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【感想】「私雨邸の殺人に関する各人の視点」(著:渡辺優)

概要

嵐の私雨邸に取り残された11人の男女。資産家のオーナーは密室で刺殺され、世にも珍しい〈探偵不在〉のクローズド・サークルが始まる。館に集ったのは怪しい人物ばかり。いったい誰が犯人を当てるのか。各人の視点からなされる推理の先に、思わぬ悲劇が待っている。

出版社HPより引用

 本格モノでクローズドサークル(嵐の山荘)モノの本作。ちょっと前までは本格ミステリばかり読んでいたのに、最近は少し離れてしまったのですが、特徴的なタイトルに惹かれて購入。
 自分が本格ミステリばかり読んでした一昔前ですら「もうやり尽くされている」感があった気がしますが、それでもなお現在に真正面からクローズドサークルを取り扱っているのは、それだけで評価したいくらい個人的に好感が持てます。最近のミステリ界隈は特殊設定モノが注目を浴びている感じがしますが、こういう地に足ついた(?)本格モノもまた生まれていってほしいです。本作は派手さはないものの、良質なクローズドサークルモノでした。

感想

物語の構成:話を進行する視点と章ごとの神視点

 タイトルに「各人の視点」とあるとおり、物語は、事件の現場となる私雨邸に集まった人たちの視点をベースに語られていきます。ただし、「各人」とあるものの、実際には主に三人の視点から。タイトルからは、犯人含む全員の視点から話が語られていくのかなと思っていたので、この点は読む前に想像したのとはちょっとギャップがありました。複数人視点で話が語られるというのは小説としてはそんなに珍しくないですし、ミステリでも一つの事件を視点を変えて明らかにしていくのは割とあるので、この点は自分としての真新しさはなかった。
 一方、各章の終わりには神視点で、「私雨邸には現在十人がいる。/うち一人が、今回の事件の犯人である。」(P.90-91)のような説明が入り、事件と物語の輪郭をしっかり画定してくれます。この仕掛けは倉知淳の「星降り山荘の殺人」を想起させますが、こういうメタ的なギミックが自分は好きなのかもしれません。また、5章の終わりには「ここまでの視点で犯人は特定可能である。」と記載され、さらっと読者への挑戦状的語りが入るのも個人的に好きな点です。
 ちなみに、帯に「この館、探偵不在。」とか「探偵不在の新感覚ミステリー!」とあって、その点を押している感じがありますが、割と探偵っぽい人(冒頭の登場人物一覧で一番探偵っぽい人)が探偵でした。そこも売り出し方と中身とがちょっとマッチしていないかなあという印象。

現代のクローズドサークルのスタンダード

 クローズドサークルで密室モノの本作、読み進めている最中はそのトリックがやはり気になりましたが、解決編でふたを開けてみると、かなり現実的な(つまりはあまり派手でない)トリックでした。自分としては、本格モノには派手さよりも堅実さを求めていたつもりでしたが、やはり昨今の特殊設定モノと比較すると少し地味な感じは否めなかった。とはいえ、物語全体を通して大きな矛盾や破綻なく、突飛なトリックもないし、本格ミステリとして必要十分な要素がそろっているので、かなり良質な本格モノ、クローズドサークルモノといえると思います。
 ちなみに、新本格が流行った時代と違い、現代はほとんど誰でも携帯電話を持っていて、ちょっとした山中や森林くらいでは電波が届くようになっていて、山荘・孤島のクローズドサークルってかなりやりづらい時代だと思います。本作は基地局から遠いところにある山荘で、普段は館内のWi-Fiで外部と通信しているから、携帯電波が通っていなくても不便ないという設定だけど、これは個人的に割とすんなり受け入れられました。実際に電波が入らないようなところに山荘ってあるものなのかはよくわからないけど、最近は通話もほとんどLINE通話みたいなデータ通信だし、Wi-Fiさえあれば全然困らない。本作では、(昔の犯人は、外部との通信を遮断するために電話線を切ったり、電話機本体を壊したりしていたけど、)Wi-Fiのルータを破壊して外部との通信を遮断しており、こういう細かい設定・描写含め、本作は、現代のクローズドサークルモノとしてのスタンダード的な作品といえるのではないかと感じる作品でした。

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