【ドアノブ】_120 逃げ道を作ってみる。

逃げ道を作ってみる。

人間関係においても、自分の人生でも逃げ道を作るといいと私は思っています。

人間関係においては、逃げ道を作っておくと安心してくれると私は思っています。

安心。これは私が大事にしている事です。

友達と遊びの約束をしたとき、私は、「気持ちが変わったら、急遽、他の予定が入った時、寝坊したときは連絡してくれると助かる」とだけいうようにしています。

それは約束の時間に友達が来ないことの友達の心配もありますが、私がそうしてしまう事もあるから、だから、逃げ道を私が示さないのはフェアではないと思うからです。

私は双極性障害と今は診断されています。

なので、突然の気分の落ち込みや、もちろん、人なのでうっかり寝坊や度忘れすることもあるでしょう。

その時に、過度に叱咤されたり、感情に任せた怒りなどをぶつけられると嫌だからです。だって人だもの、人にとって得意なもの不得意なもの、体質や環境も人それぞれです。

私は約束の時間の直前でも連絡をくれれば、気楽に応じます。「うん。いいよ!連絡ありがとう」と。

もちろん、友達と会えない事は残念な気持ちはありますが、そうやって気軽に断れる関係であるというのは「本心で話して貰えてる」とも思えるので私にとっては嬉しいのです。

それに連絡をくれれば私はその日を自分なりに過ごすことができます。相手が寝坊したときは時間が過ぎてしまいますが、私は「いついつまでに連絡なければ今日は自分なりに過ごさせてもらうね」と相手に伝えて、ゆっくり過ごしてほしい胸を伝えます。

友達と言えども気分が乗らない日があります。朝に起きた時に、今日は眠りたい。自分なりの時間を過ごしたい時はあるでしょう。特に私の周囲の人は仕事をされている人が多いので、休日というのはその人にとって大事な時間です。

そこを尊重したいし、私も尊重されたいと思っています。

だから、連絡さえ頂ければ、喜んで受け入れます。私も相手も快い関係も築ける一つの方法と思います。

相手にも自分にも逃げ場所を作る。私のコミュニケーションで大切にしている事です。

人生においては、まだ克服中ではありますが、経過段階です。

私の目標は昔ありました。今も未練はあります。

なぜなら逃げられないように私はいろいろ縛り付けたからです。

なぜそうしたか、背水の陣をおこなえば、きっと私でも、絶対評価の道ならば私でも到達できると思ったからです。

だから人と出会う度に言っていました。将来は〇〇になると。

よく、自己啓発本には自分の目標を周囲にいうと自分を律する事になるし、周囲の協力も得られると。

もちろん、そういう一面も多分にあるでしょう。私には向きませんでした。そうして10年以上それに向かって邁進しました。

周囲の協力も得られました。周囲の援助も受けられました。

目標までの道が開いた時もありました。が、自分の能力が足りず、事実上、諦めざる終えなくなりました。

さて、自分が邁進してから10年、目標と定めた年数にすると15年だったと思い返します。それ一本しか考えていませんでしたので、それ以外の知識もありませんでした。

一般には専門を出ているので知識はあるとして扱われますが資格がないので社会的信用はありません。つまり、その専門が使えないのです。

何度も他の道も考えましたが、15年も思い続けたこと、相対評価ではない世界だったこと。私の努力不足のこと。何より一番は、自分を縛り付けた鎖があまりにも多すぎたことでした。

私は完全に逃げられない理由付けを行く先々でしてしまっていたのです。

それは周囲にも、私自身にも。

つまり、私は一つの方法としては有用であると尊重しつつ、必ずしも啓発書などに書かれているように、目標を周囲に風潮することは必ずしも賛成とは言えません。

なので逃げ道を作る事、自分の目標が失敗しても次の事に取り組めるようなマインドを持っておくことも必要かと思います。

少なくとも私は逃げ道を作らず、邁進してきた結果が引きこもりを経験した切っ掛けの一つだったと思います。

私と同じように自分の思いに悩んでいる方がいらっしゃるのではないかと思います。

私は知る事や学ぶことは好きなので、今はこれまで学んできたものとは一線を画すものにも興味を持つようにしています。

私の人生において克服中の経過段階というのはそういうことです。

それで違う道が見つかればいいなと足掻いています。

その切っ掛けを頂いたのは人との繋がりでした。

以前も書きましたが、昔ながらの友人が飲みに連れて行ってくれた飲み屋のマスターから巡り巡って、支援施設のカラフル金沢の存在を知りました。

その職員、利用者と接する事で私は刺激を貰い、自分なりに考え、自分なりの時間を過ごさせて貰い、時に意見を交換し、時に談笑し、時に涙を流す。

そして、今の私があります。

正直私には福祉施設、支援施設としては必要なかったかと思う時もありました。だけど、職員や利用者など個々の人たちからは刺激、知識、見聞、経験、切っ掛けを頂いたと思っています。

