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【感想】「みどりいせき」(著:大田ステファニー歓人)

本作を読んだきっかけ

 本作は、第47回すばる文学賞受賞作で、著者のデビュー作です。
 ダヴィンチwebの受賞インタビュー記事を読んで本作と大田ステファニー歓人さんのことを初めて知ったのですが、特に著者ご本人の考え方に興味を持ち、すぐに本作を購入。早速読了しました。

概要

【第47回すばる文学賞受賞作】
【選考委員激賞!】
私の中にある「小説」のイメージや定義を覆してくれた──金原ひとみさん

この青春小説の主役は、語り手でも登場人物でもなく生成されるバイブスそのもの──川上未映子さん
(選評より)

このままじゃ不登校んなるなぁと思いながら、僕は小学生の時にバッテリーを組んでた一個下の春と再会した。
そしたら一瞬にして、僕は怪しい闇バイトに巻き込まれ始めた……。
でも、見たり聞いたりした世界が全てじゃなくって、その裏には、というか普通の人が合わせるピントの外側にはまったく知らない世界がぼやけて広がってた──。

圧倒的中毒性! 超ド級のデビュー作!
ティーンたちの連帯と、不条理な世の中への抵抗を描く。

Amazon概要欄から引用

 物語は、主人公の男子高校生桃瀬が、小学生の頃にバッテリーを組んでいた春に再会する(といっても感動的ではなく、むしろ春は無関心)ところから始まります。
 その後は、あらすじにあるとおりで、春やその仲間と付き合ううちに、闇バイトに巻き込まれ、それまでの無気力だった高校生活が一変していきます。
 そして、対抗する組織からの暴力や、警察の捜査に恐怖を感じる中で、無気力に生きてきた桃瀬は生きることの意味(または無意味さ)を見出していきます。

感想(ネタバレを含みます)

独特の文体が面白い

 本作は主人公である桃瀬翠の一人称形式の物語ですが、その独特な文体が特に面白かったです。上記の金原ひとみさん、川上未映子さんの選評も、その点について触れられているものと思われます。
 具体的には、言葉遣いや表現がフワフワと曖昧で、リズム感を持った文章なのですが、ディテールの描写が綺麗だったり文章の展開がダイナミックだったりして、そのアンバランスさが良い意味で違和感になってクセになる文章です。
 「文章が独特なので、それに慣れるまで最初20~30ページを読むのが大変」という感想をいくつか見かけましたが、私はむしろ、書き出しからしてすごい作品に出会ってしまったと衝撃を受けました。この点は、LINEとかのチャット等のインスタントなテキストのやりとりにおいて、かっちりとした文章を書かないタイプの人だと、割とすんなり本作の文体に入っていけるのではないかと思います。

(本文書き出し)
 あれは春のべそ。まぁ、そんなわけないし、もしそうなら、みんないつか死ぬ、ってことくらい意味わかんないし、わかんないものはすこし寝かせたい。けど今は眠ってる場合じゃないし、ってなると、目が赤いのも鼻すすったのもたぶん春の方に吹いてった風のせいで、だって強い気流が砂ぼこりを巻きあげたんなら普通に目に入んだろうし、その汚れを落とすための涙が鼻へまわったんなら自然にすするし、流れた雲が太陽を隠して、ふと顔に影が落っこちたんなら表情だって見づらくなんだろうし。それはきっとそう、こじつけなし。とぼしい状況証拠からのがちな名推理は理解あるにょーぼ役のつとめのひとつなのです。

「みどりいせき」単行本P.3より引用

桃瀬の人物像

 視点人物である桃瀬の人物像は、私にとっては少し謎がある印象でした。学校生活や家族との関係に対して無気力に日々を過ごしている様子がうかがえ、例えば、クラスの委員会決めや学校行事の班分けに対して非協力的で、クラスメイトからすると迷惑に感じる存在のようにも見受けられます。じっさい、クラスメイトで学級委員の山本くんから風紀委員になってほしいと依頼される際、桃瀬は山本くんからいきなり顎を殴られます。一方その直後、山本くんは顔の前で手を合わせて、他薦は駄目だから風紀委員に立候補してほしいと懇願します(この点は山本くんの行動も意味不明ではありますが。)。
 また、春の仲間の鳴海先輩やラメち、グミ氏からは、初対面で軽く扱われている割には(先輩からは「わがままボデー君」や「ただのデブ」、らめち・グミ氏からは「殺人鬼」呼ばわり。)、桃瀬が春と旧知の仲だということが分かると、すんなりと仲間に受け入れられます(桃瀬が日和って周りにチクったりしたら、闇バイトの活動自体が継続不可能になりそうですが。)。
 学校内で桃瀬はほかの生徒からどういう存在なのか、春の仲間にすんなり受け入れられる桃瀬はどういう人物なのか、一度読んだだけではなかなか咀嚼できていません。

ラストシーンと冒頭シーン

 冒頭の小学生時代の野球シーン、ツーアウト二塁で相手バッターは四番、カウントは「バッティングカウント」の状況です。春が投げた球に対して、相手バッターの打球はファウルチップになりますが、桃瀬は捕球できずに球がメットに直撃して気絶します(気絶の過程で、「チップをキャッチして揚々と返球する平行世界のぼくと目が合」う。)。
 そしてラストシーン、高校生になった桃瀬は、春に対して全力投球してほしいと頼みますが、そのときに「バッター四番、ツーアウト二塁、カウント、ツーツー」と仮想シチュエーションを説明します。つまりは、おそらく小学生のときの「バッティングカウント」だったときのカウントは「ツーボール、ワンストライク」で、小学生のときのチップを捕球できた続きをやろうと春に問いかけていると解せます。
 作中、ことあるごとに桃瀬は春にバッテリーを組んでいた頃について語りますが、中でも桃瀬にとっては冒頭シーンの心残りが強くあったのではないかと思います。また、中学に上がって野球部でうまくいかなかったという描写があったことも合わせると、ラストシーンは、小学校時代にチップを捕球できなかったために、その後、現在まで続く人生が上手くいかなくなったという思いがあるなか、冒頭シーンのやり直しをすることで、自分の人生や失った青春を取り戻そうとするシーンのようにも受け取れ、さわやかな読後感がある作品でした。

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