「リサーチ・ドリブン・マーケティング」~リサーチで事業の意思決定をリードするマーケティング組織の在り方【#ResearchConf 2024 レポート】
RESEARCH Conferenceは、リサーチをテーマとした日本発のカンファレンスです。より良いサービスづくりの土壌を育むために、デザインリサーチやUXリサーチの実践知を共有し、リサーチの価値や可能性を広く伝えることを目的としています。
2024年のテーマは「ROOTS」です。リサーチを育む根を張る、そもそものリサーチの成り立ちや進化から学ぶ......そういった意味を込めています。小さく始めて広げてきたリサーチを、いかにして強く根付かせ、厳しい状況を乗り越え、新たな成長へと導けるでしょうか?
株式会社ディー・エヌ・エーから、『「リサーチ・ドリブン・マーケティング」~リサーチで事業の意思決定をリードするマーケティング組織の在り方~』と題し、大道 あゆみさんと山本 寛さんよりお話しいただきました。
株式会社ディー・エヌ・エーは、ゲーム、ライブストリーミング、スポーツ・まちづくり、ヘルスケア・メディカルを主業とし、エンターテインメントと社会課題領域の両軸でバーチャルからリアルな事業まで幅広く展開しています。
今回は、「Pococha」を再成長させる取り組みの紹介を通して、組織にリサーチを根付かせる取り組みについてお話いただきました。
■登壇者
ライブコミュニケーションアプリ「Pococha」
Pocochaは、リアルタイムの映像を配信・視聴できる双方向コミュニケーションを気軽に楽しむことができる累計ダウンロード577万以上(2024年3月末時点)のライブコミュニケーションアプリです。
一般的なライブ配信サービスは、配信者であるライバーはステージ上、観客であるリスナーはステージの下にいるような距離感がありますが、Pocochaはライバーとリスナーはもちろん、リスナー同士の会話が生まれるような仕組み作りをしています。
コミュニケーションが生まれやすいように、あえて特定のライバーにリスナーが集中しないよう工夫し、初めてライブ配信をされる方でも最初の配信からリスナーに視聴してもらえる設計をされています。また、スマホ1台で配信できてリスナーに視聴してもらえる環境を用意しているので「初めてのライブ配信アプリとしても選ばれやすい」のだと大道さんはいいます。
また、これまでのクリエイターエコノミーは一部の強いインフルエンサーが活躍できる仕組みが多かったのですが、Pocochaはどのライバーにも配信を始めたその日から報酬が得られる仕組みが用意されています。
事業と消費者のインサイトを共鳴させるVision-Proof
DeNAにおいては、リサーチとは「事業インサイトと消費者インサイトを橋渡ししていくこと」と捉えているそうです。また、この取り組みをVision-Proof(ヴィジョンとの共鳴確認)と呼んでいます。
事業インサイトとは、Pococha事業に関わる全てのチームの方針であり、ヴィジョンとしての役割を担っています。Pocochaでは「Live for Everyone」「Live is Standard」という2つのヴィジョンを掲げているのだそうです。
事業の意味や目指している事を1人1人がヴィジョン起点で考え、サービスに落とし込む。
ユーザーの反応を見ながら消費者インサイトの理解を深めていく。この過程でリサーチャー自身がコアユーザーレベルでサービスを利用して消費者を理解する事、そして事業責任者とディスカッションを繰り返す事を通して、事業インサイトに対して確信がもてるようになっていくそうです。
「事業インサイトを理解する方法は簡単ではない」と大道さんは続けます。そもそも、プロダクトの資料に書いてあるヴィションを読めば理解できるというものではありません。ヴィジョンを理解するためには、自分事として捉えることが大切になってくるのだといいます。
大道さん自身もこのヴィジョンを理解することがうまくいかず、リサーチ結果が事業に生かされない痛い経験もされたことがあったそうです。それはミドルユーザーレベルでしかサービスを利用できておらず、利用者とのディスカッションも足りていなかったのが原因だといいます。その経験から「コアユーザーの使い方をきちんとトレースすること、事業責任者とのディスカッションを大切にして、事業インサイトをしっかりと理解することを大切にするようになった」と語りました。
獲得した学びを活かして、プロダクト改善を進めながら、広告などのマーケティングコミュニケーションを通してサービスの魅力をこれからPocochaを利用し始めるユーザーに伝えています。
