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6年ぶりのDATEに見た「幸福」と「フラジャイル」について【岡村靖幸ツアー「芸能人」@仙台】

 昨年の冬に公開された、岡村和義『I miss you fire』のMVを観ていた。
 近年岡村ちゃんがよく見せてくれるようになった、屈託のないピュアな笑顔。遠目ながらそれをようやく生で目の当たりにできた、仙台GIGSのあの3時間弱がふと恋しくなったからである。
 昔からシャイなお人だったろうとは思うが、とりわけ2000年代の岡村ちゃんには、まるで自分のことを笑顔を見せてはいけない人間だとさえ思っているかのようなぎこちなさというか頑なさというか萎縮めいたものすら私は感じていた(もちろんリアルタイムではなく、あくまでも資料映像越しだが)。
 このMVはそれとは真逆だ。なんなら、ここ数年で彼の一番いい笑顔を見られる映像といっても過言ではないと思う。

 そんな喜びと、岡村和義の始動からもう1年経つんだなあという驚き、そしてリリース当時充分に咀嚼しきれていなかったこの歌のリリックの味わいが、雪解けのシャーベットのようにじんわりと胸に染み込んできた。

 この人はいつもこうである。モテない男の哀しさと、それでも落ち着きを知らない虚栄心、キザにもピュアにも振り切れないもどかしさ、そしてちょっとの(?)狂気。そういうフラジャイルなものたちを、一見大胆に見せかけて、実はものすごく丁寧に掬い上げてくれている人だ。
 真否はともかく、少なくとも私は勝手にそう思う。心の中を構成しているいくつものパーツが彼の歌詞と共振してやまないのがその証左だ。

 私と同じ内気者なら特に共感してくれると思うが、こういうフラジャイルっていくら心がステップUPを重ねたとしても無くなるものではないし、なんなら今やある種の愛おしさすら抱いている。
 今の自分が冴えているかは別の話として、昔の冴えない自分を今嫌わずにいられるのは、彼のおかげも大いにあると思っている。


 最初のライブの記憶は2018年6月。地元・郡山市民文化センターで目撃した「マキャベリン」こそが、私の人生初DATEだった。
 ネイビーとゴールドの掛け合わせが印象的なポスター。その大きな身体をソファにちょこんと乗せ、顎に手を添える岡村ちゃんのとぼけた表情が、文化センター内のあちこちに指名手配犯のごとく貼り出されていた。このときの私の年齢は図らずも23歳だった。

 したがって今回、11月30日の仙台GIGSが人生二度目のDATEとなったわけだが、あのときのDATEと今回とではまるで印象が違う。
 思えばバンドメンバーも上杉さんと田口さん以外は総入れ替えされている。たださすが岡村ちゃんのセルフプロデュース力、質感の乖離はないままに、グルーヴや迫力はますますレベルアップを遂げていた。楽器隊だけではない。『ステップアップLOVE』では、DATE特有のホーンアレンジもさることながら、ELEVENPLAYの振り付けを要所要所に落とし込んで(すべてではないところがまたよい)DATEに最適化しているダンサーのおふたりがとっても素敵だ。
 そしてこの6年間、岡村ちゃんは自らをしてそう述べるほど社交性が高まり、笑顔を見せてくれることも格段に増えた。前述の通り私もメディアを通してそれを実感できており、それだけでも大変嬉しかったのだが、やはりそれをステージ上で、直接のコミュニケーションの中で実感することができたこと、そしてそれが彼の中の一定のゲージを超えて爆発すらしていたように見えたことが、今回一番刺激的なシーンだった。
 それに、6年前はまだ今ほど屈託なく笑える季節ではなかったのか、郡山という土地の掴みどころのなさ加減に戸惑っていたのか(それは大いにありうると思うが)、変な話どこか全力を出し切れていないように感じてしまった瞬間も勝手ながら少しあった。のちにいろいろなメディアを追うにつれ、彼が一本一本のDATEに常に真摯に全力を尽くす人なのだということは知れていったわけだが、それにしても今回は一挙手一投足すべてのアクションにおいて、ライブを楽しむ気持ちや嬉しさが爪先まで宿っていると確信できた。なにせ微笑む、煽る、飛び跳ねる。ツアー初日という緊迫感と高揚感も手伝ってのことだったのかもしれないが、どうであれそれがシンプルに嬉しかった。

 変わらない点もある。これだけ岡村ちゃんの心が開放的になったとはいえ、決して私たちベイベを甘やかしてはくれないところだ。これはアーティストとして、ミュージシャンとして、自分自身の見せ方における非常に絶妙なところで、彼が彼であるゆえにものすごく難しい部分だと思う(ただ、本人にとっては全然難しいことでもなかったり、あるいは甘やかしていないつもりもないのかもしれないが)。
 あと、これはリアルタイム世代の諸先輩方には大変失礼な書き方かもしれないが、6年前の郡山と比べると、20代~30代前半と思しき同志と呼べるリスナーがほんの少しだけ多く見られた気がした。この場においてはやはり希少なので大変嬉しくはあったものの、何を隠そう私もほかならぬ「岡村靖幸リスナー」なので、友達になろうとする勇気までは持ち合わせていなかったのだけれど。


