第12章sho-wa to hey-sey ノスタルジック小説 かえろっか / 俺たちに きのうはない
1999/フェンスの中のアメリカ
初秋の乾いた空気を振り払うように湿り気を帯びた風が静かに吹き渡る
時間を追うごとにそれは勢いを増し青い空を灰色に塗りつぶしていく
海ではうねりを作り空に風を吹き上げ陸には大雨を届けにやって来る
そして自らのパワーを誇示するかのように爪痕を残し去っていく
『手を伸ばせばよかったのかな』父の顔が目に焼き付いている、そして自分の身体をすり抜けて行った両腕の感触も、静香は健一のお腹に回した腕に力を込めた、ポンポンとヘルメットを優しく叩く音と振動になぜか涙が頬をつたう、そっと振り向いてみたがそこには父の姿もヘリコプターの姿もなかった、あれからどのくらい時間が過ぎたのだろう、夜空を見上げてみるといくつかの星の光に混じって航空機の点滅灯が小さく光っているのが見えた、右の頬を健一の背中にうずめながら道路沿いの灯りが涙と一緒に流れていった
気がつくと周辺の様子が少し変わっていた道路沿いに高いフェンスが続く、所々にある店には英語の看板が目立っている中には派手なネオンサインの怪しそうな店もあった、しばらくすると明るい光に照らされたゲートが見えた、オートバイのスピードがゆっくりと落ちていきゲートの少し手前で止まった
健一はオートバイから降りるとヘルメットを脱いだ
「みんな大丈夫か」
剛志とヒロシは少し緊張した様子だったが笑顔で答えた
「でもあの時はちょっとテンバッタよ正直」
剛志がヘルメットを脱ぎ髪をコームで撫で付けながら言った
「でっ、ここがゴールってことは」
そう言ってゲートの方を見ると男がひとりこっちにかけて来るのが見えた
「こっちだこっち、捕まったと思ってヒヤヒヤしてたよ、さあとにかく早く基地の中に」
角川はそうゆうと手招きしながら走ってゲートに向かった、4人はその慌てぶりに顔を見合わせ首をすくめた
「それでは次のステージに進みますか」
健一は自分自身に言い聞かせるように言うとカワサキにまたがった
「あらためまして、カドカワです、と言っても21年ぶりなんだけどね」
白衣に身を包んだ角川はソファーに座る4人に手を差し伸べたが4人は腕組みをした、少し残念そうに腕を引き自らもソファーに座った
健一達4人は正面に座った角川の目を睨むように見た、元はと言えばこの男が発明した訳の分からない機械のせいでこんなことになってしまったのだから、
「まぁ君達の気持ちはわかるよ、だけど私もこんな事が起きるとは夢にも思わなかったんだ、許してくれとは言わないがこらえてほしい、だからそのつぐないとして必ず元の時代にもどれるようここに招いたんだ」
「そりゃ元に戻れるんならいいけど、おじさん本当にそれ大丈夫なわけ」
ヒロシが金髪ホウキ頭を左右にふりふり言うと
「そのホウキ頭はもどるかどうかはわからないが、ここなら誰にも邪魔されずあのオートバイの研究ができる、実は21年前に君達が残した金属のポールを使ってこの21年間解析と研究をしていたんだ」
「あっ、あのとき無くした旗棒か・・あれあったんだ」
「そう、君達がいなくなったあのトンネルに残された唯一の遺留品だよ」
「それでいつ、いつ帰れるの?」
静香はソファーから身を乗り出し角川を問い詰めた、角川は立ち上がり壁際にあるホワイトボードに数式を並べ立てながら説明した
「それは今答えることはできない、これからあのオートバイを分析しそのポテンシャルを把握して時間と空間それに重力や電子の関係など解析しなければならない、これからやる事はたくさんある・・」
4人はそのボードに書かれた数式や図形をポカンと見つめている、まだ高校生の少年少女にはとんでもなく複雑怪奇な模様にしか見えなかったようだ
「わかったよ、いやよくわかんないけどとりあえず俺たちはなにをすればいいんだよ」
健一は立ち上がるとソファーの背に回り両はしにいる剛志と静香の肩をつかみ角川に言った、角川はフェルトペンのキャップをしながら答えた
「そうだな・・とりあえずはこれまで君達に起こった現象を聞き取り分析する、そのあとは・・」
角川は部屋にあるインターホンに向かい何か伝えると戻ってきて言った
