見出し画像

死刑制度について考える~矯正の視点から

 令和6年11月13日、16人の有識者から構成される「日本の死刑制度について考える懇話会」が、10か月間で計12回の会議を経て、その検討の結果を取りまとめた報告書を発表しました。この報告書の内容などについて、元法務省矯正局長だった大橋哲(おおはしさとる)さんが矯正の視点から解説します。


懇話会からの提言

 「日本の死刑制度について考える懇話会」(「懇話会」と言います。)は、全員一致の意見として、国会及び内閣の下に死刑制度に関する根本的な検討を任務とする公的な会議体を設置することを提言しています。また、現行の死刑制度と運用の在り方には多くの問題があるとしてその検討結果の概要を提示しています。
 この検討結果の概要について矯正の視点からの見解を述べていきたいと思います。

誤判の可能性と死刑制度の在り方

 懇話会の検討結果の概要では、「現在の日本の刑事裁判が誤判のおそれを払拭するために採ることの可能な制度的手段を尽くしているかどうかには疑問がある。」としています。
 刑事施設では、確定した判決に基づいて処遇するほかなく、誤判の可能性があるからといって処遇を変えることはできません。しかしながら、誤判によって死刑が執行されることはあってはなりません。検討結果の概要では、「誤判によって死刑判決が下されるおそれが生じる可能性を排除するための特別な手続的保障を制度化することの要否を早急に検討する必要がある。」としています。刑事施設の職員が、誤った判決に基づいた職務の執行を行わずにすむよう、誤判の可能性を排除する特別な手続的保障の制度化が望まれます。
 「特別な手続的保障」がどのようなものを具体的に想定しているかは明らかされていません。台湾の憲法法廷は、今年の9月20日、死刑は合憲であるものの、その適用や執行には厳格な要件が必要との判断を示しています。そこで示された要件は、日本における「特別な手続的保障」の議論の参考になるものと考えます。

被害者の視点からの検討の必要性

 懇話会の検討結果の概要では、被害者支援は、死刑の問題とは全く独立に、被害者遺族の置かれた実情についての実証的な調査を踏まえて、諸外国の法制を参考にした上で、具体的に検討されるべきであるとしています。
 検討結果の概要でも触れていますが、受刑者については、令和5年12月から犯罪被害者等の心情や意見等の聴取制度が始まっています。刑事施設の長は、被害者、被害者遺族から被害に関する心情、被害者等の置かれている状況又は加害者である受刑者の生活及び行動に関する意見を述べたい旨の申出があったときは、その心情等を聴取するものとされています。聴取した心情等は、矯正処遇を行うに当たって考慮されます。また、被害者等から、聴取した心情等を加害者である受刑者に伝達することを希望する旨の申出があったときは、改善指導を行うに当たり、その心情等を受刑者に伝達するものとされています。既に、この制度を利用して被害者等の心情等が受刑者に伝達されているとの報道もありました。
 この制度は、法務大臣の諮問機関である法制審議会から令和2年10月に出された答申に基づいて刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(「刑事収容施設法」と言います。)が改正され導入されたものです。犯罪者処遇の一層の充実のために講ずる措置として答申されており、法改正に当たっても受刑者が対象となっています。受刑者について刑事施設の職員が被害者等から心情等を聴取するのは、その心情等を職員が理解することが受刑者の改善指導を行う上で必要でもあるからです。死刑確定者は被害者等の心情等の聴取の対象となっていません。
 被害者遺族から死刑確定者に対する心情等の伝達については、被害者遺族と死刑確定者との手紙のやり取りや面会の機会を設けることが考えられます。刑事収容施設法では、死刑確定者と手紙のやり取りや面会することを必要とする事情があり、刑事施設の規律及び秩序を害する結果を生ずるおそれがないと認めるときはこれを許すことができるとされており、被害者遺族が死刑確定者の心情等を知りたい場合は、手紙のやり取りや面会することを必要とする事情と解されます。しかしながら、死刑確定者と直接の手紙のやり取りや面会に不安があるなどの被害者遺族もあり、死刑確定者と被害者遺族との間をつなぐファシリテーター、コーディネーター等が望まれます。

