再録:機界絡みのアレ

「なんなんだよ、ありゃあ……」
空を見上げたレナードは、くわえていたタバコの存在も忘れて、ぽかんと大口を開けるしかなかった。
旧王国のとある辺境都市。レルム村への移民を希望するはぐれ召喚獣たちを手引きしていた彼は、手配を終えた帰り道に異変と出くわしてしまったのだ。
 それは町全体をすっぽり影で覆ってしまうほどに巨大な、浮遊する鉄の塊だった。
いや、彼はそれが何なのか直感で気づいている。
 娘にせがまれて連れていった週末のシアターで、もっと安っぽい作りをしたこれと似た物を見たことがあったからだ。
「[未確認飛行物体/ルビ:アンアイデンティファイド・フライング・オブジェクト]……おいおいおい、未知との遭遇にも程があるだろうに!!」
そう、それはSF映画に出てくるような巨大な人工建造物だったのである。
しかも浮いている。明らかに彼のいた世界にはないオーバーテクノロジーだ。
「てことは、ロレイラル絡みの物件かよ……」
元の世界に帰る手段を得るため、彼は少しずつ召喚術について学んできた。本業である派閥絡みの[密使/ルビ:エージェント]の仕事が多忙すぎるため、なかなか満足な成果は出せていないが、知識だけは見違えるほどに増えていた。
そこにステイツで暮らした日々の無駄知識が組み合わさることによって、彼はこの先に起こる展開を、最悪な形で予見してしまった。
「やめ……」
制止の声は届くまいと途中で気づいた彼は、死にものぐるいの逃走を開始した。
 そして、それは正解だった。
 彼が背を向けた古い町並みは、立て続けに発射された名も知らぬ兵器群によって、あっという間に火の海と化していったのである。
「冗談じゃねえ、冗談じゃねーぞっ!」
あれが帝国軍の攻撃だというのなら、まともにやりあって勝てるはずがない。
 だが、同時に疑問も残る。
「あんなのがあるんだったら、なんで最初っから出してこなかったんだ?」
今もなお続いている旧王都ヴェスパをめぐる攻防では、召喚兵器らしきものが投入された形跡はあれど、あんなデカブツが出てきたという情報はない。
 前にカザミネから聞いた、帝国に出現したという浮遊城の話が頭によぎったが、あれはそんなロマンチックなものではない。どう見ても大量殺戮兵器だ。ハリウッド的な災厄だ。
「そう、あれは帝国の兵器ではありません」
全力疾走の横合いから不意にそう話しかけられたレナードは、驚きのあまり、思わず足がもつれて転びそうになった。
「止まらないでください。あれの攻撃範囲は不明ですが、まだここは危険域として考えておいたほうがいい」
 そう言いながら、声の主は巧みにレナードの身体を支えて、転倒を回避させる。
 灰色の装束に奇怪な面―――どこから見てもジャパニーズ・ニンジャである。
「おどかすなって、シオンの旦那」
ふうふうと息を荒げながら、レナードは頼れる仲間にぼやいた。
彼の名はシオン。鬼妖界シルターン出身のシノビであり、今は【超律者】マグナに仕えている。各地で独自の情報収集を行うと共に、どうしてもと頼まれれば派閥の仕事の助っ人を引き受けてくれることもある。
 今回の移民の引き渡しが戦地のすぐ側で行われたこともあって、万が一の護衛としてファミィの部下たちに同行してくれていたのだ。
「あっちのほうは大丈夫なのかい」
「関所はとうに抜けています。あとは先方に任せてよしと判断して、急遽こちらまで駆け戻ってきたんですよ」
「てことは、アレはそんな遠くからも……」
「はい、ばっちり見えましたよ。まるで巨大な鉄の棺のようでした」
そこから無数の雷が降り注いで、町が爆発炎上したのだという。