それは私にとって他の場所や私の周囲の人の中でも得られたことでもあったかもしれません。私はどちらかというと周囲の人に恵まれていますので、何かしらの援助や助言は得られたと思います。

だけど、福祉を専門を前提としているわけではありませんので、「社会通念上に乗っ取って」という前提があります。

そこはいずれ必要になるところではありますが、スモールステップ的に考えるならば少しジャンプのし過ぎかと思います。

まずは、自分の足元から、ひきこもりや障害、体調の低迷を前提としたスモールステップから始めてみてみるのも一つの選択肢かと思います。

支援施設には同じような体験をされた方、思いをした方がいらっしゃいます。完全に一致はせずとも、一部分でも共通点は見つけられると思います。

施設の職員は社会通念上を念頭に置きつつも、今、あなたに必要な「福祉的観点上を前提」として対応してくれていると私は思います。

それが一般の周囲の仲間では得られなかった関係だと思っています。これは小さなようで大きい事だと私は思います。

私はカラフル金沢に通っているからといって迎合することはありません。

なので正直にお話しするとスタッフも人間です。スタッフに対して何か思う事もあるでしょう。人として合う合わないがあるかもしれません。

ですが、スタッフは多彩で、色がそれぞれ違います。多彩であるので、逆に合うスタッフがいるとも言えます。

私は自分が感じたこと思ったことを伝えるようにしているので、スタッフの対応で思うところがあった場合は伝えます。施設としてスタッフはちゃんと向き合ってくれます。それで改善してくれた事もあります。

逆に私のわがままだったと諭されることもあります。それを気が付かせてくれるのもカラフル金沢に来てよかったなと思います。

スタッフもどんどん成長しています。

安心する空気はそのままに、支援施設として変化成長していく姿を観ていて、いい環境であると思います。

スタッフも日々、一人ひとりがそれぞれが寄り良くしようと考えているように見えます。

決してただ惰性で今のまま仕事をしようとしているスタッフはいません。任された仕事をしつつ、利用者一人一人に向き合いつつ、他に何か新たにスタッフとして自分が出来ることはないかと問い続けている。そのような姿に私は胸を打たれます。

こんな素敵な環境に自分の人生の逃げ場所を提供をしてくれていると思うと安心できます。居場所があるんです。私は共に成長できると思っています。

カラフル金沢は支援施設ですので、通所も退所も出来ます。体験利用もできます。生活支援と就労支援があります。他にも系列として福祉施設を多岐に展開しているのでそれも利用者として心強い所でもあります。

この記事を読んでくださる方にはもしかしたら、家に居ても自分の居場所は自室だけという方がいるかもしれません。家族に縛られている方もいるかもしれません。自分で自分の事を縛ってしまって身動きが取れない方もいらっしゃるかもしれません。

自分に厳しくしすぎて、辛い思いをされている方もいると思います。助けを求めていますか?周囲の方が力になってくれていますか?

明らかな体調面や精神面がが不安な方はまずは、病院へ掛かってみてください。身体を少し動かせるようになって、家が嫌で環境を整えたい方、自分に厳しくしすぎて自分から逃げ出す所を求めている方、ひきこもりだけど、少し何かを変えてみたい方、などなど。

一度、連絡してみて、顔を出してみて、通所するようになっても、カラフル金沢から逃げ出すことも私は良いと思います。一歩踏み出したことは、実行に移したことはまぎれもない事実、トライしたあなたを誉めてあげてください。

カラフル金沢に通って私はもう3年が過ぎようとしています。

時間はとっても大切です。巻き戻しは出来ません。ただ、未来を見据えての行動をするかしないかはあなた自身にかかっています。過ぎたことを後悔するより、何か実行してみませんか?

私はこの3年を無駄だったかもしれないと感じたこともありました。でも、ふと振り返ってみると多くの事を与えて頂いてたと思います。

まずは逃げ道の確保を、そして、次につながる何かを一緒に探していきませんか?