 岡村ちゃんのライブの魅力は、もちろんその唯一無二のダンスとパワフルな歌唱もあると思うが、個人的に楽曲のアレンジが楽しみでならない。『少年サタデー』のカップリング『スーパーガール』は、リリース当時のテイストに寄せたものと、近年のライブアレンジを採用したものと2種類のリメイクが収録されていたが、個人的にはあんなふうにライブアレンジで生まれ変わった既存曲を集めてアルバムにしてほしいくらいだ。
 その点で私が今回特に痺れたのは『聖書』だろうか。直前に披露された『19』がずいぶんとアグレッシブなビートになっているなと思ったが、それは次の『聖書』へ接続するためだったと知り愕然とする。ゴキゲンな『19』から急転直下、あの妖しいベースリフが聞こえてきた瞬間、ガツンと頭を打たれた感じがして、文字通りうなだれてしまった。あいまいな記憶ながら従来のライブ映像で見られるものよりも若干マッシブなアレンジに変わっていたと思うが、全体の構成は変わらず、ホーンセクションやマーチもしっかり観られて嬉しかった。やはり彼自身のテンション感といい、セットリストといいアレンジといい、私自身が久しぶりのDATEだったことも相まって、今回はこういうガツンと殴られるような衝撃と興奮が印象深い。

 ほかにも、例えば『彼氏~』はいつもよりちょっと駆け足気味なテンポに変更されていたが、なんというかそのテンポ・そのペースになったからこそ浮かび上がる良さみたいなものを見事にキャッチしていて、置いていかれる感じや胃のもたれるような感じはまったくなかった(バスケットボールは変わらずちゃんと投げてくれた)。
 アンコールで設置されたキーボードから紡いだのは『赤裸々なほどやましく』。音源版のアレンジも素敵なんだが、なるほどこういう披露の仕方がよく似合う。あのスローでパステルな雰囲気の曲が、この刺激的なセットリストのどこに入り込めるかと考えると意外に難儀だ。「今デートしよう」とDATE中に言われて改めて気づいたが、「直接言うのは照れ臭いので歌にした」を地で行く曲なんだろうなと思った。

 そうやって毎回のアレンジの七変化ぶりを楽しみに思える楽曲がある一方、かえって当時のアレンジを守るスタイルがとても痛快に思える楽曲もある。『Dog Days』はその最たるもののひとつだ。「懐かしい曲いっていいの……?」「80年代だよ……!」というソフト自虐(?)から始まったが、「本当に?」と訊き返したくなるほど古臭さがない。ご自身にもそのような自覚というか意識があるからこそアレンジを守っているのではないかしら。「液体状の夕焼け」からの歌詞が狂おしいほど好きだ。
『できるだけ純情でいたい』も然り。あの曲の破壊力はなんといってもアウトロの壮大さにあると思う。バチバチのダンスあり、コールあり。何度も観た『マキャベリン』の盤では、ブレイクからのがなりにも似たシャウトが印象的だったが、今回はかなりしっとりとしていて、もとより湿度の高いこの曲にはそれも非常によく似合った。オーケストラの指揮者のごとく全身でバンドを牽引して、イントロの雷雨を思い起こさせるようなスリリングなクライマックスを演じたあと、ぷっつりと糸が切れたように終わる。これを純情と呼ぶのだから恐ろしい。
 こういう重厚感、圧ともいうべき迫力を持つ曲は、『エチケット』以降の貫禄を手に入れた彼であればこそ遺憾なく発揮できる表現なような気がする。これを大砲やミサイルに例えるならば、例えば郡山で披露してくれた『青年14歳』はさしずめ片手持ちのピストルの乱発というようなアレンジだと思うのだが、やっぱりあれ以外にはなりえない気もするし、今の彼が持つピストルにはそれはそれでずっしりと重みが増していた。

 以前ポッドキャストか何かの媒体で、曲作りにおける歌詞のコンプライアンスに言及していたことがあった。確かに「子供産め!」は今もうなかなか言えないかもしれないが、でも冷たい戦争の話はまだしても大丈夫らしい。ある意味、これができない世界にはどうかならないでほしいと、『うちあわせ』中はなんだか場違いなセンチメンタルに一瞬気を取られてしまった(とか言いつつ元気に「アメリカ~♪」とレスポンスしたのだが)。
 そういう楽曲づくりや自身の環境づくり、生活などのちょっと立ち入った部分の話が聞けるようになったのもここ数年、とりわけやはり岡村和義の影響が大きいんじゃないだろうか。先日の「RAIDO DONUTS」も「BRUTUS」も非常に良かった。黙々と職人の生き様をまっとうしていただくのももちろんありがたいのだが、「へえ、麻雀始めたんだ」とか「あ、こんなに英語ペラペラなんだ」とか、そういう今までになかった「隙間」なりそこから漏れ出す「匂い」みたいなものが、今の岡村ちゃんをもっともっと魅力的にしていると思う。『SUPER GIRL』で「14回もしょげずに」を飛ばしちゃうレアなシーンもあったが、これも広義においてそのひとつだ。

