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生活者研究のめざすところ~生活者起点で未来のくらしを発想する【#ResearchConf 2024 レポート】

RESEARCH Conferenceは、リサーチをテーマとした日本発のカンファレンスです。より良いサービスづくりの土壌を育むために、デザインリサーチやUXリサーチの実践知を共有し、リサーチの価値や可能性を広く伝えることを目的としています。

2024年のテーマは「ROOTS」です。リサーチを育む根を張る、そもそものリサーチの成り立ちや進化から学ぶ......そういった意味を込めています。小さく始めて広げてきたリサーチを、いかにして強く根付かせ、厳しい状況を乗り越え、新たな成長へと導けるでしょうか?

花王株式会社から、『生活者研究のめざすところ~生活者起点で未来のくらしを発想する』と題し、秋田 千恵さんよりお話しいただきました。

■登壇者



秋田 千恵

花王株式会社
コーポレート戦略部門コンシューマーインテリジェンス室 室長

流通系シンクタンクを経て2005年花王株式会社入社。ヘルスケアやファブリックケアに関する生活者調査のほか、世代研究や地方の暮らし、働き方研究など幅広いテーマでのライフスタイル研究を担当。生活者知見を元に様々なかたちでワークショップを実践中。


花王の原点は安価で良質な国産石鹸を世の中に広めること

1887年(明治20年)に創業した花王は、「ハイジーン&リビングケア」「ヘルス&ビューティケア」「ライフケア」「化粧品」の4つの事業分野で、人々の毎日の暮らしを快適にする製品を開発・販売しています。

今では当たり前になっている髪の毛を毎日洗う習慣がなかった時代に「花王シャンプー」を発売し、清潔から美容、健康、そして地球環境へと分野を広げながら画期的な製品を作り続けてきました。

創業当時、日本で石鹸は最先端の科学技術であり、質の良い輸入品は高価で手が届かず、多くの人はぬか袋で体を洗っていたそうです。そこで、安くて良質な国産石鹸を使ってもらいたいと開発・販売したのが「花王石鹸」でした。

花王石鹸を日本全国の人に届けるために実施した取り組みとして、全国の販売網を開拓し、線路脇に野立て看板を設置して花王石鹸の認知を獲得し、新聞広告でどこで購入できるか伝えるなど、現代まで受け継がれるマーケティング活動を発売当時から実践していました。

生活者に向き合うよきモノづくり

花王は2023年中期経営計画を発表。パンデミックや災害などにより日常生活が脅かされる時代になり、「日常生活」だけでなく、命を助け病気を予防する「生命」の領域と、人々の生活を取り巻く地球環境「生態」の領域にも貢献することを決め、「豊かな共生世界の実現」を目指しています。

このような花王としての考え方の拠り所になっているのが、企業理念「花王ウェイ」です。日々異なる役割を担う社員が目の前の業務を重ね合わせる指針となっている
そうです。

今回のセッションでは、カンファレンスのテーマであるリサーチに紐付けながら花王の取り組みを紹介していただきました。

まず、基本となる価値観として「よきモノづくり」という考え方を大事にしていているそうです。

前述したように石鹸に始まり今日に至るまで、多様な商品の開発を進める中で人々の暮らしを変えてきました。商品開発を進める中で大切にしている基本精神と行動は「商品開発5原則」としてまとめられています。

1.社会的有用性の原則
2.創造性の原則
3.パフォーマンスバイコストの原則
4.調査徹底の原則
5.流通合理性の原則

花王では商品の発売に至るまで徹底的な消費者テストが行われ、これらのテストに耐えられた商品でないと発売できないようになっていると紹介がありました。

また、花王ウェイの中で「人をよく理解し、期待の先を行く企業に」がビジョンとして掲げられています。

お問い合わせに応える「生活者コミュニケーションセンター」と、生活者のいま〜少し先の未来をとらえる「コンシューマーインテリジェンス室」に部門を分けて日々生活者に向き合っているそうです。

大切にしているのは生活現場での対話と観察

花王の消費者交流と生活者研究は、1934年(昭和9年)の家事科学研究所設立が始まりです。当時は、洗濯の方法を消費者に習得してもらう講座を開いて直接やり取りをしていたのだそうです。

秋田さんが室長を務めるコンシューマーインテリジェンス室の役割は、いわゆるブランドのマーケティング担当者という立場とは異なります。「生活現場での対話と観察をベースに、生活者の今と時代の潮流の中でどう変わろうとしているのかを考えていくこと」だと語りました。ここでの学びは商品開発や企業活動の戦略策定に活かしているそうです。

また、生活者自身や企業・大学・自治体等多様な立場のステークホルダーに情報を共有したいと考え、自社のデジタルプラットフォーム『My Kao』で生活者視点の情報発信を行っているとのこと。

