【感想】「お口に合いませんでした」(著:オルタナ旧市街)│「おいしい」じゃない方だから描ける日々の窮屈さ
概要
最近お気に入りの作家(正確には文芸クラブ?)オルタナ旧市街さんの小説集。帯が高瀬隼子さんなのも嬉しいです。
感想
あえて「おいしい」じゃない方を取り上げることに救われる
物語の中で食事のシーンが出たり、料理の描写があるときって、ミステリーとかそういうジャンルものを除けば、どちらかというと美味しい・幸せの象徴みたいに扱われることが多いんじゃないかなと思うんですよね。それに対し本作は、どの料理も、タイトルどおり決して満足感が得られるようなものではなく、たいていは油っぽかったり味が変だったりして、視点人物たちの口には合わないものとして登場します。そして、料理・食事をそういうモチーフとして扱うことから、話全体も暗くダウナーなものばかり。
自分は幸せな物語より鬱屈としたお話の方が好きなので、あえておいしくない食事を軸に、そうしたままならない感じを描いてくれているのにとても好感が持てるし、大げさにいうと、やっぱりそういう物語に救われる部分があると思います。
ただし、本作は必ずしも全編暗い話というわけでもなく、なかにはハッピーだったり家族の絆を扱った作品もあって、全体的に暗くなりすぎないようになっています。
作品の構造面で見ると、本作は連作短編っぽい造りになっていて、徐々に登場人物間(+各章末掲載のブログ?主)のうっすらとした関係性(みんな同じマンションの住人)が見えてくるのが、読みながら点と点がつながっていく感じがあって面白いです。最終的には意外とみんな近い場所にいたんだという発見がありつつ、最終章ではマンションで火災が発生して各作品の視点人物が一堂に会するのも、大団円っぽくて良いです。
もう一つ本作で重要だと思う点が、登場する料理は決して「不味い」わけではなくて、視点人物にとって「口に合わない」ものということ。これは、作中に登場するスープが、ある人物にとっては食べられたものではないほどに酷いものである一方、別の人物は週に何度も食べたくなるほどの好物にもなっていることからも読み取れて、そういう一つの価値観から評価を決めつけないところ、いい意味で対象から一歩引いているところも好感が持てる作品です。
食事を通して都市を描く
出版社が紹介するあらすじに「おいしくない食事の記憶から都市生活のままならなさと孤独を描く」とあるとおり、本作は料理小説でありながら、都市小説の側面も持っている印象です。そもそも、オルタナ旧市街さんが創作するエッセイや文筆作品は、都市の記憶みたいなものを抽出してできたものが多く、ご本人の得意とするところかと想像しています。
特に自分が好きなのは本作二編目に収録されている「ユートピアの肉」という短編で、都市郊外にある北欧風の大規模家具店に、マッチングアプリで知り合った付き合う前の段階の異性と訪れ、代替肉(ビヨンドミート)のミートボールを食すお話。
都市郊外のあの家具店は、キッチン、リビング、寝室、子供部屋といった居住空間がコーディネイトされているけど、どこか現実感・生活感のない空虚っぽい本物っぽくない感じがある気がするんですよね。そこに、付き合う前の異性という恋人ではないし友達とも言えない、これまたうまく言葉で定義できない関係性の相手と訪れ、そして、本物の肉ではない代替肉からなるミートボールを食べるという、全部がうまい具合に「本物ではないもの」から構成される居心地の悪さを感じる作品でした。
また、三編目の「町でいちばんのうどん屋」もすごく好きで、地方都市の食事処で実際にありそうな嫌な感じがリアルに表現されていて、すごく嫌な気分になりました(そこが好きなポイントなんだけれど。)。