「だとしたら、いったいどこのどいつの仕業なんだよ」
 わかりません、と珍しくシオンは答えを渋った。
「貴方の見立てどおり、おそらくこれは機界に由来するもの。ですが、これほどに巨大な物が召喚されたにしては、それらしき儀式が行われた形跡がないんです」
「マジかよ……」
 だとしたら、皆目見当がつかない。本当に宇宙から飛来してきたのではないかと、現実逃避をしたくなってくるレナードである。
 が、そんな余裕はますますなくなっていった。
「おいおい、なんか細かいのが降ってくるぞ!?」
豆粒のように小さく見えた物体が、装甲に覆われた人型兵器の数々だと把握した
時には、すでに敵は降下シーケンスを完了し、彼らにカメラアイを向けていた。
「機械兵士!」
間違いない。あの物体はロレイラルの機械兵器だ。
 それもおそらく、強襲と制圧を目的としたもの。
 標的の真上から爆撃した後、残敵を機械兵士で掃討するシークエンスなのだ。
「だから、いい加減にしとけって言ってるだろーに!?」
表記できない口汚いスラングを枕詞に吐き捨てて、レナードは愛銃を構えた。
 こっちの世界のチューンを加えて威力はずいぶん高めてあるが、機械兵士の装甲をぶち抜くには正直心許ない。それでも、こいつに頼るしかない。
 足を止めて、行く手を塞ぐ敵に三点斉射。
銃撃によって敵はよろけたが、やはり行動を停止させるまでには至らない。
だが、その隙にシオンが忍術を発現させる。
【霧の忍匠】のふたつ名をもつ彼の得意技は幻術だ。妖気をはらんだ霧による目くらましは、機械兵士のセンサーであっても欺いてのけてしまう。
目配せを交わしあった二人は、そのまま逃走に徹する。
だが機界の科学力は、その神秘の技を力づくで凌駕してきたのである。
「伏せて!」
 ほとんど押し倒されるようにして、レナードは石畳の上に突っ伏していた。
 その背中をすさまじい熱気が舐めていく。
 まばゆい光の反射に、思わず顔をしかめる。
(照明弾……いや、そんな生やさしいもんじゃねえ。テルミット焼夷弾かよ……)
おそらく上空から投下されて、低空で爆発させたのだろう。
 不可視の霧を除去する目的としては大仰すぎるが、狙いは充分に果たされた。
周囲の霧は完全に蒸発し、彼らの姿を覆い隠すものはなにもない。
 いや、むしろ霧が緩衝材になってくれたからこそ、生きていられたのだ。
「大丈夫……ですか?」
「あんたのほうこそ!?」
 レナードに覆い被さってかばったシオンの背中は、ひどい火傷を負っていたのだ。
立ち上がることすら満足にできないほどに。
「置いていってください。貴方だけでも……」
「お断りだッ!」
 頑として受けつけず、レナードはシオンを助け起こした。
 半ば引きずるようにしながらも、必死に前へと進んでいく。
「俺はもう、目の前で仲間が殺されるのを見るのはイヤなんだよ。そのせいで自分がおっ死んじまったとしても、絶対にイヤなんだよ……ッ!」
だが、そんなレナードの必死を嘲笑うように、機械兵士たちはやって来る。
 銃撃によって蜂の巣にされる覚悟をした彼らを、包囲して距離を詰めてくる。
(もしかして、捕虜にでもしようっていうのか……?)
いや、そうは思えない。おそらくもっと、おぞましい運命が待っている。
 殺されるほうがずっとマシだと思えるような、そんな未来が。
「マイガ……ッ! ここまでかよ……っ」
 その時だった。
鮮やかなオーカーの装甲を纏った物体が、彼方より超高速で飛来すると、勢いのままに居並ぶ機械兵士たちをなぎ倒してのけたのである。
(二輪車……いや、エアバイクか?)
