ぶのが結構好きだ。特に理由もなくふらっと立ち寄った本屋で偶然見つけた文庫本みたいに。しかもそのタイミングで重なって出逢った作品ってほぼハズレ無しなんだよ。

今回も例に漏れず、というか、作品の良し悪しって統計データ取って決められるもんじゃないし、完全に個人の主観なんだろうけど、良かった。予告やあらすじからはもっとウエットで恋愛色強めなのかなと思ったけど、本編は、登場人物たちの過去と現在を行き来する人間ドラマを軸に結構あっさりと進んでいく。最初「理解できるかな」と感じてた相関図も、画で観たら分かり易かった。

岩井監督作品のイメージとしては「繊細」とか「儚さ」なんて言葉が思い浮かぶ。今回も例に漏れずなのだけど、それよりも「したたか」な印象を受けた。

それは登場人物それぞれが絡みながらもはっきりとした「想い」を持っていたし、半ば成熟しきれない「想い」に、何らかの着地点を見出していく。その軸が最後までブレなかったから。

現実ではあり得ないほど「未熟」な箇所も(そもそも『乙坂鏡史郎』てペンネームのような名前がフィクションを思わせる)、ある種その未熟さは「純粋」さを併せ持つ。作品のテーマははっきりと統一されていた。

一番残ったのは福山雅治。元ファンクラブ会員としては「ましゃーーーーー!」って言いたくなるような(胸の奥で2、3度は言った)スターのオーラを輝かせるでもない、俗に「抑えた演技」というのか。役と個人がいい具合に混ざり合った、現実味あるようでないような、絶妙な佇まいが強く残る。

松さんも主婦っぽくもあるのに実在してるか不確か。捉え所があるようでない微笑ましい(だけど妙に色香のある)立ち回り。

広瀬すずさんも森七菜さんも、監督は狙って当て書きしたのかなってくらい実際の俳優像と役とが同居してて、その人にしか務まらない配役だと感じた。勿論、俳優はそもそもが「俳優」という職を演じて成り立ってるもの。その配合歩合が絶妙だった。

見始めてハッと気付く。そうだ、岩井俊二作品と言えば「音楽・小林武史」。アレンジ、絶妙な違和感に落ち着く独自のメロディーライン等々。Mr.Childrenの音楽と共に青春を過ごした身としては懐かしい。胎児の頃に聴いた音楽のように肌身に馴染んでくる。物語に凛と淡く彩りを添える。(サントラ、ソニーの愛機『MDR-1RBT』で聴くと心地よすぎてリピート&リピート。)

物語のあらすじは映画サイトを観た方が早いと思うので省きます。流行の原作もの等ではなく、監督自ら脚本を書き、監督を勤め上げたことで所々フィクション故の拙さ(現実ではあまり考えにくい様な導入など)は感じる箇所もあるけど、そんなことはどうでもいい。謂わば作詞作編曲を独りで全うしたようなもの。人独りから流れ出る抒情詩とも取れる、心地好い滑らかさが全編にあった。

ネタバレになるのかな、途中乙坂がある男から浴びせられる言葉があるのだけど、その言葉の重み。「完膚なきまでに」って言葉の意味をつい思い浮かべる。見た目きついシーンではないのだけど、我が身に重くのし掛かる。その言葉吐く演技の存在感。

あと特筆しときたいのが姉妹演じた若手女優二人。広瀬すずさんは堂々の佇まい。テレビや雑誌ではアイドル的な人気だけど、いざスクリーンに登場すれば、本業だと感じさせる。そこは彼女の魅力を遺憾なく発揮できる場所なのかもしれない。

森七菜さんの透けて見えなくなるんじゃないかってくらいの透明感は、きっと今の彼女でしか為し得ないものだろうし、それを繊細な描写の代名詞のような岩井監督がフィルムに焼き付けたこと自体が貴重。

二人の佇まいがあるからこそ、過去と現在、母と娘をそれぞれが演じ分けた理由が大いに活きるし、見事な大団円に集約したと思う。

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やらかい場所、そこに留めた余韻をなるべく文字に起こせるように。鮮度を保ったまま、生卵の殻を割らないようやさしく扱う様に、そっとそっと持ち帰る。

さてと、空気の入れ替え、完了。


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