「そのあとはゆっくりすればいい、ここには何でも揃っているよショッピングセンター、ボウリング場や映画館もある」
「どうせ俺たちはここからは抜けられない、その覚悟で腹くくって来たんだ、ただあのオートバイは俺たちの大事な相棒だ、勝手にバラしたり壊したらタダじゃおかないからな」
健一が角川に指差しながら言い放った
「心配には及ばないよケンイチ君、今からラボ、研究室に案内する、そのすぐ横に寝泊まりできるようにしてあるんだ、それに君達の協力も必要になるだろうから安心していい」
健一はその言葉に少し楽になった、ここには自分たち以外には誰も知り合いは居ない、矢沢も姉貴もここには居ないのがまだ少年の健一にはかなりのプレッシャーに違いなかった
「わかったよ、だけど俺たちはあんたのことを100パー信用したわけじゃないからな」
その時ドアをノックする音が聞こえた、4人が振り返ると背の高い白人の男が入って来た
「ここでの生活をサポートしてくれるミスタージェームスだ、もちろん日本語はペラペラでこのベースのことは何でも知っている」
ジェームスが4人の前に回り込み正面に来た時だった『えっ!ジェームス・・・?』健一は心の中で小さく叫んだ
彼の顔をじっと見つめた・青い瞳、見覚えのある顔、少し老けてしまっているが、そうあのジェームスだ、彼も同じように健一の顔を不思議そうに見ていた
「Oh My God ! ケン・・イチ?」
「やっぱりだ!・・ジェー ムス」
二人の声が同時に部屋の中に響いた、健一は3年ぶり、そしてジェームスには24年ぶりの再会になる、その変わらない容姿にジェームスは角川の話通りタイムトラベルは本当に起こったことを身をもって思い知ると同時にあの頃の記憶が蘇って来た、あの頃本国にいた弟を想い健一を可愛がっていたことや一緒にサーフした事を
「今でもサーフィンを続けているのか」
健一の両肩をつかみ軽くハグしながらジェームスが言った
「もちろんさ、それにジェームスが言ったんだよ”Keep Surfing”ってさ」
日焼けした顔をほころばせ健一は答えた
あまりの偶然に運命的なものを感じたのはふたりの正直な気持ちだろう、角川や、静香、剛志にヒロシも同じだったかもしれない
「オレも思い出したよ、中坊の頃あの海岸で見かけたよ、あの時はなんか怖くって近づかなかったけど」
ヒロシはそうゆうとジェームスの肩をポンと叩いた、やっと4人に笑顔が戻って来た、右も左も分からないフェンスに囲まれた小さなアメリカの中で顔見知りがいた事がどんなに心強く感じられた事だろう、
「それではこれからラボの方に案内しよう、昨夜は遅かったのでここのソファーで我慢してもらったからね」
角川はみんなを引き連れドアを開け先頭に立って歩き始めた、廊下を抜け外に出ると強い日差しが待ち構えていた少し長くなった影が足元をついてくる、湿った風が建物の間を吹き抜ける、角川が巻き上げられた白衣の裾を抑えながら台風が近づいていることを誰に言うことなく話した
滑走路に隣接する軍用機がおさまる格納庫が建ち並ぶエリアのひとつの建物の前まで来た時、角川は白衣のポケットからカードキーを取り出しドアの横にあるセキュリティーボックスにスキャンして暗証番号を打ち込むと少しここで待つよう言うとドア開け入っていった、少しして正面の大きなシャッターが新たなステージの開幕のようにゆっくりと開いた、太陽の光が倉庫の中へと伸びてゆく、そこにはKAWASAKI.RS750 ゼッツー、HONDA CB450 セニアそしてYAMAHA XS650 ペケエスがまるで羽を休める渡り鳥のように寄り添っていた、その横には白い壁に囲まれた窓のない建物がありまたその横にはトレーラーハウスが止まっている、こじんまりとしてると思ったがさすが航空機の格納庫だスケールが違う、健一は自分が通う高校の体育館の3,4倍はあるだろう高い天井を見上げた
重くて黒いボールがレーンの上をすべるように緩いカーブを描きながら転がっていき1番ピンと3番ピンが作るポケットに吸い込まれていった、10本のピンが砕けとび気持ち良い音が響いた、
「ストライク!・・すげ~ターキーじゃん、やるねぇツヨシくーん」
健一はその声が聞こえていないかのようにウエスでボールを拭うとアプローチに立った
