船乗りの精神<望みの先にある故の、紛れなく愛しき世界> (オーロヴィル Day3)
朝からMatri Mandir という、オーロヴィルの精神的象徴?とされている場所に歩いて行った。
黄金の吸盤ボールみたいなの。
中に入るには予約が必要だけど、フォームに登録したのがうまく送信されていなかったのか、中には入れなかった。
昨日一緒にいてドライバーしてくれてたインド人が、
もともとは研究に関心があったが、その関心や欲望というのはおそらく自分の人生や生きる上でのいろんな課題についての探求であった。だから、それが一旦終わったからもう別に研究に興味はない、
と言っていた。わたしもそんな感じなのかも。とか思ったりした。
その人はちなみに、その探求の場として大学にいることを考えていたが、オーロヴィルこそそれをできるじゃん、となり、うら若き日にオーロヴィルを訪ねたらしい。
(実際、新しいコミュニティの在り方や都市計画などに関する研究機関としての側面があることをオーロヴィル自身も示している)
実際私は研究に向いてるとは思えない。
完全に不向きではなかったとしてもそこでしっかりやってけるような人間ではない気がする。記憶力ないし、体力ないし。何よりテーマが定まっていない(漠然としたり、関心が多方向に散ってしまう)。
でもそれも、ほんとにやりたいならばできることなのかなとかも思う。この時点で制限をかけるのは怠惰、と。
論文を、論文然とした形式以外でもアウトプットする、とかを考えると、卒業後の生き方も少し広がるかな、とか思ったりした。
でも、とにかく何かしら収束させて集中しよう、というのに、こうやってまた広げようとするの癖すぎる。
でもやっぱり自分が貢献できる何らかの能力を持ちたい、とは思う。
自分は世界で一番しょーもないわ、みたいな気分で歩いていた。どうしようもない。
Matri Mandirにつながる関所的存在であるビジターセンターが空いてなくて、開くまで座ってたら、遠足で来てるっぽいインドの子供たち30人くらいにめちゃめちゃ取り囲まれた。
馬鹿にされてたのか面白がられてたのか、全然わからんかったけどなんかかわいかったし仲良くなった気がする。
ジェスチャー的なので、口にめちゃチョコついてるよ、ってちびっこたちが教えてくれたのはなんとなくわかった。笑
30センチくらいの段差に座ってる自分が 直立してるたくさんの子どもたちに取り囲まれた状態で、まさかのひとりずつの自己紹介が始まり、なんかアイドルのスペシャルライブみたいな気持ちになった。
1人目だけは頑張って覚えてようと思ったけど、全部終わったあとに1人目の名前を言ったら全然違うかった。
自分はもうほんとになんもできないやつやなみたいな気持ちになった。
やっぱ馬鹿にされてたのかな。笑
先生による招集があって子供たちはにこやかに手を振りながら散っていき、一足先にMatrimandirに行った私の帰りがこどもたちの行きと重なった。
今度は逆に私がアイドルになったような派手な歓迎を受けた。
さっきの子達を含む2つの学校?が連なってきていて、その全員に超笑顔で手を振られまくるみたいな。うれしかった。まじでかわいい。
子供というのはどの世界においても神聖でうつくしい。
そのあと歩いて、私が宿泊しているゲストハウスの近くの、木工作家の方のところにお邪魔した。
ツアーで来ていた人たちがアポを取ってくれていた会合に、おこがましくも合流させてもらった。
日本人の方だった。
「船乗りの精神」のようなすばらしい精神を人間は持ちうるのに、それが何故かできない日本の現状が惜しく、それが比較的できている場所だと思ったからオーロヴィルにいるらしい。
もともとは船に乗っていて、それも仕事としてとかのみではなく、船で世界を旅することを自らの人生として行ってきた人だった。
この方のお話が自分にとって、
あたらしいのに前から知ってたようになつかしい 希望の在り方
を教えてもらった時間だった。
<船乗りの精神とは、どういうことなのか>:
船での旅は、ひとりでいることと他者といることのバランスやタイミングを自分で決められるのが良い、と。
孤独のとき、人の中にいるとき、どちらにいるときも、もう十分と思ったらやめて、逆側に行く。
どう行くのか、今人と関わるか、を自分自身が切実に、でも気楽で自由に選ぶ。
生活の全てはその上での行動だからこそ、その先にある時間はどちらにせよその都度新鮮なよろこびに満ちたものになる。
人と会いたくて仕方なくなる。
わざわざ陸に近づき、上陸する。
人がいる。それを見つけた自分の中に湧き上がる、心の底からのうれしさ。
そんなきらめいた気持ちで人と出会うと、自分にとってその目の前の人間は完全なる仲間 として映る。