仮釈放の可能性のない終身刑の導入

 内閣府の世論調査の結果から、死刑がなければ凶悪犯罪が増えるという不安を持つ国民は多いと考えられることから、懇話会の検討結果の概要では、死刑に代替する最高刑の在り方、具体的には仮釈放の可能性のない終身刑などの採用の是非を現行の無期刑の運用の在り方とあわせて検討することなどを検討課題として挙げています。
 終身刑については、令和4年11月に日本弁護士連合会から「死刑制度の廃止に伴う代替刑の制度設計に関する提言」が出されています。そこでは、死刑に代わる最高刑として仮釈放の適用のない終身刑を創設することを提言しています。

終身刑を導入するとした際の問題点

 人を死に至らしめるという心理的な負担の重い職責から刑事施設の職員を解放するという点からは死刑の代替刑として終身刑の導入が検討されてもよいと考えます。しかしながら、終身刑を導入するとした際には問題点もあります。 
 まず、現在の死刑及び無期刑の執行の状況を終身刑の導入の際に整理することが必要です。現在、死刑確定者の中には長期にわたって執行されていない者が存在します。刑事訴訟法では、死刑の執行は、法務大臣の命令により、その命令は、判決確定の日から6か月以内にこれをしなければならないと規定されています。しかしながら、この規定は訓示規定とされ、長期にわたって執行されず、刑事施設内で病死する者もあり、実質的に「終身刑化」してしまっている例も見られます。いつ執行となるとも分からない死刑確定者の身柄を確保し、医療・健康上の配慮を長期にわたって継続することは刑事施設の職員にとって大きな負担となっています。終身刑が導入された場合に既に死刑が宣告され、長期に収容されている死刑確定者の取扱いをどうするか検討する必要があります。
 また、法務省がホームページで公開している「無期刑の執行状況及び無期刑受刑者に係る仮釈放の運用状況について」(令和5年12月)によれば、無期刑仮釈放者のうち、仮釈放取消し後、再度仮釈放を許された者を除いた無期刑新仮釈放者は、令和4年では5人であり、その平均在所期間は45年3月となっています。一方で令和4年に死亡した無期受刑者は41人であり、仮釈放された者の数より死亡した者の数が圧倒的に多くなっています。50年以上収容されている無期刑受刑者も10人存在します。このように無期刑受刑者についても実質的に「終身刑化」してしまっている状況が見られます。仮釈放への希望を抱きつつも相当長期にわたって収容される受刑者の心情の変化に留意しながら矯正処遇を行うことも刑事施設の職員にとって大きな負担となっています。
 終身刑化した死刑や無期刑の現状の上に更に終身刑を導入することは、更に刑事施設の職員の負担を増すこととなります。先に述べた日本弁護士連合会の提言においても指摘されていますが、終身刑の導入に際しては、このような「終身刑化」した現状を整理する必要があります。

終身刑は「緩慢な死刑」に他ならないという点について

 終身刑は刑事施設で死亡するまで収容されることとなり、結局のところ「緩慢な死刑」に他ならないとの意見があります。日本弁護士連合会の提言では、終身刑に処せられた者で改悛の状が顕著に認められるなど一定の要件を充足する受刑者については、その刑を仮釈放のある無期刑に減刑する特別手続を創設することを提言しており、終身刑受刑者についても恩赦以外にも無期刑となり仮釈放される可能性のある手続を設けることとしています。これについても、現状で無期刑の仮釈放までの平均在所期間が30年を超えており、また、50年以上収容されている無期刑受刑者が存在することを考えれば、終身刑が無期刑に転換されたとしてもそれよりも収容されている期間が短くなることは均衡が取れず、結果的に釈放される見込みのないものとなりかねません。この点においても「終身刑化」している無期刑の状況との整理が必要です。
 終身刑受刑者は釈放される見込みがなく、将来を悲観して自暴自棄となりかねないとの指摘があります。この点については、少し前になりますが、平成20年7月に米国カルフォルニア州及びテキサス州での終身刑受刑者の状況の視察に行ったことがありました。実際に終身刑受刑者を処遇する職員からの聞き取りでは、収容された受刑者の反応は人それぞれであるとのことです。自暴自棄となり自傷や自殺を企図する者、刑事施設の規則に従わず刑事施設の職員や他の受刑者に暴行を働く者などがおり、これらの受刑者の処遇は困難を極めていました。一方で、刑事施設での生活に順応し、いわゆる「模範囚」として過ごしている者もいました。しかしながら、これらの受刑者も少しのことで心情が不安定となり、処遇が困難となることもあります。日本においても終身刑を導入した場合は、米国の状況と同様に、すべての終身刑受刑者が心身に異常を来し、自暴自棄になるとは言えませんが、処遇に際しては細心の注意が必要であると考えます。