「さすが負けず嫌いのケンイチくん、燃えてますよ~」
ヒロシがスコアをつけながら茶化すように喋るが健一はまたも聞こえていないふりをしてじっとレーンの先を睨みつけている
「ケン!頑張れ!」
静香の声には笑顔で振り向いて見せた健一だが目は笑っていない、接戦のテンフレーム落とせない、そのプレッシャーからか力が入り過ぎたのかピンが飛び跳ねた後には4本のピンが残っていた
「Oh! BIG Four!」
ジェームスが両手を広げ残念そうに笑顔で叫んだ、最終フレームでスプリットは勝ち目はなかった、健一はしばらく残ったピンを睨みつけたがピンはビクともしない
「ゆえに~優勝はツヨシくーんで決まったね~おめでとうツヨシ、でっ残念でしたねケンイチく~ん」
健一は納得がいかない様子だったが、みんなの笑い声と笑顔が気分をハイにした
「じゃ、もうワンゲームやりますか」
ヒロシが言うと静香はジェームスに目を向けると
「わたしおなかすいた~」
「OK ピザでも食べに行きますか」
「はんたいのさんせい~~なのだ」
静香の言葉にみんな賑やかに笑った、ボーリング場から出ると外は荒れ模様の天気だった、台風が近づいていて夜にはこのあたりを通るらしい、ジェームスと健一達4人はすぐ隣のショッピングセンターまで走って行った
「お~きい、こんなの初めて」
静香はテーブルに運ばれて来たピザの大きさにビックリした、あらためてここはアメリカなんだと感じる4人だった、チェリーコークにドクターペッパー、アップルタイザーもビッグサイズ、すべてアメリカンだ
「ところでキョウコさんとヤザワはどうなったんだろ」
剛志の言葉にみんな少し沈黙した、気にはなっていたが口には出さなかったことだから
「キョウコさんのことだからダイジョーブよ、きっと、きっと今頃は・・」
静香はちょっと不安そうな目で健一を見た
「そうさ、きっと今頃は家に帰ってお袋に俺たちの事を面白おかしく話してるよきっと」
それを黙って聞いていたジェームスが静かな声でしかしはっきりとした言葉で話し出した
「君たちもやはりきになる事だから話します、今の所ふたりは無事なことはこちらで確認しています、しかしおそらくまだ拘束されているようですね、今回の事では事件が成立しないといいますか、君たち自身が存在してることが否定されているわけですから、誘拐や拉致監禁などで立件できないのであくまで道路交通法違反および公務執行妨害程度のことですむことでしょう、ただ」
「ただ」
4人が口を揃えていった
「シズカさんのお父さんは警視庁長官の立場を利用して拘留を長引かせるかもしれません、我々もうかつに行動して君達の事が知られるとめんどうなことになるかも知れませんから今は現状を見守るのが賢明だと思っています」
静香はあの時の父親の腕の不思議な感触を思い出すように手の平をおなかのあたりにあてた
「あのひと・おとうさんが・・」
沈み込んだ静香を慰めるようにジェームスがいった
「しかしひとつ今回良かったことは、大勢の人たちの前で君達が亡霊のように消え去ったこと、そして時間を駆け抜けここに来れた事、おそらくは君達の存在がまた不確かなものになったとで、じゅうぶんな時間と空間が君達に与えられた事はラッキーな事だと思います」
「そうだよ、ゆえに~ここでうまいもん食って遊んで、そんでもってみんなでうちに帰るんだ」
ヒロシはそう言ってまたピザをほおばった、外では大粒の雨が地面に流れを作っている、窓からその様子を見ながら健一は初めて見た静香の父親の顔をその雨の流れに映すように見つめていた
「さぁみんな次はムービー、映画見に行こう」
ジェームスがそんな空気を変えようと陽気に言った
スクリーンではまだ日本未公開のSFアクション映画が流れていたが、健一達はそれぞれこれまでの自分の身の回りに起こったことをかみしめ、消化しようとしているかのようにただスクリーンを見つめていた、画面に字幕がなかったのも映画に集中できなかったもうひとつの原因かも知れない
抜けるような青い空に真っ白い積乱雲が上に上にとソフトクリームのように伸びていく、立ち止まって空を見上げていた矢沢は前を行く響子に追いつこうと早足で駐車場に向かった、
「よう、7日ぶりにあったのにそんな急ぐことないだろう」