厳しいもの、過酷なものとしての自然 に対して人間は、どうしても社会的に連帯するしかないから、というのもある。
そんなだからこそ、どこにおいてもすばらしい人間関係が築ける。どこにいる人間も自分のやさしい友達。
そしてその新鮮なうれしさやときめきが薄れ、人に疲れてきたら、いやになる前に また孤独な海に舟を出す。
そのときに自分を包む ひとりの感覚も、また なつかしく愛しいものとなる。
それが船乗りにとっての世界。
すばらしくうつくしい世界を、自由に旅しているという感覚。
ああ、いいなあ、とうっとりした。
聞こえの心地よさとは裏腹に、もちろん過酷な旅なんだろうとは思うけれども、
それでもこの人がまなざす世界には、この人の頭に残る世界には、よろこびばかりがある。
船での旅こそが自分の本来性が発揮される生き方であり、それをやり続けたいがそれだけだとお金がつきるので陸にあがり、お金を貯めて航海にまた出るまでの過程として今オーロヴィルで暮らしている、ともいえるらしい。
すごいなあ。
過程とはいえ木工作品も、めちゃめちゃ張り詰められたものだった。
サバイブするためにとにかくできることをがむしゃらにやった、というようなことを仰っていた。
どうにか工夫することの連続なんだなあ、
もっと、研ぎ澄ましたい、と思った。
その後は、ありまりさんと自転車を押しながら歩き、solitude gardenという農場のツアーに参加。
これがとても良かったと周りの人たちは言っていて、瞬間的に ああ私の感性はとても鈍い、と思った。が、人の興味関心の場が異なるのは当たり前である、ということもちょっと後には思った。
そこから、自分は単に怠惰だったり感性が低いのではなく、環境問題とかが結局自分がもっとも熱が高まるようなトピックではない、というだけなのかも。だとしたら自分がもっとも多くを得て、感じようとできることは何なのか?とか考えてた。
ここでは、ファームに入る前に、全員靴を脱がされた。
行動はすごく素直で従順な私なので、はーい脱ぎまーす♪ っていうテンションで普通に脱ぎはじめた。
でもじわじわと遅れて来る精神はとても反抗的なところを持っているので、
裸足もまあいいが、裸足で歩いて怪我をしたり毛虫でかぶれたりとかがあったからこそ人間は靴という道具を発明したのでは?ここは下がごつごつしてて尖ったものもあったりして、歩いてて気持ちよいわけじゃない(その時その場の私にとっては)のに、全員に画一的に靴を脱がせるとかなんか形式的でつまらんな、とか思ってた。
でもまあその場所のオーナーが、そこに入る人に何か規定のふるまいをしっかり求めるのは、その持ち主の心地よさを守るために大事でもある!そうやってちゃんと、来る人に対して求めるものを主張できるのいいね!と思考としての私は謎に納得して、地面がはっきり見えないような土の上をおそるおそる歩いた。
食は思想の違いとかを超える。
その価値を正当にに評価してもらうためにもコミュニティが必要。
みたいなことを言っていて、
やっぱり場所というか、現場やテーマみたいなものを持ちたい、と思った。
既に関係ができているところというのもある側面においてはハードルが低いのかもしれないが、でも一方で、コミュニティや関係性は作ろうとおもえば割とどこでも作れる、とも思う。。。
その後、sound bathに参加した。
私は結局最後まで自転車を借りるタイミングがなかったので、ありまりさんの自転車の後ろに乗せてもらって移動。
20分くらい、わりとガタガタ道がある中の移動で、結構おしりが痛くなった。けどありまりさんと話すのは楽しい。
サウンドバスはなんか、とても疲れた。
なにか抜き取られたようなきもち。
タイの夜の、ぐわんぐわんした悪夢がちょっと蘇った。
今自分がどこにいるのかわからず、ちょっと不安な気持ちになった。
その後、ベーカリーやスーパーとかに寄りつつbudda gardenに移動。
ガーデンでボランティアをしている人2人と近くのレストランに行って、たくさんの種類のドーサを食べた。
ドーサは薄っぺらくて大したものじゃないように見えるけど、小麦粉だから結構お腹にたまる。
ちょっと酸っぱい。ソースとかを自分で好きに付けて食べるもので、ナッツのソース?がおいしかった。
スパイスにお腹がやられるありまりさんが、そのボランティアの男の関心を引き寄せて質問されまくっているのを隣で聞いて、なんかやっぱおもしろい人だなあと思いながら、私はそのナッツのソースでいろんなドーサをちびちびと食べていた。
目の前に座ったヒッピーっぽさのある長髪のヨーロッパ人は、机いっぱいに広げられたドーサを平らげた後、まだ空腹だと言って追加ドーサ。