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私は羽柴なつみをよく知らない
羽柴先輩があにまーれを卒業した。
私は羽柴先輩をよく知らない。
私は今年、2021年2月にみるちーずがあにまーれに加入したのを機にあにまーれを見始めた新参者だ。その時点で羽柴先輩は突発性の難聴で活動を休止しており、それまで界隈のことをほとんど知らなかった私にとって羽柴先輩は「そういう人もいるらしい」みたいな存在だった。
羽柴なつみは私にとってちょっと遠い、でも噂では聞いているそんな先輩だった。
3月に羽柴先輩が復帰すると聞いて、いそいそと復帰配信を見に行った。
不思議な人だった。片耳の聴力を失うという想像もつかないような苦しい目にあいながらも、自らの絶望を、それをどこか達観したような、運営さんに「ヘラヘラしないでください」なんて怒られるくらいになんでもないように語る羽柴先輩がいた。
そして、それからのいくつかの配信、アーカイブを見た。
やっぱり不思議な人だった。いつも自分のことも周囲のことをちょっと上から観察していて物事を言語化するのがうまい。お嬢様で少し世間ずれしているところがあって、たまにから回っている。発想は奇抜で実行力があって人を巻き込む魅力がある。誰からも頑張って背伸びをする妹のように可愛がられる。きっと私はこれからこの人のことを好きになっていくんだろうな、ぼんやりとそんな印象を持っていた。
羽柴先輩は復帰直後から休止中に増えた後輩であるみるちーずの中の、私の最推し「大浦るかこ」のことを気にするそぶりを見せていて、私も、周囲のリスナーも「いつか羽柴先輩とるかこさんのコラボを見てみたい」と思い、語り合っていた。
絶対に面白いと思ったんだよ。
独特の空気感と独特な言い回しと脳みそがフル回転する音が聞こえるような高いトークスキルを持つ二人のコラボは、絶対に面白いと思ったんだ。
だから日隈先輩の突発コラボ枠で、るかこさんがその場でチャットを送って羽柴先輩とのコラボの約束を取り付けた時は思わずガッツポーズをしてしまった。これから「12人のあにまーれ」の日々がずっと続いていくんだって勝手にそう思ってた。
それでも、羽柴先輩は卒業してしまった。
るかこさんとの共通点コラボは約束だけで消えていった。
体調の悪化で3周年イベント直前で無期限の休止に入ってしまい、次に姿を現した時には三日後に卒業することが伝えられた。
まるで地面が急になくなってしまったようだった。久しぶりに繰り出された現実からの足払いを、私はなすすべもなくもらって、受け身も取れずに無様にぶっ倒れた。全身を強打して息もできなかった。
再度の無期限休止になった時点で、卒業が脳裏をかすめなかったと言えば嘘になる。でも、みるちーずのちろ先こと月野木ちろるも無期限休止から復帰した。きっと今回も大丈夫だろう、そんな気持ちでいた私に、現実ってやつは手厳しかった。
私は羽柴先輩のことをよく知らない。
実際に彼女の活動に触れたのはせいぜい3か月弱だ。羽柴先輩のチャンネルには260本の動画があるけれど私が見たのは1割にも満たないかもしれない。それなのに、彼女のことが12人のあにまーれのことがこんなに好きになっていたなんて思いもしなかった。
るかこさんと羽柴先輩だけじゃなくて、かわいいって言われるのが苦手な羽柴先輩をちろ先がどうメス堕ちさせるのかを見たかったし、実際にはお姉ちゃんだけど末っ子気質のみあちこと湖南みあと羽柴先輩の絡みも見たかった。
羽柴先輩の最高の相棒の白宮先輩とのしろしば組とみるちーずのコラボが見たかった。
もっともっと羽柴先輩のいるあにまーれを知りたかった。
最後の配信で羽柴先輩が読んだマシュマロに「もっとちゃんと好きって言えばよかった」というものがあり、羽柴先輩は「こんなことになると思ってなくて、好きって言っとけばよかったって人いたら手をあげて」と呼びかけていた。多くの人が手をあげた。
誰もがこんなことになるなんて思ってなかった。
でも後悔ってやつはいつだってそうだ。
Vtuberが「そこにいる」ってことは、ちっとも当たり前のことなんかじゃない。Vtuberが「いる」ってことは「活動している」ってことだ。運営が、ライバー自身が「そこにいる」ために頑張って努力してくれているその結果なんだなと、呆然としながら考えていた。
羽柴先輩の魂の叫びのような「生きるってなんだよ」を聞き終わって、どうにも落ち付かなくてサイフとスマホだけ持って夜の町へ飛び出した。
柚原いづみ先輩の涙の決意表明、チチンプイプイ、生きるってなんだよ、そして白宮先輩のゲリラ配信。それらを聞きながらただただ夜の町を彷徨い歩いた。遠い昔に学生だった頃も何度もこうして行き場のない焦燥感と怒りを胸に町を歩いたことを思い出した。
柚原先輩も白宮先輩も羽柴先輩が愛したあにまーれを自分が支えていくと言った。そして、支えるために私たちリスナーに力を貸してほしいと言った。
私に何ができるかは正直わからないけど、「こんなこと」が実際に起きた時に数えきれない後悔を抱えないように、頑張って努力して「そこにいる」ことをしてくれている推しのために、今は自分のできる推し事を精一杯やってみようと思う。
なんか筆が乗らなくて、じゃないんだよ。大浦るかこの、みるちーずの魅力を伝えられるのは今しかないかもしれないんだよ。絵も描けない、歌も歌えない。そんな私にだってできることがあるだろう。
そう思ってこの文章を書いた。
私は羽柴先輩をよく知らない。
それでも羽柴先輩からたくさんのものをもらった。
ありがとう、羽柴先輩。
お元気で、また。