【感想】「生殖記」(著:朝井リョウ)│小説の枠に収まらない普遍的物語
概要
前作「正欲」が面白かったので期待していましたが、本作もかなり良かったです。あらすじにもある「◯◯目線」という設定自体は突飛ですが、物語の中で語られているのは説得力のある普遍的なメッセージです。
感想
多様性の議論で無視される前提条件
本作は、多様性(性的マイノリティ)とその包摂、資本主義的価値観・成長の限界、現代日本社会と生殖、生殖技術と宗教観等々の多くのテーマを含んだ作品です。その中でも私が本作から受け取った主題を一言で表すなら、「『多様性を包摂する』という社会の傲慢さ」ということです。
本作の主人公・尚成は、日本人男性で恋愛対象が男性という性的マイノリティに属する人物です。そして、地の文は、主人公・尚成の生殖器(および生殖本能)の一人称視点となっています。尚成は、小学生の時に自身の女性っぽい言動をクラスメイトから馬鹿にされて以来、周りの空気を読み、自分を多数派(異性愛者)に擬態して自分の個性を押し殺すことで、社会に適合してきました。そんな経験から尚成は、現代の人間社会に対して何らシンパシーを抱いておらず、就職後も、多数派に擬態して言われたことはそつなくこなすものの、企業の成長や拡大といったものには全く関心を抱かず、日々を淡々と過ごしています。
本作の最も良い点として、尚成のこの精神構造の設定が、自身の属性や経験から納得感高く説明されていることが挙げられます。本作の中で、国会議員がLGBTQ+カップルは「生産性がない」とした現実の出来事に触れ、それに対する反論として、「生産性がない人なんていない」という発信があったことに言及されています(国会議員の件は本当にあったことだけど、反論発信があったのかは自分は未確認。でもありそう。)。
でもこれって反論しているように見えて、実は悪手というか、本質を外しているんですよね。それは本作後半でひたすら言及され続けるのですが、要は、
ということに集約されています。結局、「生産性」とかいう多数派(異性愛個体)が設定した価値基準に照らして、少数派(同性愛個体)も価値があるという議論になっていて、「多数派が構成する社会に少数派が入れてもらう」という構図なんですよね。これだと、少数派がどれだけ頑張っても多数派が構成する社会を成長・拡大することに貢献することにしかなり得ないんですよね。
(本作の方が全然深く考察されているけど、)自分も以前からこの構図は気になっていて、例えば企業等の組織での女性の活躍拡大(あるいは、誤解されている「フェミニズム」の多く)の文脈でも、「これまで男性が担っていた役割(管理職以上の上級ポスト)を、女性に割り当てて(男性と同じように)活躍させる」というアプローチが大半で、それって結局「男性に擬態できる女性」を作り出しているだけで、脈々と男性が築いてきたマッチョな構造自体は変えずに、そこに適応できる女性を登用するだけなんですよね。それは何でかというと、既存の価値観・価値基準を維持したまま、椅子に座らせる人間だけ挿げ替えているだけだから。
この点は、黒人女性の社会での違和感をミステリー調で扱った、「となりのブラックガール」を読んだ時も同じような感想を抱きました。
私はいわゆる異性愛者の男性で、ジェンダーの議論でも(社会の中で議論されるざっくりとした)多様性の議論でも少数派になることがほとんどないので、本作主人公の尚成や世間のマイノリティの立場を完全に理解しているとは全く言えないけど、それでも、多様性・包括性の議論で「現代の社会構造や価値判断基準」が前提となっていること、それ自体を変える必要がないのかという議論が飛ばされて、手を付けやすかったり成果が分かりやすい上辺の議論だけで話を進めていこうとする傲慢さには疑問を持っていて、本作ではまさにそこの核心をついてくれたという嬉しさがありました。
そのほかのお気に入りポイントなど
物語の感想としては、上記した通りなのですが、そのほかに細かい点含めていい点がたくさんあります。
〇提示される疑問(そしてそれが提示される読者)に対して誠実に向き合っている
上記した点に関連するのですが、「結局多数派の論理で物事を捉えてませんか?」で終わっていないのが本作の良い点だなと思っていて、種の保存・繁栄における「生産性」=生殖って、多数派とか少数派とか関係なく、ヒトという種が絶滅しないためには絶対的に必要な本能みたいなものなんですよね。なので、その観点で多様性を語るのって傲慢ですよね?という突っ込み自体、種の保存の観点からは実は何の意味もないと言えばないんですよね。生殖して子孫を残すのが動物界では絶対的な行動指針だから。
そこに無粋な突っ込みしてしまうと、ときに解のないいちゃもんみたいにもなってしまうのですが(私の「となりのブラックガール」の感想はまさにそんな感じですが)、本作後半では、新しいテクノロジーが発明されたことに言及し、これまでの「生産性」の価値観からヒトという種が解放され得るという点まで示しているのが、作者自身が提示した疑問に対して誠実だと思いましたし、このテクノロジーの言及がないと、物語としては片手落ちになってしまっていたかもしれません。
〇対比構造が巧み
自分は朝井リョウ作品をそれほどたくさん読んだことがあるわけではないのですが、朝井リョウさんのアイテム・物事の使い方は本当に巧みだなと思います。
本作でいうと、価値観・価値判断基準が話の軸になっていますが、その価値観として絶対的なものを提示することなく、むしろいろいろなもの同士の対比構造になっているのですよね。
例えば、ヒト以外の種(トリカヘチャタテ、ホンソメワケベラ)とヒトの生殖行動や行動態様について、日本とそれ以外(パキスタン)の文化的背景の違いからくる価値観の違いについてなど。
それと、尚成がリーダーを務める社内のレイアウト再編プロジェクトにおける営業部と新規事業部のスペース争いについて。これはまさに、伝統的な勢力(営業部/多数派)と新興的な勢力(新規事業部/少数派)が、社内の限られたスペースを分配するときに、どういう価値基準で割り当てを決めるかという話で、本作の主軸である、同性愛個体(少数派)が異性愛個体(多数派)が作ってきた社会にどう介入していくか、その時の価値基準は何なのかという話を、分かりやすく会社の中の構図に置き換えていますよね。
また、少数派の人物像にも幅があって、多数派のための社会に一切の関心を持たなくなった尚成と、自分のために社会に積極的に関与していこうとする颯は、同じ同性愛個体でありながら、社会に対するアプローチが真逆なところが良かったです。
〇お気に入りシーン
単行本P.104あたりから始まる、尚成と眉毛(と名付けられた他社の若手)が対峙するシーンが一番お気に入りです。自分は社会人経験が長くなったのでさすがに作中のようなことはないけれど、特に若手の頃は、指示されたことをこなすのに精いっぱいで、とあるきっかけで「社会人ごっこ」みたいになってしまうのはめちゃくちゃ共感できて、ここは読んでて笑いました。
また、颯が尚成に将来のビジョンを語るシーンは、セリフが良くて胸に刺さりました。
本作はそのテーマ上、どうしても説明的な記載が多くなってしまったり、難しい用語で複雑な説明が出てきたりと、「正欲」ほどのキャッチ―さはないかもしれませんが、自分は本作の方が好きでした。
あと、地の文の語り口が少し軽薄な感じが少し気になりましたが、上記のような説明的な内容を和らげるように著者があえてそういうチューニングにしたのだろうと思いますし、そこが実は結構難しいポイントだったのではないかと想像しました。ちなみに、地の文の口調はたまにテレビで拝見する朝井リョウさんに似ているように思えて、本作を読んでいるときは、自分の中ではご本人の声で再生されていました(笑)
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