記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

【感想】「字滑り」(著:永方佑樹)│2024年下半期芥川賞候補作①

 12月11日に第172回(2024年下半期)の芥川賞候補作が発表され、どの作品も面白そうでした。候補作の一つの「字滑り」が掲載された文學界10月号を入手できたので、さっそく読みました。

あらすじ

 局地的に発話や表記のルール・表現が乱れる現象「字滑り」、字滑りに関心を寄せるモネ、骨火、アザミの三人に字滑りが頻発するという土地に新しくオープンする宿の宿泊モニター招待が届く。三人は現地に赴き、その土地と字滑りの関係について調べ始める。

感想

 本作は、大きく分けて、字滑り観測パート(前半)と安達ケ原パート(後半)に分けられますが、個人的には、特に前半が面白かった。

字滑り観測パート(前半)

 渋谷で突如発生する字滑りによりNHKのアナウンサーが言葉をもつれさせながらもひらがな語喋りでアナウンスする事象の異様さ、それをモネ、骨火、アザミが三者三様の視点で観察するという切り取り方の面白さがあります。
 それに加えて、三人それぞれの章で、言葉の持つ価値や意味の受け取られ方が時代の変遷により変化することが、これまた多観点で示されていて、これは自分が特に関心のあるテーマでもあるので、この点についての創作に触れることがシンプルに嬉しいというのもありました。
 モネ編では「環境」とか「地球」とかいった巨視的でそれでいて当たり障りのない言葉が本音を隠すためにいいように使われ陳腐化してしまっていること、骨火編では字滑りを電車のブレーキに例えたことが意図せぬ受け取られ方をされ、しかもそれが本筋とは無関係なのに撤回を強要されること(字滑りが「地滑り」をもじったものであることも)、アザミ編では一般名詞の後ろに年齢を指す数字が付加されることで(女(43)とか)単なる名詞に急に性質が与えられ世間から評価されてしまうことが描かれています。
 自分はこの手の、文字本来の意味に人間が勝手に価値を与えて、それによって諍いが起きてしまうことに興味があって、特に、個人が手軽に発信できるようになってそれが急速に進行した現代において扱われる必然性があるテーマだと思います。東京都同情塔を読んだ時も同じようなことを思いました。

安達ケ原パート(後半)

 後半は、字滑りが頻発するという不思議な宿に連れてこられる場面から始まり、その土地の土着信仰や地理的特徴について調査をはじめていきますが、(作者は意図していないとは思うけど、)最近出版業界で賑わっている、雨穴さん・背筋さん的なモキュメンタリー性のあるホラージャンルモノ感の印象をどうしても受けてしまいました。観察対象の事象に関連しそうな言い伝えとか、異界感のある不気味なコンビニだとか、怖いけど(特に最近)どこかで見たことあるモチーフがちりばめられていることもあって。
 モネ・骨火とアザミはそれぞれ別行動をすることになって、モネ・骨火は現地調査を続ける中、アザミは赤ん坊に言葉を食べさせる母親に出会い、母親から赤ん坊に食べさせる言葉を提供し続けるようになります。
 作中で明確には描写されていないけれど、字滑りは赤ん坊に食べさせる言葉を抽出するために生じていて、それぞれ字滑りを観察してきたモネ、骨火、アザミは字滑りで抽出された言葉を赤ん坊のもとに運ぶために安達ケ原の山中に呼ばれたということなのですかね。その中でも特にアザミは、前半パートで字滑り時の話者により発せられた単語を含め、あらゆる言葉を自身の五感にしみわたらせていきます。そして、現地で赤ん坊に言葉を食べさせる母親に会ったとき、

今まで書いてきた文字達がアザミのまぶたの裏によみがえってゆき、(中略)ふいにかけてゆく。多くの言葉が鋭利だったり汚かったり、口に入れられないものを払ってしまうと、残るはわずかだった。

文學界10月号P.91上段より引用

と、これまでに吸収してきた言葉から、特に口に入れられるものを選別して与えていきます。

 上記の解釈が合っているかはともかくとして、ホラーミステリーモノとして考察する余地が多く、その点において本作は自分にとって好きな作品です。ただその裏返しで、作品の中核がどちらかというと土着的な謎の方に引っ張られていて、ジャンルモノの色が強くなっているのが芥川賞的にはどうなのかなというのは少し気になりました。
 あえて意地悪な言い方をすると、ホラー×純文学という売り出しをすれば、(芥川賞の看板は無くても)本作は商業的に成功すると思います。それは、昨今のホラーブームの要因も当然にして大きいですが、本作が純粋に物語として面白いからです。

#字滑り


いいなと思ったら応援しよう!