POISONOUS #THINKTOBER
都市伝説の女。
浮浪者のような薄汚い身なり、油膜の端のような七色にくすむ腕。顔には極彩色のケロイド。慈悲に類する感情はなく、本能のまま、人ならざるものを喰らう。
彼女が最初に拡散されたのはインスタグラムだった。それはパルクールのトレーサーがマンションの非常階段からテナントビルの看板の上へ飛び移る姿のように見えたが、大きく振り抜いた腕の残像はフィルムに焼き付いた虹のように見えた。あるいは、RGBでは捉えきれない未知の色彩を無理やり画像ファイルに押し込めたかのように。記事はまことしやかに広まっていき、あらゆる尾ひれがついて伝説になった。投稿者は特異点のように有名になってしまった写真をいつの間にか削除していたが、それはかえってjpegを一人歩きさせる結果になった。
一度見れば忘れることは難しい。彼女の横顔。顔面にべっとりと、夏の夜中に壁に張り付くオオヤママユみたいにへばりついた火傷痕。脂ぎった極彩。
が、こちらを見ている。
隣のビルの屋上の給水塔の錆びた足の横に立っている。晩夏。午後六時二十二分。夕暮れ。あらゆる輪郭線がぼやける薄暗闇の中で、彼女の顔、瞳、紐のついたパーカー、皺だらけのジーンズ、蹄のようなスニーカーだけは、上からペンでなぞったようにハッキリ見える。
都市伝説は棒立ちのまま、微動だにせず、ただ、物言いたげに口を開いた。
そして吼えた。
咆哮は無言。しかし絶叫。立ち止まった廊下の窓ガラス越しに、強烈な主張が皮膚を震撼させる。鳥肌が立った。彼女が見ているのは私ではなかった。もっとずっと向こう側にあるもの。
クラウチングスタートみたいに伏せ、彼女は駆け出した。叫びながら。音もなく。腕まくりしたその手は塗り潰されたような極彩色。網膜を焦がすほど鮮明な残像以外にはスマホのカメラを起動する時間すら残さず。
跳躍し、消えた。
わからない――もう三年変えていない眼鏡越しに見えるはずのない牙の白がはっきりと目に焼き付いている理由。彼女が都市伝説になった理由。無意図の尾ひれがついた理由。
ただ、もう特に意味のないカメラアプリごしに、暮れなずむ窓の外を見ていて思い出した。夕暮れが逢魔が時と呼ばれる理由。就業。タイムカードの記録時間は、午後六時三十八分。