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#5 仮想空間で生きる世界 SPECIAL EPISODE


今日は待ちに待ったBi-Attire<バイ-アタイア>に行く日!
仮想と現実、どちらも同じ服を作ってくれるという話題のデザイナー集団が“Bi-Attire”だ。リアルの場で相談しながら作りあげていくスタイルのため、なんと今や2年待ちという。私は半年前に運よく友だちから紹介してもらえた。通常、スキンや服を買う時は、仮想ショップに行ってデザイナーさんが作ったアイテムを色々試して買うのだけれど、Bi-Attireは違う。
初めての体験に少し緊張しながら指定された場所に行くと、そこは服屋さんというよりスタジオのような工房のようなところだった。入り口を通り抜けると、スポットライトのあたるステージが…。
驚いていると、若い男性に声をかけられた。
「こんにちは、ちょっとびっくりしますよね」
声をかけてきた彼はマークというデザイナーだった。もう一人、イアというマテリアル研究者も紹介された。Bi-Attireは、この二人を中心とした10人で活動しているそう。マークが主にデザインをしながら、イアが現実世界でも温度や音や電気で変化したり光ったりする素材を開発しながら、力を合わせて服にしていく。基本のデザインを踏襲しながら、仮想は仮想、現実は現実での特長を出していくらしい。

作り方も独特で、まずは、私の話をじっくり二人が聞いてくれる。
スポットライトのあたるステージの上で、小さい頃からどんなものが好きで、何に影響受けて、今はどんな考え方をしているのかと、色々質問された。嬉しかった話から、辛かった話まで、気づけば色々と話していた。仮想空間でも現実世界でも色々あったなと振り返って思う。まるで何かセラピーを受けているような、そんな時間だった。
次に、MRメガネを渡されて、それをかけて立って仮想空間にいく。マークが私の首元近くに手を添えると、不思議なオブジェが私の耳から下の、顔周りを覆った。手元から腰回りにかけてはふわっとした素材が優しく包んでいる。肩や腰辺りは時折光ったりする。「素敵!」思わず叫んでしまった。
細かい形はどんなものがいいか確認しながら進めてくれる。仮想では、ふわふわとした非物理的な装飾をもう少し多めに、リアルでは、そのふわふわとした世界観を香りで演出するそうだ。私の体温によって色が変化するのはどちらも共通している。

「こんなに胸が熱くなってドキドキするような服着るの、初めてです!」と私が思わず言うと、マークとイアはお互いを見合って、こちらを向いて微笑んだ。聞けば、マークはファッションを通して独自のコンセプトや自己表現を追求し続け、ついには世界的に有名なアーティストのステージ衣装を手掛けることもあったそうだ。無難でシンプルな服を着て、みんなが個性を隠してしまうような空気が、あまり好きではなく、それぞれの人が一番輝く姿のファッションを一つ一つ作っていきたいという思いから、仮想空間で売るアバターウェアのデザインを始めると、たくさんの人がマークの作る服に魅了された。
そんなあるとき、現実世界と仮想世界との間で自分のギャップに悩むお客さんに会い、前からリアルの世界でも同じ表現ができないかと考えていたマークの心に火がついた。その後のイアとの出会いは、マーク曰く奇跡だったらしい。
今ではBi-Attireとして、様々な悩みを抱える人々の繊細な自己表現やリアルの枠を超えてもっと個性を打ち出したい人々の自己表現などを一緒に叶えている。私はもうすっかり二人の大ファンになった。

オーダーが終わるとファッションのデジタルデータはすぐもらえたが、生身の私が着る服が出来上がるのは1ヶ月後だそう。配送もできるそうだが、私は手渡しを希望した。出来上がったものをその場で見て直接お礼が言いたいから。

1ヶ月後を楽しみに、工房のような二人の服屋さんを後にした。MRメガネをかけると、色とりどりの服を着た人たちが歩いている。スキンやファッションがリアルと同じ人もいれば、全く違う人もいる、
アノニマスモードでアバターを見せない人もいる。それぞれの人生が透けて見えるようだ-。


