『スワロウ-Swallow-』感想と解釈 (ネタバレ有り)
『スワロウ』の主人公であるハンターは、夫リチャードとともに豪勢な住宅で幸福な結婚生活を送っているように見えるが、やがて異物を「飲みこみたい」という奇怪な欲求に苛まれようになる。
本作品を考察するうえで核となるのは、ハンターが鬱に伴う異食症を発症した要因である。作品冒頭より、仕事が生きがいのリチャードと家事に従事するがゆえに孤独感を感じるハンターとの間に存在する歪な関係が、ハンター演じるヘイリー・ベネットの表情を通して表現されている。「家庭の天使」として夫が保有する自宅に閉じ込められているハンターであるが、料理や整然な家具などの描写を見ると、家事そのものにはそれほど負担を感じていないようである。ハンターがリチャードとの生活において家事を負担と感じているのであれば、家が汚くなっていたり、料理がおざなりになっていたりする描写があってもおかしくはないはずだ。ハンターが鬱になった原因とは、リチャードが「家庭の天使」として家事を完璧にこなすハンターの姿は愛するものの、ハンター自身を純粋に愛していないという要素にあるのではないだろうか。リチャードがアイロンをかけられ、よれよれになったネクタイを見つけ、詰問する場面がそれを物語っており、家庭の女性として完璧に役割をこなせないハンターを愛せないのである。異食症という欠点を患ったハンターをリチャードが愛するのは、彼女が妊娠しているからであり、「俺の赤ちゃんを返せ!」というセリフがそれを物語っている。リチャードの愛情が家庭や赤ん坊を介する表面的なものであると理解したハンターは、終いには逃亡し、彼との決別を選択する。
『スワロウ』は、男性が社会で働く傍ら、女性は家庭に従事すべきであるという女性に対するステレオタイプを風刺した作品であるとの解釈も可能であるが、ハンターが精神を病んだ根源的な理由とは、リチャードを含む他者からの「愛」の欠乏とそれゆえの孤独にあると解釈する。
もう一つ重要なシーンは、ハンターが血縁上の父親であるオーウェンを訪れるシーンだ。ハンターが「私と同じ?」と問いながら浮かべる、怒りや悲愴が混在した表情が見どころなのであるが、オーウェンは非情にも「何も感じない」と返答する。このシーンの前に、モーテルをチェックアウトし、行き場を失ったハンターは母親に電話をし、家を訪れてもよいか尋ねるのだが、「あなたの部屋がないのよ!」ときっぱり拒否されてしまう。そして、これらの場面から分かるのは、ハンターが男女問わず「愛」を欲していたということだ。誰からの愛を受けずに育ち、生活してきたハンターは愛情を感じられるであろう最後の存在であるオーウェンに肉薄し、ハンターに対して少なからず親としての愛情が感じられる返答を望んでいたのであろう。
ラストで、ハンターは薬を処方し、赤ん坊を中絶する。ここでなぜ、ハンターは赤ん坊を下ろしたのかで解釈が分かれると思うのだが、これは私の想像であるが赤ん坊に対して自身と同じ孤独を味合わせぬためなのではないかと解釈する。リチャードとの関係を決別したことにより赤ん坊は、愛情が介在しない妊娠という意味では、結果的にレイプを通して生まれたハンターと同じ境遇になる。愛情をこめて子を育てる自身と責任がないのと、自身と同じ境遇の子を産みたくないという気持ちから、ハンターは妊娠中絶を決断したのである。
セリフが少なく、他者からの愛情を感じることができない孤独からくる感情を、ヘンリ―・ベネットの表情を通して表現した本作品は、大変美しかった。