もちろん、リサーチャーだけが事業インサイトを理解していればいいというものではありません。PdMやデザイナー、エンジニアなど事業に関わる全ての人が理解できるような研修プログラムを提供を通して、事業インサイトが組織に根ざすように働きかけています。
事業インサイトが組織内で共有できていれば、事業戦略上検証すべき仮説に対して共通認識が持ちやすくなります。そのため、インタビューやアンケート等のリサーチを実施した際に消費者インサイトを掴みやすくなります。特にインタビューに関してはサービスリリース以降2000名以上の方々にインタビューを通して実施してきたのだそう。インタビューはリサーチャーだけでなく、事前に研修を実施した上で、PdM・エンジニア・デザイナーも一緒にインタビューに参加して消費者インサイトを模索しています。
また、新規機能がリリースされた際に1人のリスナーとしてPocochaを利用することで、実際にリスナーやライバーがどのように機能を使用する様子を直接観察して反応を確かめるPocochaらしいアプローチも行っています。このようなリサーチを通して得られた消費者インサイトを事業インサイトと照らし合わせながらディスカッションして、次のリサーチを組み立てていくそうです。
役割を越境して消費者インサイトに向き合う
続いて、具体的にVision-Proofの実践例として、今回のセッションでは、テレビCMやWeb CMの効果測定を通したPocochaの集客フェーズにおける消費者インサイトを探索した事例を順序立ててお話しいただきました。
①市場がライブ配信をどう捉えているか理解する
まず、市場においてライブ配信がどう捉えられているかの調査しました。
Pocochaは「有名人や知り合いではない人が会話を楽しむ居心地のいい場所」の実現を目指していますが、まだ使っていない人がこのような場所を求めているかは定かではありませんでした。どんなにPocochaを使って欲しいと願っても、まだ使ったことのない人が「興味がない」「なんで知らない人と話す必要があるの?」と思っていることを認識する必要があったのだといいます。
②既存ユーザーがどうはまっているか理解する
次に、既存ユーザーがどのようにPocochaを使うようになっていったのかリサーチしたそうです。インタビューを通して、Pocochaを使っている理由について、コアユーザーからは「元気づけられる、応援したくなる」、ライトユーザーからは「他愛もないおしゃべりが楽しい」という回答が得られました。いずれも特殊なユーザーではなく、何かきっかけがあってPocochaを使うようになったので、このインタビューの回答の中に、事業インサイトと消費者インサイトを橋渡しする余地があると山本さんはお話しされました。
③広告・市場調査で検証する
続いて、これまでのリサーチで得られた知見を元にテレビCMやデジタル広告を出稿し、その反応をみて消費者インサイトを模索しました。試行回数をとにかく増やすことが重要であり、2023年はバージョン違いも含めて約70種の広告を出稿して広告効果検証と定量利用意向調査を実施したそう。この時、デジタルマーケティングとマーケティングリサーチを組み合わせることがポイントだと山本さんは語りました。
デジタル広告は既にターゲティングされたユーザーにアプローチできるので、すぐに使ってもらえそうなユーザーに向けて働きかけることができます。一方で、マーケティングリサーチではこれから使ってもらえそうなユーザーの属性別、ターゲット別に分けて考えることができるので、新しい顧客を開拓していく観点で有用です。これらを組み合わせて取り組むことが重要だと山本さんは語ります。
広告出稿と並行して、CMクリエイティブを定量の利用意向アンケート調査も実施。この調査では、広告の要素(例:ライバーやリスナーの性別)と利用意向度を性年代などの属性別や顕在・潜在ターゲット別など様々な観点で集計して、まだPocochaを使ったことがないユーザーが使いたくなるヒントを模索しました。
このように実施したCMによる広告効果検証と意向調査結果を照らし合わせながら、広告クリエイティブの改善方針を繰り返し立て直したそうです。「利用意向率が高い要因を検討するプロセスはリサーチャーだけでなく、プロダクトマネージャーや広告製作者などを集めて、ワイワイ話し合いながら探しました」と山本さんは語ります。幅広い関係者とともに消費者について考えることで事業の価値が見えてくることがあるそうです。
④利用意向の高いテーマの設定