終身刑受刑者の処遇について

 受刑者の処遇は、刑事収容施設法において、改善更生の意欲の喚起及び社会生活に適応する能力の育成を図ることを旨として行うとされています。現在、刑事施設では改善更生の意欲の喚起として矯正処遇に向けた動機づけを重視しており、動機づけ面接の方法など矯正職員に向けた教材も活用されています。また、令和7年6月からは、拘禁刑も導入されます。終身刑受刑者にとって改善更生に向けての意欲の喚起や動機づけをどのように行うかが課題です。
 矯正処遇は作業、改善指導及び教科指導から構成されますが、終身刑受刑者にどのような矯正処遇を行うか検討する必要があります。終身刑のほとんどは殺人など人を死に至らしめた罪を犯した者に科せられると思われ、改善指導のうちの特別改善指導の一つである「被害者の視点を取り入れた教育」の対象となり、被害者等の心情等を考慮した特別改善指導を中心に展開することとなるでしょう。しかしながら、その他の矯正処遇はどうでしょうか。受刑者の勤労の意欲を高め、職業上有用な知識及び技能を習得させる作業や社会生活の基礎となる学力を身につけるための教科指導は、受刑者が社会に戻ることを前提にしており、原則として釈放を予定としていない終身刑受刑者に必要とされるでしょうか。また、薬物依存離脱指導、暴力団離脱指導、性犯再犯防止指導、交通安全指導、就労支援指導などの改善指導も同様です。終身刑が無期刑に減刑される可能性を受刑者に示した上で、減刑されるためにはどのように受刑生活を過ごすのが良いか受刑者自身にも考えさせ、個別に目標を定めて本人にとって必要な作業、改善指導や教科指導のプログラムを他の受刑者と同様に受けさせることが必要であると考えます。

 拘禁刑の導入については、Prison Research Journal #01 「刑務所が変わる?いよいよ拘禁刑が始まります。」も参照してください。

執行と執行に至る手続をめぐる諸問題

死刑確定者と他人との接触の制限について

 懇話会の検討結果の概要では、死刑確定者を長期間、他人との接触を大幅に制限しつつ拘置することが、執行のために必要不可欠なものといいうるのか、刑罰の内容となっていない権利制限を加えるものでないのか、そもそも人道上問題ではないか、といった点について立ち入った検討を行う必要があるとしています。
 刑事収容施設法では、死刑確定者の処遇は、居室外において行うことが適当と認める場合を除き、昼夜、居室において行うとし、居室は単独室とすると規定しています。また、居室外においても、心情の安定を得られるようにするために有益と認められる場合を除き、相互に接触させてはならないと規定しています。些細なことで死刑確定者の心情が大きく動揺することもあります。死刑確定者が他の者と接触することなどでその心情が動揺することがないよう、職員は日々細心の注意をもってその処遇に当たっています。
 先に述べたとおり、長期にわたって執行されずに拘置されている死刑確定者がおり、結果としてかなりの長期間にわたり、他の者との接触を制限することとなっていることもあります。しかも、いつ、誰が執行となるのかは明確な基準もなく、矯正施設の職員にも分からない状況です。収容されている死刑確定者はもちろんですが、その処遇に当たる職員も極度の緊張が続きます。この点について、何らかの検討がなされることが必要と考えます。