呆然とするレナードに向かって、生意気げな機械音声が命じる。
「死ニタクナケレバ、サッサト搭乗シテクダサイ」
「お、おう……」
気を失ったシオンの身体を脱いだコートで自身にくくりつけると、言われるがまま、レナードは謎のエアバイクにまたがった。
 途端に、浮遊感と急加速が猛然と襲ってくる。
「のわわわわわわわわわわあああああぁぁぁぁぁぁっ!?!?」
 利き手でハンドルを掴み、反対の手で恩人の身体を懸命に押さえつける。
 無我夢中で振り落とされまいと踏ん張ったのは、どれくらいの時間だったろうか。
気づいた時には、彼は町から遠く離れた荒野にひっくり返っていた。
「フム、意識ガ戻ッタヨウデスネ」
 にゅっと顔を出してのぞきこんだのは、あのバイクと同じ色の機械兵士だった。
「なんなんだよ、一体……どーなってやがるんだ……」
「心配せずとも、彼は敵ではありませんよ。貴方たちをここまで運んできてくれた張本人なんですから」
答えたのは、少し離れた場所でシオンの傷に手当てを施している人物だった。
 その全身の大半はガンメタリックの装甲によって覆われていたが、向けられた顔はまごうことなき生身の人のそれである。
「セクターと申します。そこにいるトライゼルドと共に、突如出現した機界要塞の強行偵察に向かう途中、貴方たちの危機に遭遇したというわけでして」

「つまり[浮遊要塞/ルビ:あれ]を沈黙させん限りは、機械兵器たちは無限に吐き出され続ける―――そういうことなんだな?」
 レナードの問いに、そうじゃ、とゲックは答えた。
「そして、機能を停止させるためには直接潜入するしかないというわけですか」
背中に貼られた火傷治療の冷却ジェルを[機械娘/ルビ:アプセット]に剥がしてもらいながら、シオンも眉をひそめる。
先行したセクターたちから遅れて旧王国領に到着した[可変式拠点車両/ルビ:ビルドキャリアー]の内部、ブリーフィングルームにおける会話である。
 【教授】ゲックとセクターを筆頭とする鋼の子供たち。その弟子にしてミコトの保護者でもあるカイロス。帝国方面から急行してきた彼らに、イレギュラーとして現地合流する
ことになったレナードとシオンを加えた面子が、問題となっている浮遊要塞に対抗できる
この場の全戦力だった。
「とはいえ、闇雲に総攻撃を仕掛ければいいというものでもありませんよね」
強行突入用の飛行軌道を最終計算しながら、カイロスが再確認する。
 潜入部隊が目的を果たすまでの間、拠点にして脱出手段でもあるこの車両は死守されねばならない。それはすなわち、迎撃に出てくる防衛機械兵器群と真っ向からやりあうということであった。
「悪いが、俺は防衛側に回らせてもらうぜ。尾行や護衛ならともかく、[潜入工作/ルビ:スニーキングミッション]はさすがに[刑事/ルビ:デカ]の領分じゃねえやな」
「そういう意味では、そっちはシノビである私の領分ということになりますかね」
「背中の負傷の影響はないのか?」
 セクターの厳しい問いかけに、問題なしですよとシオンは笑って見せた。
「こちらのお嬢さんがたの手当のおかげで、もう薄皮も張ってきているようですし」
「いやいやいや。薬は全部、オジサンのお手製でしょって」
「驚異的回復力。未知ノ薬物効果。SO-CALLED……しのびまじっく???」
「ハハハ、さすがはニンジャってとこだな。とはいえ―――」
 くれぐれも無理はしなさんなよ、とレナードはシオンに念押しした。
「では、シオンさんには同行していただくとして。問題は……」
 一同の目が、改めてゲックへと向けられる。
そう。この作戦を完遂させるためには、どうしてもこの老召喚師を中枢施設まで連れていき、各種の制御プログラムを改変してもらわねばならないのだ。
 当初はカイロスがその役目を担うつもりであったが、ブランクのある彼では万が一の時にアドリブが効かぬと、ゲック自らが向かう決意を固めてしまったのである。
 体力的な不安は大きいが、確実性ではたしかに彼が出向くのが最善であり、グランバルドの背でおとなしくしていることを条件に、出陣が決まったのであった。
<以上。続きはありません>

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