複数の人生を生きる人々の暮らし

仮想空間でも生きることが普通になったら、どんな世界になるのでしょうか。2010年後半から現在にかけては、仮想世界の第2次ブームの只中にいます。オンラインゲームの発展とパンデミックの影響もあり、子どもから若い世代を中心に普及していきました。ゲーム要素はありつつも、そこで「生活をする」「経済活動する」「コミュニケーションする」といった意味合いがより強くなっていて、「コンピュータ上に作られたもう一つの現実を生きるための世界」という概念であるメタバースに近くなっています。
どのプラットフォームにも共通しているのが、自分で世界観やアイテムを制作できるクリエイティブモードがあることです。達成すべき目標やストーリーがなく、ゲームの世界観の中で自由に行動していけるサンドボックスゲームの代表であるMinecraftは月間1.7億人がプレイしていると言われています。大人気バトルロイヤルゲームのFortniteもクリエイティブモードが導入され、プレイヤーの総プレイ時間の40%はクリエイティブモードで作成されたコンテンツに滞在している*そうです。ここから見えてくる未来の世界を想像してみましょう。

まず「自分自身」を考えることから。仮想空間ではアバターとして登場しますが、限りなくリアルの自分に近い姿が良い派と、理想の外見から人以外の姿まで自由にキャラクター化する派と、大きく分かれます。
デフォルメするよりもリアルの自分と一致させたい人たちは、どこにいようが自分でいたいので、仮想空間の中でも同じ外見を保ちます。こういった人たちは、自分の着せ替えを楽しむように、リアルと仮想間のシームレスな生き方を楽しむと考えられます。服や持ち物は、仮想空間で試着、購入してから、リアルにも届くという順番になるかもしれません。もしくは、リアルのものを買うと自動的にデジタル版も付与され、仮想空間でも使えるということが普通になるかもしれません。
一方で、リアルの自分とは全く違う存在として仮想空間を生きる人たちも一般的になるでしょう。なぜなら、現状のインターネットにおけるコミュニケーションが匿名やニックネームでのやり取りが普通であるように、アバターも同じ傾向になると考えられます。人は元々自分の中にある様々なキャラクターを使い分けて生活していますが、自分の中の“ある面”を切り取って色濃くしたものが一つのアバターになると、私は考えています。
複数のSNSアカウントを使い分けるように、ワールドによってアバターも複数使い分けるようになるかもしれません。それこそ気分によって外観を変えることもできます。例えば、嬉しい時はドレスアップした8頭身のアバター、悲しい時は2頭身のアニメキャラのようなアバター、といったように。もしかしたら思春期特有の“ゆらぎ”が外観に反映されるかもしれませんし、とても面白い現象になりそうです。

次に、コミュニケーションはどうなるでしょう。テキストチャットは残りつつ、ボイスチャットによるやり取りが普通になると言われています。いま現在、すでに声を変えることもできます。また、リアルタイムに翻訳されるようになれば、言語の壁がなくなります。またそれでも言語を習得したい人にとっては、そこが会話練習の場にもなるでしょうし、交流は何か目的があった方が深まるので、一緒に体験共有するイベントの需要が高まるでしょう。
友だちとしての出会いももちろんですが、恋愛相手との出会いも増えそうです。一緒に冒険イベントに参加して得られる吊り橋効果などを考えると、現実世界よりリアリティを感じられる場になるかもしれません。また、恋愛相手も1人とは限りません。ワールドやアバターによって恋愛相手も違う、という複数同時恋愛を行う人たちもいるでしょう。また、仮想空間における「家族」という概念は血縁ではなくコミュニティのような捉え方になるかもしれません。