これらの調査を経て、Pocochaを使いたくなる仮説を一言でまとめます。今回の場合、ファミレスのドリンクバーで友人達とおしゃべりしてた時間が楽しかったというような経験から着想して、「共通項を持つコミュニティ」という仮説を立て、ライバーと一対一ではなく複数の関係を描くことで、楽しそうな雰囲気を伝えていくことにしました。
⑤訴求確定後の広告クリエイティブへの反映
仮説を広告オリエン資料へターゲットインサイト、クリエイティブ要素を記載して、広告制作に反映。ビデオコンテ作成後、まだPocochaを使ったことのないユーザーにインタビューして、広告クリエイティブをブラッシュアップしていきました。
ポイントは、リサーチャーが広告制作のプロセスに関与することだと山本さんは語りました。ここまでのリサーチで得られた洞察を広告に反映するために、広告関係者に積極的に関わっていくことで、事業インサイトとユーザーインサイトをすり合わせました。関係者全体で同じ方向を向いて消費者インサイトを探していくことが大切だそう。
「相手に対するリスペクトが強いほど、相手の領域に踏み込んでいいか不安になることもあります。しかし、事業インサイトと消費者インサイトに橋をかけるためには、リサーチャー主導で相手に働きかけるなど、越境する勇気を発揮することが大切です」と山本さんは語りました。
⑥訴求確定後のプロダクトへの反映
リサーチで得られた洞察を、広告クリエイティブと同様にプロダクトへも反映していくことが重要です。そのため、獲得してきた洞察をターゲット像とカスタマージャーニーに落とし込んで事業メンバーへ共有することで、PdMやデザイナーとUIUXテストを実施しながら機能開発を進めていったのだそうです。この際、広告関係者とプロダクト関係者とすり合わせて、関係者全員で同じ方向をめざすように働きかけることで、よりよいサービス作りが実現できるようになるのだといいます。
リサーチで事業の意思決定をリードするマーケティング組織の在り方
このように、事業インサイトと消費者インサイトを橋渡しする役割をリサーチャーが担っていくためには、事業の意味や何を目指しているかを、現状に縛られずリサーチャー自身で考えて再構築する必要があります。消費者インサイトを語る人はいても、事業インサイトについて語る人はまだ少ない印象がありますが、、両方を理解することが重要なのだといいます。そのうえで小さな検証をスピーディーに実施し、事業の意思決定を支援することで、リサーチを組織に根付かせていくことができるのだそうです。
事業が拡大する上でのリサーチは、なかなか定義できない問いに立ち向かっていくことになります。スピーディーな検証と並行して、事業課題に直結する「大きな・抽象度の高い問い」について考察、検証も続けていくことが重要だそうです。このような問いは曖昧なので、問いが見つかった時点では予算がどこの部門に紐づくか不明なこともあるそうです。だから「リサーチャーにしかできない仕事だという気概をもって取り組んでいる」と山本さんは語りました。
このような取り組みを実現する組織を作っていくためには、どういう人を採用するかこだわる必要があるということです。事業インサイトと消費者インサイトを橋渡しする取り組みに共感できる人を採用することで、このような組織戦略の浸透が加速するのだとお話されました。
リサーチ・ドリブン・マーケティングの将来展望
持続可能なビジネスを展開していくために、事業視点に止まらず、人や社会の視点から考察することも大切です。様々な研究にあたり、新しい調査手法も活用しながら、成長の種を模索しているのだそうです。
リサーチに関わる人は忙しいと思いますが、時には敢えて優先度が高くない「そういえば気になっていたこと」に取り組むことが重要だといいます。いい意味での「行き当たりばったり」な機会を意識的に設けることで、既存の知見を補強する事業成長のタネをみつけることができるそう。
また、リサーチで積み重ねてきた知見を事業内のコミュニケーションのネタにすることで、関係者の事業理解を異なる視点から深めることができる利点もあるそうです。コミュニケーションを深めるほど、言語化できることが増えていくので、それをさらに組織全体で共有していくことが重要だと山本さんは語りました。
職種を問わず、事業理解・消費者理解にこだわり、両者の橋渡しの方法を考え続けることで、多くの方に喜んでもらえるようなサービスを届けていきたいと最後に締めくくりました。
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[編集]十一智教 [文章]十一智教・小澤 志穂 [写真] 霜田直人