あれから1週間、事情徴収なのか取り調べなのか容疑さえも知らされず拘束されていたふたりはやっと解放されたのだった
「こんなところから早く離れたいと思うのは当然でしょ」
ロードスターに乗り込み懐かしそうにステアリングを撫でながら響子は言った
「それもそうだな」
矢沢はマルボロに火をつけると美味そうに煙を吸い込み空に浮かぶ入道雲に向かって吐き出すと隣に並ぶGTRに乗り込んだ
そこそこ混雑した高速道路を軽快に飛ばし2台は郊外に向かっていく、馴染みの景色がフロントウインドーに移る頃には少しは気分も晴れてきたようだ、響子は海岸に隣接するレストランの駐車場に滑り込んだ、海に向かったテラスの席に着いた
「それでどうだったそっちは」
響子はメニューを見ながら前に座る矢沢にむかっていった
「まぁ、想定どうり奴らは健一達が未来か過去かに消えてしまったって事でかたずけるしかなかったんだろう・・谷村には相当ショックだったみたいだが「お嬢さんはまだ現代にいますよとは言えないだろう」
「そうよね、私の前でもシズカちゃんの事になるとかなり沈んでたわ」
響子はメニューをたたみテーブルにある呼び出しボタンを押した
「とりあえず今回の件はまたうやむやのうちにかたずけられるだろう、なんにしろ容疑者も被害者も存在しない事案だから、ただ今回は事が大きかった、世間やマスコミを封じ込めるのはかなりの無理があるかもしれないな」
ウエイトレスがオーダーを聞きにきた響子が軽い食事と飲み物を頼んだ、矢沢は同じものをと言い話を続けた
「キョウコ、それより今俺たちを尾行する車は無かった、ということは車にはおそらくGPSが付けられているだろう、奴らもただ俺たちを何のおとがめもなく帰したのは泳がせて様子を見る事も充分考えられる」
マルボロを取り出し火をつけようとしたが灰皿がないのに気づきテーブルの上に置いた、
「じゃあしばらくはおとなしくしてろって事ね」
「あぁ、ケンイチたちもおそらく目的地にたどり着いているだろうから俺たちはただ沈黙していればいい、ただ」
「ただ?」
「次のステージがどんな結果になるかまだわからない、いつでも動けるようスタンバイしておくのがいいいだろう、それまでは」
「それまでは?」
矢沢は腕を伸ばし響子の手をそっと握ろうとした、そのときちょうどウエイトレスが注文した料理と飲み物を運んできた、矢沢は手を引っ込め取りつくろうとタバコを手に取ったがウエイトレスに「店内は禁煙ですのでおタバコはご遠慮ください」と注意された、ウエイトレスは意味ありげな笑顔で会釈し戻っていった、テラスから海を見るとマリンジェットに乗るカップルが水しぶきをあげながら走り夏の終わりを満喫していた、空を見るとジェット戦闘機が4機、編隊を組んで陸地に向かって飛んでいるのが見えた、
「・・空母がくるな」
矢沢はそうつぶやきながらアイスレモンティーを飲んだ、空母が寄港する時艦載機は一足早く最寄の米軍基地に向かう、入港するときにはほとんどの艦載機はいない、8本の細い飛行機雲を見ながらベースにいる4人の事が気になったのは響子も同じだった
オートバイの数倍はあるだろう轟音が頭の上を通り過ぎていく、滑走路の上にいる健一、剛志それにヒロシには聞き慣れた音になっていた、ラボから持ち出された3台のオートバイには様々な装置が装備されている、この滑走路での実験は3人にとつて日課のようになっていた、角川は数人のスタッフと共にデーター収集に余念がない
健一はフルフェイスのヘルメットをかぶるとカワサキのスロットルを絞る、回転計スピードメーターの他に3つほど計器が目に入る、フルスロットルで加速していく、翼をつければ大空に飛んでいってしまうような姿だ、スピードメーターの針が跳ね上がるとあの現象が始まる青白い炎と共に消え去っては現れるショートタイムスリップを繰り返す、帰ってきてはそのデータを収集しラボで分析してはまた新しい計器が取り付けられた、地味な実験の繰り返しに健一たちも少し飽きてきたようにも見えた
「お昼にしよ~」
静香がドリンクの入ったボトルを抱え走り寄ってきた、角川は腕時計を見ていった
「もうこんな時間か、では今日はこれで終わりにしよう私たちはこのデーターを解析に戻るから君達はゆっくりしていていいよ」