さて、仕事はどうなるでしょうか。仮想空間はクリエイター経済圏と言われるように、プラットフォーム上でアバターやアイテム、ワールドを作成し、売買していきます。自分を着飾ったり良い生活を行うために、リアルで服や持ち物、家や乗り物を買うのと同じようにお金を使います。それだけでなく、オンライン勤務と同じように仮想空間内で仕事ができるようになるでしょう。共同作業をしたり会議をしたり、リアル勤務と同じように働くことも可能に。
会社によっては、勤務中は人間姿のアバターのみという決まりを持つところも出てくるでしょう。友だちや恋人の役割を担ってくれるAIはもちろんのこと、仕事におけるパートナーとしてAIの必要性が高まるので、AIが人間やキャラクターの形をして、仮想空間に存在するようになるでしょう。もしかしたら、会社から支給されるAIのアバターのクオリティや自由度が、その会社を選ぶかどうかの基準になるかもしれません。

最後に「ファッション」と「仮想とリアル世界とのコネクト」について考えます。ファッションは自分自身の捉え方が表現されるものなので、先に書いた通り、リアルの自分を着替えさせて楽しむ人たちと、外観そのものを変えながら楽しむ人たちでは少し意味合いが変わってくるかもしれません。
しかし、どちらにも共通しているのは、仮想空間における自分の模索しやすさ。つまり、どのような格好をしたいのか、どんな姿でありたいのか、世間の常識を取り払って考えることができます。
女性だから、男性だから、何歳だから、子どもがいるから、社長だから、という属性に引っ張られる必要がないのです。模索した結果、好きな姿を自分で創るようになる人もいれば、ミニマリストとして生きる人も出てくるでしょう。自由ゆえに、自分のルーツを大事にする人たちも出てくると思います。新しいアバター民族衣装や、コミュニティ家族に受け継いでいく家紋のようなアイコンや形がはやるかもしれません。LGBTQの人たちの尊厳を象徴する印としてレインボーがあるように、色や形で信念を身に付け表現することも普通になることでしょう。また、感情によって服の形、例えば帽子が怒ったりハッピーになったり、リアルタイム変化を楽しむことができるようになるかもしれません。

エピソード本文でも出てきますが、仮想空間ならばと、ファッションデザイナーが表現した独自のコンセプトを持つ、リアルでは着ることが難しい服を日常的に着たいという人たちは、これからたくさん出てくると考えられます。仮想空間だからこそ、ファッションにおける自己表現の敷居が低くなり、活発に試すことで、ファッションの成功体験を得ることができれば、現実世界でも同じように自己を表現した服が着たいと、行動変容に繋がることが予想できます。仮想と現実がミックスされた世界はきっと華やかで面白い世界になるのではないでしょうか。

繰り返しになりますが、仮想空間で自由に生きるその先に、統合という世界が待っています。仮想空間とリアル世界の境目がほぼなくなり、シームレスに行き来できるようになると、より複雑なMR世界になるでしょう。現実世界に無数のレイヤーが重なったMR世界では、現実も仮想もデータ化されお互いに行き来します。ホログラフィック素材や熱や電気で変化する素材を使って、現実世界でもアバターと同じファッションを楽しむことができるかもしれません。メガネをかけると、現実でもアバターそのものに見えるような未来世界が来ることもそうです。本当の自分を“仮想現実化”し、現実に反映させていくような現在と逆の流れになっていくこともあるでしょう。

仮想であれ、現実であれ、本当の自分に気づくことが大事です。その気づきが自分らしい考え方を生み、ひいてはファッションや行動にでまた本当の自分が形作られていきます。仮想世界は、その実験が行いやすい場所と捉えてみるともっと想像が深く広がるかもしれません。

≪参照記事/ウェブサイト≫
*Mogura VR News / Fortnite向けに本格的なワールド制作が可能なPCツール「Unreal Editor for Fortnite」が発表
https://www.moguravr.com/unreal-editor-for-fortnite/

(文・宮川麻衣子/未来予報株式会社)


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