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2011年のサロマ
2011年、初めてのマラソン大会。6月末なのに朝は寒くて凍えた。
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靴はトレイルランニングの靴で挑んだ。ハセツネを走った靴。
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夫もトレランシューズで挑んだ。何足か持ってるトレランシューズの中で一番軽いやつだったと言っている。
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ランニング用の時計は持っていなかったので、ハセツネのときは右のBabyGで走った。防水だからトレランに向いていると思ってた。
そしてサロマは左のSEIKOの時計で走った。自分の持ってる時計で一番軽いからだ。高校の入学の時に親に買ってもらったもの。生活防水なのにけっこう雨に濡れたり時計したまま水張った洗濯機に腕つっこんだりと無茶をさせたが35年たった今もちゃんと動いている。関門の制限時間が分かればいいと思っていた。ペース、キロ何分で走るなんて知識が全くなかった。
こんな甘い考えで100km完走できるわけなかったんだ。ハセツネ完走できたから大丈夫なんてなめすぎていた。結果は60km手前で制限時間を過ぎてしまいバスに回収されてしまった。
中間地点の関門を過ぎたけど、脚の筋肉は「もう走れないよ」と訴えてた。他にも数人中間地点から走る力の残っていない自分と同じ状態の人が一緒になって歩いていた。少しでもゴールに近いとこでリタイアになろうとてくてくと前に進んでいた。その中にはサロマンブルーのゼッケンを付けている人もいた。
サロマンブルーの方が傍にいればまだ完走できるかと安心してたと言ったら
「サロマンブルー取ってから完走率が落ちてねえ」
と、そうか、そういうものか、燃え尽き症候群的なものかもしれないな。自分はサロマンブルーどころか初っぱなからリタイアになってしまった。
私と同じくなめてかかった夫も80km手前ワッカ原生花園に入る前にリタイアしていた。
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翌日、たどり着けなかったワッカ原生花園に車で行った。脚を引きずる私達にネイチャーセンターの人が昨日走ったの?昨日はここで何人か点滴してる選手がいたよ。と話しかけられる。
足を引きずりながら歩く人がちらほら。今日ここにいる人はやはり昨日たどり着けなかったリタイア組だろうか。
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昨日走れなかったワッカの立体地図を眺めて帰った。