その言葉に健一達もホッとしたのか笑顔になった、計器を外しヘルメットをスタッフに渡すとそれぞれのバイクにまたがった、静香は久しぶりに乗るゼッツーのナビシートにまたがると嬉しそうに健一の背中に身を預けた
「ケン!久しぶりに走ってよ」
健一はうなずくと滑走路に向かいスロットルを絞った、ヒロシのセニアと剛志のペケエスも続いた、長く続く滑走路を4人はあの頃のように走り出した、ただしスピードは抑えめに、バックミラーの中で角川がやめるように手を振っていたが当然無視だ、4人は久しぶりの自由な走りに顔がほころんだ、3台はバイクをクロスさせながらローリングし走りを楽しんだ、その姿は誰にも邪魔されないオーラに包まれていた、滑走路にジェット戦闘機が離陸しようと動き出しているのが見えた健一はヒロシと剛志に頭を振り合図を送った
「いっけ~ケンぶっ飛べ」
静香の叫びに3台は戦闘機と並走を始めた、加速するジェット戦闘機の轟音とオートバイの排気音が交差する、もうすでに3人は戦闘モード突入していたから当然タイムスリップを起こす速度のことなど頭の片隅にも無かった、戦闘機のパイロットが見た3台のオートバイが青白い炎に包まれ消えていったのを管制官にどう報告したのかはわからないが管制官がそのことはパイロットのジョークだと相手にしなかったろう、たとえそれが事実だと知っていても。
角川はコンピューターの画面を見ながらため息をついた
「やはり・・むりか」
何度かキーボードに向かって打ち込みを続けたが結果は思わしくないようだ、ラボの中央には角川の設計し小型トラックぐらいの大きさの機械が置かれていた、それには四方を透明な素材で囲われ上部は無数の電極で覆われている家庭の冷蔵庫ぐらいの大きさのケースがある、角川はそのケースの中にベースボールのボールを置くとコンピューターのキーボードをタッチしエンターキーをたたいた、ちょうどその時ラボのドアが開きジェームスが入ってきたが角川は気付かずケースの脇にあったデジタルカウンターを見つめていた、ブーンと不気味な音がラボに響いた、ケース上部から青白い光がボールを炎のように包み込みボールと共に消えて行った同時にカウンターが時間をきざみ出す、
「進んでるようですね、ドクターカドカワ」
背後からの声に少し動揺しながらも角川は苦笑いをしながらジェームスに向き直ると両手のひらを上に向け少し持ち上げる仕草をしながら
「そうでもないんだミスタージェームス」
「何か問題でも」
「システム的には完成に近づいているのですが、大きな問題はふたつあります、ひとつめは電力です」
角川はコンピューターのモニターを指差しながら続けた
「ここでは完璧にタイムスリップをコントロールする充分な電力が得られない、というか現時点では調達不可能な電力が必要だということです」
その時ケースに青白い光とともにボールが戻ってきた、デジタルカウンターが止まりそのボールがタイムトラベルした時間を示した
「ご覧のように電力が足らない、時空間をコントロールするには核爆発級のエネルギーが必要だということですよ」
ジェームスはケースからボールを取り出すと角川にパスした
「そうですか、でもドクターのいうパワーさえ手に入れる事が出来れば問題は解決に向かうって事ですね」
角川はラボの片隅に置いてあったピッチングマシンにそのボールを入れると球速を100マイルにセットして打ち出した、打ち出されたボールは青い炎に包まれ消えたと思ったが完全に消える事なくコンクリートの壁に当たって落ちた、ジェームスはボールを拾い上げ昔見た日本のテレビアニメを思い出した、足を高く上げピッチャーの真似をして投げる真似をすると
「消える魔球・・今実現か・・」
角川にウインクするとボールをポケットに入れいたずら小僧のように笑った
「それでもうひとつの問題は」
角川はコンピューターに向かうとモニターに並んだグラフと数式が羅列された画像を見せながら
「もうひとつの問題は未来には行けるが後戻りはできない、というか過去には戻れないという事です」
ジェームスはその言葉に腕を組み少し考える仕草を見せてから答えた
