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返答のない相談

*「相談」ってのはややこしくもおもしろいもんだ。他人にそのことの詳細まで話して、どうしたらいいと思う?なんて言うくせに、出された答えに対して「でもさあ」なんて言ってみたりする。じつは自分で決まっている答えを、他人を通して浮き彫りにするような作業でもあれば、ただ単に話を聞いてほしい、という場合もある。もちろん、真剣にアドバイスを求めているときだってある。

僕は元来、というか今でも、この「相談」というものがヒジョーに苦手だ。取り掛かっている仕事の相談ならいくらでもできるけれど、プライベートなこととか、自分自身のことについては、きっと30年の人生の中でも数えるくらいしか相談したことがないと思う。悪ぶっているわけじゃなく、そういう人間なのだ。

ただ、よくよく考えてみたら、べつに相談をしないわけじゃないよなぁ、とふと気付いた。いわゆる、自分自身に向かって、どうしたらいいと思う?とか、どうしたいんだっけ?なんて相談事を、一番近しい人間である「自分」に対しては、なんのハードルもなくできるのだ。

しかもそれは、どこか「舞台」のようなものがある気がしている。海に行ったときとか、ひろーい公園で寝転んでるときとか、そういう「海」とか「空」みたいな、一言も発さない聞き上手たちに向かって、心の中で吐露したり、考えたりする。これも、りっぱな「相談」だといえよう。そうか、僕は相談がへただったわけじゃなくて、自分とか海とか空とか、そういう人たちに相談するのが好きだったのかもしれない。

正月に、祖父の墓参りに行った。お墓をふきんで掃除しながら、いつしか僕は自分のこれからについて、祖父に問いかけるように心の中で話していた。もちろん、祖父からの返事はない。ただこれも、ひとつの相談なんだと思った。墓参りも、どこか相談に近いものがあるんだな。

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