米国雇用統計の分析
目的
このノートでは過去2年間の米国雇用統計を分析し、現在の雇用状況について考察した結果について述べる。
ここに記載する数字はできるだけ米国労働局雇用統計資料(一次ソース)から抽出し、計算・集計したものであるが、誤りや不明瞭な点があればコメント欄でご指摘いただけると幸いである。
1.米国雇用統計とは
米国雇用統計は米労働省労働統計局が、米国の労働者の雇用状況を調査する指標である。
原則として、毎月第1金曜日の 日本時間 21:30(夏時間)、22:30(冬時間)にアメリカ労働省労働統計局より発表され、以下のサイトで閲覧できる。
「非農業部門雇用者数」、「失業率」、「平均時給」など計10数項目の指標が発表されるが、「事業所調査」と「家計調査」という2つの調査結果から成り立つ。
非農業部門雇用者数、平均時給、平均労働時間は「事業所調査」から集計し、失業率、労働参加率といった数字は「家計調査」から集計する。
事業所調査は全米の約16万の企業や政府機関のおよそ40万件のサンプルを対
象に調査する。
家計調査は約6万世帯を対象に毎月のサンプル調査を行う。
調査対象期間は発表前月の毎月12日を含む1週間である。
尚、雇用統計資料は「季節調整あり」と「なし」があるが、今回は一般的に用いられる季節調整ありの資料を引用した。
2.雇用統計の内容
2-1.非農業部門雇用者数の推移
過去2年間の非農業部門雇用者数の推移を表ー1に示す。
また、推移を視覚的に捉えるためそ図-1に最終改定値(例外として2024年2月は1回目の改定値、3月は発表値)を示す。
雇用者数は昨年下半期から微増傾向にあり、高金利下にも関わらず米国労働市場の強さには驚いた。
一方、雇用者数の発表値はその後2回の雇用統計発表時に改定されることが多く、過去2年間では「発表値が予想値を越えたが、最終改定値は予想値を下回っていたケース」が5回、「発表値が予想値未満であったが、最終改定値は予想値を上回っていたケースが1回あった。」
現実よりも高い発表値を受けて、誤った反応をした市場関係者も多いのではないだろうか?
また改定値は次月、次々月の雇用統計で発表されるが、直近3ヶ月で改定された雇用者数は表-2の通りである。
発表値と改定値の乖離が大きい場合があり、単月だけで判断するのではなく、少なくとも3ヶ月間のトレンドで判断したほうが良さそうである。
2-2.失業率の推移
過去2年間の失業率の推移を表-3及び図-2に示す。
また、人種別失業率と学歴別失業率を図-3及び図-4に示す。
失業率は2023年8月以降高めではあるが、歴史的に低いレベルを維持している。
ただ、4月の失業率が4.0%以上になるとサームルールに該当し、景気後退懸念が高まる可能性がある。
(参考)サームルールは、失業率の3ヵ月平均が過去12ヵ月の最低値から0.5ポイント上昇した時に景気後退のシグナルと判断される。
最近では2001年、2008年、2020年にシグナルが発動していずれも景気後退となった。
2023年4月の失業率が3.4%であるため、本年4月の失業率が4.0%以上となると、2月~4月の3ヶ月平均が3.9%になり、シグナルが点燈する。
人種別では直近3ヶ月でBlack or African Americanの失業率が増加傾向にあり、今後の労働市場の軟化を示唆しているかもしれない。
ただ予想外に学歴による失業率への顕著な影響は認められなかった。
2-3.勤務形態による雇用者数の増減
フルタイム、パートタイム、ダブルワーク労働者の増減(前月比)について表-3、表-4、表-5に示す。
また、視覚でトレンドを確認するために図-6で勤務形態別労働者の増減を折れ線で示した。
既にすてぃ次郎氏が指摘しているが、直近4ヶ月連続でフルタイムが減少し、パートタイムが増加する傾向にあり、レイオフされた労働者がパートタイムに移行した可能性がある一方、図-5を見る限り2023年12月を異常値として考えれば徐々にフルタイムからパートタイムに移行しているようである。
パートタイムの増加は、ダブルワークの増加に繋がり、見かけ上の失業率低下に繋がったのではないかと憶測していたが、ダブルワークの顕著な変化は認められなかったことから、筆者の杞憂であったようだ。
2-4.平均時給
平均時給(前月比)の推移について表-7及び図-6に示す。
平均時給については凹凸があるものの、前月比0.2%(年率2.4%)~0.5%(年率6.0%)の範囲である。
これも労働市場の強さを表しており、インフレ目標を年率2.0%とした場合は、前月比0.1%(年率1.2%)~0.2%(年率2.4%)程度に収まる必要があり、賃金は高止まりしている。
3.まとめ
雇用統計を調査した結果、長期間に渡る高い政策金利にも関わらず、非農業部門雇用者数、失業率、平均時給の推移から、労働市場は筆者の予想より堅調であると感じた。
但し、下記項目には懸念を感じている。
・非農業部門雇用者数は改定値で下方修正されることが多い。
市場は発表値には大きく反応するものの、改定値への反応は少ない。
・4月の失業率が4.0%以上となればサームルールに該当し、景気後退懸念が
強くなる可能性がある。
・フルタイムの減少とパートタイムの増加傾向やBlack or African American
の失業率増加傾向が今後も続けば、景気減速が懸念される。
余談ではあるが、筆者は2023年上旬は急速な政策金利の上昇により、年末までの景気後退と労働市場悪化を予想していたが、予想以上に米国経済が強く、労働環境は堅調であった。
ただ、原油の高騰、賃金の高止まり、大統領選挙を見据えた政府のバラマキや利下げ圧力の可能性等を考えると、ラストワンマイルとなったインフレが期待通りに沈静化するか疑問である。
引き続き、雇用統計をはじめとする各種指標に注目していきたい。
以 上