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Photo by
yukihi6
標示できるようなったら
先日、スーパーマーケットに行ってレジで会計している時、会計をしてくれている人の服にバッジが付いていた。そこには「私は喘息です」と書いてあった。そうか、こんなご時世だから、咳が出ると色々と疑われるんだなと思った。予め、告知しておくことによって余計なトラブルを減らせるということなのだろう。
バッジを付けるといえば、マタニティマークのバッジもある。電車などの公共交通機関で周りの人が配慮できるように、ということだろう。見た目でわかる人もいれば、わかりにくい人もいるから、こうした標示も必要なことだろう。
こうして標示ができることもあるが、大概のことは標示できない中で人間生活を営んでいるのだなということに気づく。「私はこういう人間です」と、わからないままお互いにコミュニケーションを取っている。当然だが、見た目でわからないことのほうが多い。そうした中で、上手に社会生活を送れる人もいれば、そうでない人もいる。
すべての人の性質を標示することは難しいのかもしれないが、なにかしらの方法で"断っておく"ことができたら、暮らしやすい人がもう少し増えるんではないかなと、バッジを見てなんとなく思ったのである。
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