優しさの種類
主催するお茶会のお問い合わせがあり、やりとりをしていく内に、その方がやりたい事について、厳しめなアドバイスをする結果になった。
傍目からみれば、悩んでいる時に、更に塩を塗る感じに捉えられたかもしれない。
しかし。
それはある意味の優しさなのだ。
…20代の時に、私は臨床心理士取得の為の大学院受験をするために、母校の研究生として1年間入っていたが、受験に失敗した。
落ちた当日に、担当教官から
「あなたはこのままでは向いていない。」
「一旦、心理の仕事は辞めなさい」
と落ちたショック状態の時に、更に追い打ちをかける様に言われた。
友達は
「何でわざわざそんな時に、それを言う😡」
と結構怒っていた。
私も当時は(キツいなー)と思っていた。
しかし、ある時気づいたのだ。
中途半端な優しさは、その人の為にならない事がある事を。
大学院受験について、人によっては3年位浪人する人もいる位で、その間は勉強に費やすから、金銭的にも辛いし、社会人としてのキャリアもない状態が続く。
その時間が報われる時間となるかどうか、はっきり言って保証はない。
ましてや、臨床心理士になれたとして、それ1本で食べていける保証もない。
(非常勤や開業勤務掛け持ちで生活している人も多いし、スクールカウンセラーは段々公認心理師資格がないと採用されなくなっているしね)
中途半端な夢や希望を持たせて、人生を棒に振らせるより、スッパリ切って、別の道を進んでいく方が、その人の為になる事があるからだ。
私は結局、金銭的な事もあって、全く関係ない派遣の仕事を始めた。
そこで、初めて一般社会のルールを知った。
病院や心療内科では″白衣を着た先生″で、心理は1人しかいなかったから、仕事は全部1人でやるのが当たり前だった。
一般社会はそうではなく、1つの仕事を皆でやったり、上司の判断が必要だったり、ある程度のルールが必要となる。
それは、私に取ってすごく新鮮だったし、勉強になった。
回り道になったけど、様々な世界をみる事が出来て、良かったと思う。
…(担当教官に辞めろって言われたのに、結局心理カウンセラーやっているんだ(^_^;))
と、このブログを読んで思っているかもしれない。
担当教官からは、実は最後の最後にこう言われたのだ。
「でもどうしても、心理の仕事をしたかったら、40代に入ってから始めなさい。」
「その頃には、落ち着いて出来る様になるから」
なので、現在こんな感じで活動しています😊
(お茶会は今はオンライン開催ですが、解除状態が安定したら、お店を借りて開催します)
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こんな感じで、Facebookで毎日一言メッセージを載せています。
必要な方にメッセージが届きます様に。