UXリサーチとしてのケア【#ResearchConf 2024 レポート】
RESEARCH Conferenceは、リサーチをテーマとした日本発のカンファレンスです。より良いサービスづくりの土壌を育むために、デザインリサーチやUXリサーチの実践知を共有し、リサーチの価値や可能性を広く伝えることを目的としています。
2024年のテーマは「ROOTS」です。リサーチを育む根を張る、そもそものリサーチの成り立ちや進化から学ぶ......そういった意味を込めています。小さく始めて広げてきたリサーチを、いかにして強く根付かせ、厳しい状況を乗り越え、新たな成長へと導けるでしょうか?
株式会社ツルハホールディングスから、『UXリサーチとしてのケア』と題し、立石 大介さんよりお話しいただきました。
立石 大介
株式会社ツルハホールディングス
GR調剤運営本部 GR調剤戦略部 部長 薬剤師
2003年岐阜薬科大学を卒業後、ウェルネス湖北(当時)に入社しドラッグストア・調剤薬局で薬剤師として10年以上勤務。本部スタッフとして、薬局運営、店舗開発、採用、教育等全般業務を行う。会社合併を経て、現在はツルハホールディングスに出向し、調剤薬局の将来戦略の策定と推進を担う。
株式会社ツルハホールディングスは「お客様の生活に豊かさと余裕を提供する」という理念のもと、地域医療の担い手としてお客様の視点に立った店づくりを展開しています。
今回は、ツルハホールディングスにおける薬局・薬剤師の業務とリサーチの関係についてご紹介いただきました。
中期経営計画の中でコアコンセプトを再定義
ツルハホールディングスではコロナ禍をきっかけに進んだDX戦略を「個人商店時代の接客性を取り戻すことが目的」と定義しています。
詳しい内容は2021年1月に受けたメディアでの社長インタビューをご覧ください。
これに対して、同社の調剤部門がどのように対応していくのかを中期経営計画の「調剤戦略」の中でまとめています。
コアコンセプトは”「患者」から「生活者」へ「臨床」から「臨生」へ”です。これまで顧客を「患者」と呼んで限定していたのに対して生活者全般と再定義し、生活者と協業してセルフケアの普及に貢献することを目指しています。「従来の薬局は医療施設のため、どちらかといえば治療と考えていたものをケアに開いていく思想がベースにある」と立石さんは語りました。
専門的な科学的方法としてのリサーチ活動
立石さんをはじめとする薬剤師の方たちは薬学、つまりサイエンスとエンジニアリングの学問で”モノに関するリサーチ”を日常で行っています。また薬剤師は医療者として対人業務を行っており、日常的に科学的分析とデータ収集、検討のほか「今行っている薬物療法がこれでいいのか?」という妥当性の評価やモニタリングも実施。このように、専門的な科学的方法としてのリサーチ活動を行っているのです。
医療の歴史を紐解いていくと、19世紀の初頭までは「感染症をどうやって治すか?」が主流でした。旧来は「特定の病因を排除すれば回復する」と考えられ、治療は「問題の特定」と「魔法の弾丸選定」を目指して、正しい確信を持って「魔法の弾丸」を打ち込むことが重要であり、その1つが「薬」でした。そのため、「魔法の弾丸を適切に選んで、適切に使うこと」を薬物療法の目的と考える風潮があったそうです。
ところが、世の中の変化とともに医療の常識も変わります。病気は必ずしも治るものではないと分かり、治療法の選択肢も増えていきました。また医療の専門化も進み、病気に対しても多数の因子の絡み合いがあることもわかってきます。
そこで「いわゆる”100%の正解がないこと”にどう対処していくのかを医療の現場でも考えていかなければならなくなった」と立石さんは振り返りました。
1990年代に入ると医療業界では「EBM(Evidence-Based Medicine)」という考え方が台頭してきます。EBMとは根拠に基づく医療を意味し、エビデンスを元にしたガイドラインを作成するなどして、質の高い治療を誰もが受けられるようにすることを目的としていました。
「やっていること自体はダブルダイヤモンドのようなことを延々としている構えですが、実際はこれを個々人に適応しなければいけません。しかし統計的に正しいからあなたもこうなはずですよ、という態度では適応できないので、これを個々人に適応するためにはどうすればいいのかが問題になってきました」と立石さんはいいます。
また医療人類学の分野では病気を「疾患(Disease)」と「病い(lllness」の2つに分けて考える人も出てきました。疾患は生物学的に説明できるものであって客観・観察が可能なのに対し、病いは主観や経験から本人が感じる主観的なものと定義し、疾患のみを見る態度では複雑・不確実性の高まる環境に対応できず、視点の拡張・転回が必要になったのです。「これはデザインリサーチでいうところの定性に当たり、これ以前の科学は我々でいうところの定量になると考えています」と立石さんは語りました。
薬局の窓口での対話はユーザーインタビューそのもの
ここまで医療業界が行ってきた科学的リサーチ活動を解説した上で、立石さんは冒頭に出てきたコアコンセプト”「患者」から「生活者」へ「臨床」から「臨生」へ”について再度紹介しました。
「生活者は治療がスタートすると患者になります。これは生活という大きな物語の中で、治療計画という新たな物語が始まったにすぎません。薬局・薬剤師はその中の1チャプターである薬物治療という物語であるはずなのに薬局で患者と対話しているとまるで自分たちが物語の中心かのように錯覚してしまいがちです」と立石さん。「患者さんと呼んでいる人は生活者として生活という大きな物語を生きている人であり、その中に我々薬局・薬剤師がいるのだということを忘れてはいけません。そのために、”「患者」から「生活者」へ「臨床」から「臨生」へ”というコンセプトが立ち上がりました」と続けます。
薬剤師の仕事は「わからない」から始まります。患者さんが病院に行くと処方箋が出され、病院と薬局の情報共有はこの処方箋のみ。それ以外に関しては、患者さんが所有しているお薬手帳や検査データなどの書類で、あとはコミュニケーションを取って情報を得るしかありません。「薬局の窓口で患者さんに応対しているのは、ユーザーインタビューをしているようなもの」と立石さんはいいます。
後半で立石さんはツルハホールディングスが考える個人商店時代の接客性における”かかりつけ”や”ケア”について「今まで我々が薬局でものを売って説明をして終わっていたものを、一緒に組み立てましょう!という姿勢そのものと、さらに”あなたの生活にはこれが合っていますよ!”とDIYまで一緒にやっていく態度なのではないでしょうか。そのために必要なのがリサーチャーとしての視点や態度だと思います」と強調しました。
さいごに「こういう考えに至るきっかけになったのがRESEARCH Conferenceのイベントや、リサーチャーの皆さんの考え方や態度です。非常によい示唆を得られて感謝しています。そして私自身も皆さんに新たな視点を提供できるのではと思い、今回応募させていただきました。この場を借りてお礼を申し上げます」と締めくくりました。
RESEARCH Conference2024のテーマは「ROOTS」。薬局・薬剤師の視点から、医療におけるユーザーリサーチのヒントと、日々移り変わる医療者と生活者の関係性の未来が見えてくるようなセッションとなりました。
本セッションではアーカイブ動画を公開しております。
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[編集]山里 啓一郎 [文章]小澤 志穂 [写真] リサーチカンファレンススタッフ
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