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此れは海神の紋 【後編】
前回のつづき…
訳もなく突然眠気が襲ってくる時…
それは不可思議なものがたり(幻想)のはじまりでもあった。
先ほどみた空想の市が自発的にイメージされたビジョンだとすれば、こちらはさしずめ何者かに〝みせられる〟幻想であった。
夢とうつつ、彼岸と此岸のはざまより、波の間を掻き分けて
彼のものは現れた。
「ヒノミコ…」
〝それ〟はわたしのことをこう呼んだ。
(ヒノミコを産みたい…)
いつかの秋の終わりの日にきいた不思議な声と願い。
その望みに導かれるままに見つけた、白く美しい洞窟を潜り抜けて、わたしはその声の主の〝子ども〟となって産まれたようだった。
山奥であるにも関わらず、潮騒の響き渡る不思議な場所での
不思議な出来事だった。
それは、生まれ変わりのイニシエーションなのだろうか…
それとも、畏き神々の気まぐれな遊びであったか…
それ以来、その奇妙な〝遊び〟に取り込まれたまま、
時折〝母〟が愛し子を探すようにして、わたし(子)をあやしに来た。
「ヒノミコ…わたしの可愛い子…」
声の主、母の姿はよくみえない。
それから〝それ〟は、蜻蛉の翅のごとく薄く透きとおる衣をそっと水面の上に浮かべた。
天空の日と月と星の耀いを水鏡のようなその衣に写し取ると、
それをわたしに着せて抱きかかえ、海の底の底へと誘うのだった。
夢とうつつのはざまより溢れ出て、わたしは次第に眠りの世界へと落ちていった…
…
さて、つぎに夢の中で目覚めると、わたしはいつもの見慣れた神社の境内にいた。
現実と少し違うのは、ある場所から天に向かって長い長い階段が伸びていることだった。
さあ、上がってこい、と潮騒のせめぎあう声がした。
仕方なく、細く急な階段を恐々と這うようにして登っていくと、どういう訳か踊り場のような場所でたくさんの鶏たちに出くわした。
誰かの飼い鳥だろうか。
(…トコヨノナガナキドリ…イマダナクコトヲシラズ…)
コココ、と神鶏たちが騒ぎはじめた。
それを尻目にさらに上へ上へと登っていくと、やがて頭上で水面の揺らぎを感じた。神社はやはり海の底にあったのか…
水面の煌めきにも夜の星空にも見えるその光の揺らぎにしばし見入っていると、次第に光の粒たちが火花のように弾け飛んで三つの塊となり、ぐるぐると旋回し始めた。
(これは、三つ巴の紋だ…!)
わたしの目の前で巨大な巴の炎がゆっくりと螺旋の渦を描いている。すると大波がこちらへ押し迫るような勢いで、何者かの声が頭上に響き渡った。
…
潮の流れは我らが神
天に灯る星々も、地に降ろされたる火も
此れは〝海神の紋〟
然るべき処に在って、意味を成すもの…
星空を潜り抜けて、水面に浮かぶようにして夢から目覚めたとき、
胸の内に燃え上がるあの紋様が焼き付いたような気がした。
〝ヒノミコ、その火を誰にも明け渡してはならない…〟
意識の奥の方で、そっと呼びかけられた。
なんのことかはよくわからないが、
あの不思議な洞窟でも同じようなことを言われたような気がする。
いつも、唐突に不思議なビジョンをみせられては、その意味と答えを自分なりに考えなければならなかった。
それはいつでも、みえないものたちがわたしに与える試練であり課題でもあった。
この世界の真実の姿を知るために、そしてわたし自身のことを知るために…
そうして八月、いよいよ長かった梅雨が明けた。
みなが待ちに待った季節の到来である。
この水底に沈み込んだような日本列島が再び水面に浮上した瞬間だった。
名もわからぬものたちから投げかけられた問いを胸に抱いて、
今日もわたしは導きをたよりに進もうと思う。
おわり
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![真日人(マヒト)](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/31202170/profile_1f31bd656640f318252fdd612a27555a.jpeg?width=600&crop=1:1,smart)