2022年12月15日より運用開始した、生活者と直接つながる双方向のデジタルプラットフォーム『My Kao

コンシューマーインテリジェンス室は「消費者」ではなく「生活者」という言葉に非常にこだわっていると秋田さんは語りました。

いわゆるブランドのマーケティング担当者は消費者研究視点で「消費者(モノを使う・買う人)」という認識をしがちだとか。それに対して、コンシューマーインテリジェンス室は生活者研究視点で「生活者=多くの側面を持つ一人の人間」という視点から人間を見つめ、常に生活者の立場で物事を考えているのだそうです。

現代はオンラインの調査やさまざまなリサーチ手法がある中で、「生活者への対話や観察が基本であることは変わらない」と秋田さんは語りました。

生活者の実態と時代の潮流から未来の暮らしを予想する

多くの側面をもつひとりの人間としての「生活者」の行動は、生活者自身で説明がつけられることはごく一部であり、気持ちの変化の兆しや理想的な在り方を自身はほとんど分かっていないと秋田さんは語りました。

生活者は社会とともに変化し、社会経験やライフステージなど世代によって価値観も異なるものです。そこで、生活者の真の望みを知るためにも「ひとりの生活全体をまるごと捉え、生活全体と商品まわりの関係性を深堀することで、新たな視点を見つけることが重要」だといいます。

たとえばシャンプーを例に考えると、どうして買ったのかどう使うかだけでなく、どんな気持ちになりたいか、ヘアケアやメイクも含めてどう見られたいか、ファッション的な側面も含めて、生活者に質問していくのだそうです。加えて、暮らしてきた国、経済状況、積んできた社会経験や築いていきたい人間関係など生活者の背景も深掘りしていきます。

また家事に関しては、主体的に取り組み始めたタイミングによってある程度価値観は既定されるため、世代毎に家事に対する向き合い方が異なるのだそう。

このように、生活者を観察することで、生活の変化の兆しを捉え、商品開発に活かしてきました。

ただし近年は世の中の変化のスピードが上がったことや、SNSで生活者自らが発信するようになり、今の生活者を観察するだけではなく、もっと俯瞰した社会課題視点で少し先の未来がどうあったらよいか、未来視点での生活者研究を行うように変化してきたそうです。

その中で、国内外のトレンド情報を元に生活者の価値観・ニーズの変化を捉える「生活者潮流」をまとめていて、事業が変化に対し柔軟に対応できるようにすることを目指しています。

このレポートを社内では「トレンド・ルーティング」と呼んでいるため、今回のRESEARCH Conferenceのテーマの「Roots」と通ずるものを感じられたそうです。

未来研究を進めるために、デザイン思考を取り入れて、新しいリサーチ手法の開発にも取り組んできました。
2017年に実施した慶應義塾大学 総合政策部 井庭崇研究室との共同研究では、パターン・ランゲージ『日々の世界の作り方』を作成し、これからの「働くくらし」を考えるワークショップを実施しました。このワークショップでは、パターン・ランゲージを使って日々の暮らしを見つめ直し、生活の場面で起こる問題と解決のヒント、ありたい生活を、自分自身で模索してもらいました(参照)。

このような取り組みにも挑戦しながら、これまで積み重ねてきた生活者実態調査に加えて生活者潮流を捉えることで、商品開発だけでなく会社の戦略策定の支援にまで広がりができているそうです。生活者発想で新たな市場機会や事業領域の探索を進めるために、秋田さんらが調べてきた生活者情報を元に、社内でワークショップを実施していると紹介がありました。

「世の中にとっていい事=生活者にとっていいことと受け止めてもらうには?」「アイデアや技術をどうやって生活者に伝えたらよいか?」など、参加メンバーのことを知っている社内のリサーチチームがだからこそ、対話の場面で問いかけられることが私たちの強みだと思っている、と秋田さんは語りました。

そして対話から得た気づきから目指すゴールを決めるために、紙に書き出して見える化したり、RESEARCH Conferenceのような場を含めた社外から学びを社内に還元を通して、よきモノづくり支援に尽力されているそうです。

あとがき

今回のセッションを通して、社会と共に変化する生活者の価値観を対話を通して知るプロセスや生活者研究を商品開発や経営戦略に繋げていく取り組みについてついてお話いただきました。

変化の激しい時代の中で未来の生活を予想しながら開発した商品は、私たちの生活をこれからどのように変えていくのでしょうか?

これまで積み重ねてきた暮らしに関する知見の上に現在の生活実態を積み重ねていく過程は、単なる仮説検証ではなく、生活者の在り方を文脈として捉えるという点で学びの多いセッションになりました。

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[編集]十一智教 [文章]十一智教・小澤 志穂  [写真] リサーチカンファレンススタッフ


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