#3 月を行き来する世界 加速する宇宙スタートアップの挑戦
これから月面の開発が本格的に始まれば、そこに暮らす人々用の住居やモビリティ、ライフラインやインフラの整備など、今はない多くの需要が生まれることでしょう。昨今、月面移住のプラットフォーマーとなるべく、宇宙ビジネスにチャンスを見出したスタートアップ企業も数多く生まれています。月面の過酷な状況を想定した上での技術開発は、地上での生活にもフィードバックされて役に立つ可能性も秘めています。今回は、月面での暮らしの様子が想像できるような無人で屋外活動を行うモビリティや、未来の住居のアイデアなどの事例を紹介していきます。
砂の海を走る自動走行モビリティ
トヨタ自動車株式会社がJAXAや三菱重工株式会社などと協力しながら開発を進めているのが、月面探査のための有人与圧ローバー“ルナクルーザー*”です。水素燃料電池と金属製のタイヤによって、レゴリスと呼ばれるガラス状の砂で埋め尽くされた月面のオフロードを走ることができるこの車。全長6m、全幅5.2m、全高3.8mと車としてはかなり大きめですが、移動機能だけではなくその中で生活できる居住性も兼ね備えているスペシャルなクルーザーです。2人の宇宙飛行士が30日にわたって滞在することができるようで、月の裏側を目指す長期探査活動もこの1台で可能になるのだそうです。
現在技術開発中ですが、GPSのない月面、しかも非常に難しいオフロード上でも対応できる自動運転技術も搭載予定。このような技術開発が、水素自動車や自動運転技術を向上させ、地上で生活する私たちにとっても大きなメリットになることが期待されています。ルナクルーザーはアルテミス計画の一部として、2029年に打ち上げられる予定で開発が進められています。
また大企業だけでなく、宇宙ビジネスに取り組む日本発のスタートアップにも注目。例えば、ISSでの船外活動で使用するロボットアーム等を開発するGITAI**は、月面を自律走行する4足のローバー型ロボットを開発。このロボットを使えば、月面でのサンプル採取や宇宙船の修繕メンテナンスを遠隔操作で行うことが可能に。月面での危険な作業はロボットが行い、人間はほとんど居住空間の外には出ない環境になっていくのかもしれません。
資材の無い月面で求められる新しい建築方法
過酷な環境下の月面で暮らすためには、まずは安全な居住区間を整備する必要があります。しかし、地球上と異なり建築に適した資材の入手や輸送が難しい月面では、地球上とは異なる建築方法で住居を建てる必要があるでしょう。
ICON3D*** は、3Dプリンターで家を建てるスタートアップ。コンクリート素材を巨大な3Dプリンターで出力し、それらを重ねていくことで、従来よりも低コストかつ素早く家を建てることができるのだそう。月面の土や砂を素材として活用することができれば、非常に優れた建築方法になるとして期待されています。実際にNASAと共同で研究を行っており、3Dプリンターによる曲線を活かした自由な建築デザインで、未来的な月面基地のコンセプトデザインも発表しています。
日本発のスタートアップ株式会社OUTSENSE****は、異なるアプローチで月面での建築にチャレンジ。紙の折り方を工学的に応用する技術“折り工学”によってデザインされた“ORIGAMI HOUSE”は、軽量かつ折り畳み可能という点がポイント。宇宙船での輸送が可能なサイズになるので、建材の輸送コストを大幅に抑えることが可能に。月面の過酷な環境にも耐えることのできる強度と、建材の軽量化を両立できれば、非常に有力な建築方法となるでしょう。
まとめ
このような宇宙スタートアップの事例を見ていくと、月面での暮らしを少し具体的に考えられるようになってきます。例えば、月面では住居の外に出ることは稀で、月面都市の内部で共同生活を送るようになるかもしれないですし、そうなると自宅でリラックスする部屋着と、誰かと会う時にお洒落をする洋服との差がもしかするとなくなるかもしれません。また、同じ建物内でも地球の重力を再現した生活空間と、月の重力そのままの生活空間では、着用するファッションは異なってくるのかもしれません。月面内部でのおしゃれ、無重力を活かしたシルエットの洋服、無重力下で浮いてしまっても失くしづらい小物など、「月面住居内」や「重力差」の暮らしを想像し、新しいファッションアイテムを考えてみるのも面白そうです。
(文・高橋 功樹/未来予報株式会社)