アニメ「BanG Dream! Ave Mujica」の放送にあたって
私は、豊川祥子という女が、好きです。
橋の上で手を伸ばしていた燈が飛び降りようとしているのではないかと早とちりをするお茶目なところも、そんな燈を助けようと自らのケガも顧みずに飛び込むまっすぐな優しさも、育ちの良さが伝わる言葉の紡ぎ方も、一目見たMorfonicaに憧れてバンドを始めようとする無茶苦茶な行動力も、即興で燈の書いた詩に曲をあてて見せるピアノの能力も、バンドメンバーを集めるために初対面の人間すらも巻き添えにしてしまうリーダーシップも、燈が書いた春日影の「歌詞」を読むだけで涙を流す感受性の豊かさも、そして何より、歌っている燈を見つめる柔らかな笑顔が、CRYCHICとしてライブを成功させた彼女が心の底から見せた喜びの笑顔が、好きです。
私は、私が好きな人が笑っているのを見るのが、好きです。
初めてのCRYCHICライブを成功させた日の舞台袖から、そしてCRYCHICを辞めると宣言したあの雨の日から、彼女の笑顔を見ることはできなくなってしまいました。辛酸を舐め、泥水を啜りながら、小さなアパートで毎日を生きている彼女が、「豊川祥子」として笑顔になれる、そんな素晴らしい世界が、どこかにあってほしいと、画面の向こうから祈り続けることしか今の私にはできません。彼女の音楽の才能を「歌を作る才能」に昇華してくれた高松燈と、ともに歌を歌い、音を鳴らす日が再び訪れることを、願い続けることしかできません。
アニメの終わりに、彼女はどんな顔をしているのでしょうか。
彼女に待ち受けている未来が、私が願い続けている未来と同じだと信じて。
ここから本編
こんな状態の人間が4thライブでやったアニメ1話先行上映みた感想なんですけど、本当に苦しすぎて何度も途中退場しそうになった。1人で見てたら本当に退場してたと思う。
以下は1話ネタバレありの感想なので、見てない人は今すぐお戻りください。
豊川祥子は聡明であったが、若すぎた。遺された娘と亡き妻のために奔走し翻弄された父親に、それでもついていくと決めてしまった。明らかにその選択は間違いだとわかるのに、しかしその選択を責めることはできない。彼女にそれまでたくさん注がれてきたであろう愛情を今こそ返さねばならないという、もう一方の愛情を否定することはできない。
中学生の身分で社会活動も制限される中で、それでもなんとか生き抜こうと歯を食いしばっている祥子は見ていられなかった。アルバイトの電話で、中学生の雇用を渋る相手に親のことを聞かれて、正直に言葉を詰まらせてしまうところなんか、あまりに辛かった。今までは「本音」で生きていけた優しい世界にしかいなかったことが伝わってきたから。世界は本当はそんな風には出来ていないことを知らなかったから。
そんな持たざる者への社会の厳しさを嫌でも学んでしまった彼女は、「建前」「嘘」「仮面」の便利さを過学習してしまったのだろう。自分の本音を晒さずとも、作られた物語と表面的な言葉遣いによって、人を動かせることを知ってしまったのだろう。図らずもそれは、彼女がかつて心を動かされた「心の叫び」と真逆の力を持っていて。しかしその力は、振るう相手が親密であるほど、相手を、自分を傷つけるのだと初めて気づいたのが、あの雨の日だった。彼女の本当の心の叫びは、雨音と喧騒に消えてしまった。
そして開花した音楽の才能によって、彼女は再び「バンド」の世界へといざなわていった。自らの窮状を一刻も早く打破するべく、持てるカード全てを使って、Ave Mujicaというバンドを創りあげた。しかし、その恐るべき手腕が、助けようと思っていた父親との関係に、逆に埋まらない溝を作ってしまった。全てを失ってでも守ろうとしたものを失ってしまった。一度ならず二度までも、拠り所にしていた存在と決別せねばならなくなってしまった。彼女の心の中に、どんな気持ちが浮かんでいたのか、私には想像すらできなかった。ただ苦しいことだけがわかって、苦しかった。
極めつけに、彼女が最後まで隠れていた「オブリビオニス」という秘密すらも、白日の下に暴かれてしまった。CRYCHICを破壊して、メンバーの心すら破壊した(という風に描かれた)豊川祥子という女は、24分で全てを失った。
全てを失い、我が身ひとつだけが残ってしまった彼女のことを、それでも彼女の笑顔を、私は好きでいたい。