「ドクターそれは大きな問題ではないと私は考える、もし過去に戻って何か歴史的な出来事を変えられたら、その結果今私たちが暮らす社会がどんな影響をもたらすのか、それを考えると恐ろしくなる、タイムトラベルが現実に起こったことでさえ私には信じられないことなのだ、たとえアインシュタインがなんと言おうとも理論上の事で現実には起こり得ないものとして認識していた・・あの4人に会うまでは」
「でもジェームス、私はあの子達を元の時代に戻してやりたいのです、どうにかして・」
「ドクターそれは私も同じだよ、ただそのためのリスクを考えると・・」
ポケットからボールを取り出し右手と左手でキャッチしながらジェームスは言った
「だがドクターの言った強力な電力は手に入れる事ができると思う、モンスター級のやつをね」
ボールを角川に放り投げると
「今はまだ消える魔球は必要ないかな」
ジェームスは意味ありげにそうゆうとラボから出て行った
手の中のボールを壁に向かって全力投球をしてみたがおよそその球速からはボールは消える事なく壁に当たって転がった、角川は軽くため息をつくとコンピューターに向った、彼にはジェームスに話さないでいたもうひとつの問題があった、それはあの3台のオートバイの事である、あのトンネルでの出来事だ、今までのデーターを分析してあの事故においてタイムスリップに特化する性質を手に入れたわけだが、オートバイが持つポテンシャルがあの時自分が作った装置のパワーと偶然起きた雷の電力が21年もの時を超えたにしてはここでのデータと一致しない、いくら雷といえども、そしてまだ未熟な重力波発射装置では長くて3年ぐらいのタイムラグが妥当だとコンピューターがはじき出した答えだ、角川はまだほかになにか見逃している要因があると考えていたがそれを特定するには至らなかった、コンピューターをスリープさせ右肩を回しながらラボの出口に向かった
ラボから出たジェームスはすぐ横のトレーラーハウスにいた、ちょうど健一達みんな揃っていたので午後のコーヒータイムを満喫していた
「それでジェームス、ドクターの研究はどんな感じ」
静香がチェリーコークの缶にストローを差し込みながら言った、ジェームスは角川の言った過去に戻ることは出来ないことを今は秘密にしておくべきだと思い
「そうだね順調に進んでいるようだ」
健一が入れてくれたコーヒーカップを手に持ち答えた
「そっか、ゆえに~俺たちもじきここからおさらばして帰れるってことか」
ヒロシは嬉しそうにしていたが健一と剛志はジェームスの言葉に何か感じたのか素直には笑顔になれないでいた、ジェームスもその視線を感じたのか話題を変えようとスーツの内ポケットから4枚のカードを取り出しテーブルにおいた
「なにこれ?なんかの会員カード」
静香が自分の顔写真が入ったカードを手に取り言った、他の3人も同じように自分のカードを手にした
「これは君たちのIDカードだ」
「IDカード?」
4人は口を揃え言った
「そう君たちの身分証明書というか、そのカードが君たちだ」
「KEN TAKARA?」
健一は自分の顔写真が入ったカードの名前を読んだ
「それそれ名前は偽名でこちらで作らせてもらった、だがそれは合衆国の正式な身分証明書だ」
「それってどうゆう意味?」
静香がカードとジェームスを交互に見ながら言った
「つまりは俺たちはアメリカ人になったって事だよ、たぶん」
剛志はそうゆうとゴクゴクとドクターペッパーを喉に流し込んだ
「そう、君達はこの国、つまり日本では存在が認められていないゴーストみたいな立場だ、だから我々がそのゴーストを蘇らせてあげようと思ってね、ただアメリカンとしてだけど」
そうゆうとまた内ポケットからカードを手にし健一、剛志、ヒロシに手渡した
「それはドライビングライセンスだ、こっちでは16歳で車のライセンスが取れるからね、オートバイのライセンスもつけてあるから」
「ゆえに~これ英語ばっかりで、よめねえし」
ヒロシが偽札でも見るかのようにカードをかざした
「まあここから出ることはないだろうけど万一君達が困ったことになった時役に立つだろうから持っていなさい」
そういってジェームスはカップのコーヒーを飲み干すと健一にハイタッチして出て行った
「アメリカ人か・・」
健一はそのカードを見つめながらそう簡単にはあの時代に帰れないような予感がした
【to be continued】