 今まで岡村ちゃんが出した曲はほとんど聞いてきたつもりだが、こと『ハレンチ』は私が知る限りフルアルバムには収録されておらず、シングルでもサブスク化されていない。『OH!ベスト』にMixバージョンが入っているだけで、オリジナル音源は正式には聴いたことがない。そのため『アパシー』を観ていても前述の「アレンジの変化」を十二分には謳歌できずにいたわけだが、今回生で観て、そのライブの完成度とグルーヴだけでも圧倒されるには充分以上であり、偉そうだがとっても満足した。

※公開後訂正。Apple Musicでは聞けませんでしたが、Spotifyでは聞けました。

 冒頭にも述べたが、90年代後半から00年代の岡村ちゃんは、リアルタイムを知らない私からすると結構霧の中の時代というか、とにかくたくさん思い悩んだり疲弊したりしていた印象が強かったので、「あ、この曲、今こんなに楽しそうに歌えるんだ」という新鮮さのほうが大きい。岡村ちゃんの犯した過ちは一生もので、完全な決別ができる日は残念ながら来ないのだが、今の彼が限りなくそれに近い状態にあり、「霧の時代」も乗り越え、自分自身の一部として受け入れられたうえでの現在なのだと、この曲を披露している事実をもってして信じたい。今このときを、岡村靖幸は幸福に過ごしているのだと。

 なにせ今となってはそのあざとさ、もとい可愛らしさも健在だ。『レーザービームガール』ではその特徴的なビートにあわせて「腕のシート」を自ら作って招き入れてくれるジェスチャーが印象的だった。
『愛はおしゃれじゃない』の特徴的なギターが流れ出して、だんだんDATEの終わりの匂いがしだしても、例によって「つまりその……」ともじもじしてみたり、ド直球に「僕はモテたい」と訴えてみたり。続く『ビバナミダ』のラストはバチバチのキメと、濃厚な投げキッス、無邪気なジャンプで締めくくられた。「どうもありがとうございまし……った!」と一言放り投げ、まるで柄にもなくはしゃいでしまった自分を取り繕うかのように、彼はすたすたといなくなってしまった。


 どこで誰が言っていたのか全く覚えていないのだが、「感想を書きたいけど、全部書ききれるはずもなくて、書いてしまったらそれ以上じゃなくなってしまう」という旨の言葉を最近聞いて、一介の物書きとして膝を打った。書く・書かないに是非はないと理解したうえで、書かないことによって守れるものもあるんだなと知った。
 でも、書くことによって、2年後、5年後、10年後にこの日を思い出したとき、その書いたものが拠り所になる。書いたものを読んだことによって呼び覚まされる音や匂いや味がある。書くことが自分の思いや記憶、体感に額縁を付けて、その枠組み以上のものにならないようにしてしまうとしても、脳内に残りつづける記憶の数に限りがある(こと記憶力に弱い私はなおさらだ)からこそ、そういう「保存」には意味があると私は思う。これは反論でも批判でもなく、書かない良さを知ったうえで、書く良さを思い直したに過ぎない。どちらも、思い出の抱きしめ方として然るべきだと思う。

 話が逸れたが、それくらい「いつかまた思い出したい」DATEだった。最近自分の歌でも書いたフレーズなのだが、「こんなに6年も間を空けずに、次はまたもう少し早く再会したいな」と思う。この胸のフラジャイルはやっぱり無くならないし、きっと彼も彼のフラジャイルをこれからも変わらず愛で続けると思うからだ。

 そしてこの記事の叩き台が書きあがったすぐあと、「FNS歌謡祭」で私はSUPER EIGHTと岡村ちゃんのコラボを目の当たりにし、録画に何回も何回もかじりつく日々を送ることになる(もちろんグランドエンディング、W岡村で手を振る部分までだ)。
 GIGSでも一曲目を飾った『ハリケーンベイベ』だが、エンタメに身を投じる人間の雄姿がそのまま歌になっていて非常に良い。タイトルの「ベイベ」はもちろん、「研究」とか「アバンチュール」とか、こんなにも靖幸節が遠慮なく注ぎ込まれるのは果たして手癖なのか施策なのか。以前からほんのり気になってはいたのだが、その答えとしてつい昨日アップされた『ダ・ヴィンチWeb』のインタビューに「わかりやすいキーワードを使うことで、パッケージングはポップにするというのは心がけてます」という発言が載っていたのを見つけることができた……と、これはまた別のお話である。

 いまは、貸していた友人から戻ってきた『アパシー』で余熱をコントロールしつつ、会場物販で買った『幸福への道』を毎晩ちょっとずつ読んでいる。


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