【RESEARCH Conference Pop-up in FUKUOKA 〜リサーチャー不在組織でのリサーチ〜 】当日レポート
昨年に引き続きRESEARCH Conference Pop-upを7月17日に福岡で開催しました。福岡といえばスタートアップ支援が活発で、企業の開発拠点も多いパワフルな都市。当日は40名近い参加者が会場に集うとともに、200名以上の方にオンラインで視聴いただきました。
今回のイベントでは、登山アプリ・コミュニティサイトYAMAPを運営するヤマップの土岐 拓未氏、法人カードサービスなどを提供するUPSIDERの森 大祐氏、チームのコラボレーションを促進するサービスBacklog、Cacooなどを提供するヌーラボの橋本 正徳氏をお招きして、各社におけるリサーチの実践例についてお話いただいています。
終了後はご登壇いただいた皆さまと会場にてご参加いただいた皆さまとで自由に楽しんでいただける懇親会も実施。和気あいあいとしたムードの中、多くの交流が育まれました。
「登山と保険の関係をリサーチしたら見えてきた「なぜ山に登るのか」の答え(の影)」
トップバッターとしてご登壇いただいたのは、昨年もご登壇いただいた登山アプリ・コミュニティサイトYAMAPを運営するヤマップの土岐拓未さんです。
今回は「登山と保険の関係をリサーチしたら見えてきた 『なぜ山に登るのか』の答え(の影)」というテーマでお話いただきました。
2013年にサービスを開始した「YAMAP」は、携帯の電波が届かない山の中でも自分の位置情報をスマートフォンで表示することができる登山地図GPSアプリ。通算440万ダウンロードを突破し、毎日1.5万〜5万ほどの登山記録が投稿される国内最大の登山コミュニティ・プラットフォームになっています。
YAMAPプラットフォームに蓄積されたビッグデータを活用して多彩なサービスを展開する中で、「登山前・登山後も含めたユーザーの生活にどのような価値を提供するか?」と考えた先に生まれたのが「YAMAP アウトドア保険(※)」だといいます。
※「YAMAP アウトドア保険」はYAMAPグループが提供する保険の総称です。
新しいビジネスを展開するためにはリサーチが必要です。そこで登山者の声を聞くために山に足を運びインタビュー・アンケートを実施するほか、インターネットでのアンケート調査で定性・定量的な情報を集めました。そこから「登山保険に加入している人とYAMAPアプリでサブスクを利用しているユーザーとは傾向が異なることが見えてきた」と土岐さんはいいます。
たとえば地図ダウンロード無制限などの便益を提供するサブスクのYAMAPプレミアムに登録しているユーザーは「もっと山に行きたい!楽しみたい!」と現在の欲望を追求する人が多いのに対し、登山保険に加入している人は「親戚に迷惑をかけたくない」「捜索費用の負担を減らしたい」など未来の負担を軽減するために投資する傾向があったのだそうです。
そこでYAMAP アウトドア保険では、遭難時負担の軽減や遭難捜索サポート、保険料のおトク感など理性にうったえかけるような提案をすることに。リサーチで得た分析をもとに実際の商品設計やLPデザイン、ユーザーコミュニケーションなどを作り込んでいったのだそうです。こうした活動を通して2024年5月28日にYAMAP アウトドア保険をリリース以来、ユーザーから好評を得ていると土岐さんはいいます。
最後に土岐さんは「山に登る」という行為を遭難する可能性もあり愚かで愛すべき極めて人間的な行為だと紹介しつつ、「愚かだけど愛すべき人間のチャレンジを応援し、守ることがYAMAPのやっていきたいことです」と、力強く語ってくださいました。
「UPSIDERのLLMベースなユーザー体験の作り方」
続いてご登壇いただいた法人カードサービスなどを提供するUPSIDERの森大祐さんには、「UPSIDERのLLMベースなユーザー体験の作り方」というテーマでお話いただきました。
UPSIDERは「挑戦者を支える世界的な金融プラットフォームを創る」をビジョン/ミッションに、単なるカード会社からAI化された総合金融機関へと進化するため、プロダクトの投資や開発に力を入れているのだそうです。
冒頭で「法人間決済は、ただ決済すれば終わり、ではない」と森さんは語りました。個人がクレジットカード決済で買い物をするのとは異なり、企業が法人間決済をするまでには稟議の起案・決済、契約、請求書支払い、信憑回収、仕訳計上など、一連の業務プロセスに段階があるものです。このプロセスを業務効率化して、「挑戦者のみなさんにUPSIDERカードを使ってより業務効率化をしてもらうために、カード決済周辺のプロダクトを開発している」といいます。
UPSIDERにおけるProduct Divisionの組織編成は、複数の開発チームの他にカスタマーサポートとBPOの組織を内包していることが特徴です。VPoPである森さんが起点となり、組織内で「こんなことをすればAIと人はもっと協働できるのではないか?」という視点で顧客FB・リクエストに応えていく流れができており、これを「AI化無限フィードバックループ」と呼んでいるのだそうです。
一般的な機能への顧客FB・リクエストやログ以外に、森さんは下記のような方法で顧客の声を聞いているといいます。
・ユーザーコミュニティ「UPs」への参加
・X(旧Twitter)でエゴサーチ
・BPOのメンバーとして顧客のスペースに参加
ただし、「LLM(大規模言語モデル)のように技術進化が著しい今、顧客の声が常に正しいとは限らない」と森さん。顧客FB・リクエストを鵜呑みにするのではなく、どういう技術をどういう形でユーザーに提供するのが正しい姿なのかを常に意識するようにしていると強調しました。
このように顧客FB・リクエストでユーザーニーズを得ると、森さん自ら開発メンバーに対してマニュアルを作成して体験としてつくり込んでいくのだそうです。
森さんがマニュアルを作成する際には「一度で完結することを重要視している」といいます。たとえばUPSIDER Coworker信憑自動紐付け機能にあるチャットは、なるべくリターンが発生しないようにできることから少しずつAI・システム化を進めているのだとか。開発メンバーも自ら顧客FB・リクエストを見てニーズに合わせた機能改善を重ねていると森さんはいいます。
そして機能アップデートに対する顧客からのありがたい声が「AI化無限フィードバックループ」の加速燃となり、メンバーのモチベーションがアップしていると語ってくださいました。
森さんの登壇内容は、当日の資料が公開されています!もっと詳しく知りたい方は、ぜひご覧ください。
「Backlogの現地リサーチ」
最後にご登壇いただいたBacklog、Cacoo、Nulab Passなどを提供するヌーラボの橋本正徳さんには、「Backlogの現地リサーチ」というテーマで、情報と体験の重要性についてお話いただきました。
ヌーラボは「“このチームで一緒に仕事できてよかった”を世界中に生み出していく。」をブランドメッセージに、働く人の仕事が少しでも楽しくなることを目指し、コラボレーションツールを開発・提供しています。その中で、高齢者や障害を持つ人を含めたすべての人々がサービスを円滑に利用できること「アクセシビリティ(Accessibility)」の重要性を掲げてきました。
しかし、いくら「アクセシビリティが大事なんだよ」と言葉で伝えても体験がない社員に理解まで落とし込むのはなかなか難しいことです。そこで、2017年にX(旧Twitter)で全盲の方が「バックログを使うときに困っている」と言っているのを見つけてコンタクトを取り、実際の利用シーンを動画撮影して社内に共有したと橋本さんは語りました。その結果、2018年11月にBacklogに視覚障害を持つ方もより利用しやすいサービスとなるよう下記のようなスクリーンリーダー向けアクセシビリティの改善リリースを実施しています。
・「Backlog」への課題の追加や編集フォームの入力エラーについて、スクリーンリーダーで読み上げるように改善
・テキストの書かれていなかったボタンにラベルを追加
・キーボードによる操作で発生していた、フォーカスの移動先に関する問題を修正
また、最近の橋本さんは「情報と体験が大切だなあ」と考えているのだとか。ここでいう「情報」とは、アクティブユーザー数や解約率などの数字や解約理由などで、「体験」は解約した顧客と対話しにいくことです。特にコロナ禍が落ち着いてから実際に社内でも人に会うことが増えると「やはり体験は大事なんだ!お客さんと会うことを大切にしていきたい」と橋本さんの中で何かが芽生えたといいます。
そして、国内外の顧客企業への訪問を通して「数字を見て情報としては知っていても感情が動くことは少なく、実際にお客さんと会うことで感情が動いてモチベーションに繋がる。またテキストだけでは得られない本質的なユーザーニーズに気づけた」と橋本さんは強調しました。
クラウド環境のオンライン作図ツール「Cacoo」は2009年のベータ版リリース直後に、ニューヨークで開催されるWord Camp 2009のスポンサーになり、現地のカンファレンスに参加しています。ここで潜在ユーザーにCacooの使い方をプレゼンをしてわかったことは、当時日本にサーバーを置いていたことでアメリカでは通信速度が遅くなること。海外ユーザーの利便性アップを目的に、帰国後サーバーをAWSに移行し、世界でも利用しやすいサービスへと改善したそうです。ここでも事前に「時差がある・通貨が違う・言語が違う」など「情報」としては知っていたことが、実際に体験することでサービスの改善に繋がったといいます。
最後に「社員を突き動かすものはデータもあるが、実際に大切なのは体験です。僕がいくらいっても滑り散らかしたベトナム企業の話が、現地に1回エンジニアを連れて行くことで顧客の課題感や解像度を理解し、エンジニアたちのモチベーションも一気に上がっていった。人は感情で動かされる」と締めくくりました。
最後に
昨年に続いてのポップアップイベント、福岡ならではのリサーチのお話(とオススメの沢情報!)がたくさん聞けた充実したイベントとなりました。
会場では懇親会も盛り上がり、福岡のみなさんのリサーチへの熱量を感じられました!
今回はG's ACADEMY FUKUOKA様に会場を提供いただきました。ありがとうございました!
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[編集] 松薗 美帆 [文章]小澤 志穂 [写真]リサーチカンファレンススタッフ