死刑確定者本人に対する執行の告知について

 懇話会の検討結果の概要では、執行が決まった後も、その日時は事前に本人に知らされない扱いになっているが、そのことの当否も問題となるとしています。
 死刑確定者の逃走や自殺を防止し、死刑の執行を確実に行うことが刑事施設の職員の職務です。執行の当日に告知することとしているのは、それ以前に告知した場合、死刑確定者の心情が不安定となり、自殺等の事故を起こすことにより、執行ができない事態を生じないようにするためです。

執行における刑事施設の職員の負担について

 懇話会の検討結果の概要では、死刑の執行に関わる刑務官にとり、その人権侵害のレベルに達する負担が生じていないかどうかも調査・検討すべきであるとしています。
 国民の多数が死刑を維持することもやむを得ないと考え、法律に死刑が規定され、裁判で死刑が言い渡されて刑が確定し、法務大臣の執行の命令があればそれを忠実に執行することが刑事施設の職員の職務です。職員は、それぞれ個人の考えや感情を抑え、国家公務員として刑法、刑事訴訟法及び刑事収容施設法に従い、上司の命令を忠実に実行することが求められています。
 とは言え、執行に当たる職員の心理的負担は非常に大きなものがあります。懇話会で講演した刑事施設の元職員が、執行について「神聖な儀式のよう」と発言しています。刑事施設の職員は、神聖な儀式のように粛々と手順を進めていくことで心に蓋をし、職務を執行しています。 
 なお、検討結果の概要では、執行が犯罪者の「更生」に関わるという職員の通常の業務とは真逆の方向に向かう業務であるとの指摘もされています。しかしながら、刑事施設の職員の業務は、受刑者の改善更生を図る処遇のみでなく、裁判中の未決拘禁者の処遇、死刑確定者の処遇や執行も通常の業務です。 

情報公開と世論調査について

 懇話会の検討結果の概要では、死刑制度の在り方の実態を知り、それを見直すにあたり、重要事項の多くが明らかにされておらず、憲法上の人権保障に関わり、対外的にも大きな意味をもつ国の制度の在り方について国民が正しい意見を形成する、その前提が欠けているといわなければならないとしています。

刑事施設内の刑場の視察などについて

 懇話会が死刑制度に関する調査・検討のため、刑事施設内の刑場の視察、刑務官からの意見聴取を法務省に協力依頼したが、いずれも拒まれたとしています。
 平成22年に既に刑場がマスコミに公開されて写真もメディアで掲載され、それに合わせて執行に関する手順などが説明されています。
 刑場が公開になじまないと考える理由には、刑場は警備上重要な設備であるため公開には慎重であるべきということや執行に携わる刑事施設の職員や死刑確定者の家族の心情への配慮があります。執行に当たる刑事施設の職員の心理的負担は非常に大きいものがあり、刑場の公開により関連の報道などが繰り返されることにより、執行の記憶が呼び起され心的外傷によりストレス障害を引き起こすおそれがあります。また、死刑確定者の家族にとっても大きな心理的な負担となるおそれがあります。
 さらに、先にも述べたとおり、刑場は刑事施設の職員にとっては「神聖な儀式を行う場所」と考えられていることにもよります。神社仏閣において部外の者の立ち入りを許さない場所があるのと同様に「不可侵な場所」として認識されており、感情を抑えて執行という辛い職務に当たる刑事施設の職員の心情からは、無遠慮に刑場に足を踏み入れてもらいたくないという心理的な抵抗もあります。

世論の形成について

 懇話会の検討結果の概要では、世論調査の問題点も指摘されています。世論調査で現れる国民の意識を醸成するマスメディアの報道などの在り方について今回の懇話会では十分な議論がありませんでした。懇話会では、世論調査の問題については講演がありましたが、マスコミの関係者から現在の犯罪報道やSNSでの犯罪に係る情報の拡散について話がなかったのが残念です。
 報道では、きちんとしたデータに基づかず、殊更に治安状況が悪化しているかのように伝えたり、容疑者が逮捕される前に報道関係者が自宅などに押し寄せたり、公道で追いかけたりする状況が見られます。また、SNSで関係者の名前や自宅の住所、過去の行動などが発信される状況もあります。
 懇話会の検討課題の概要では、死刑に関する情報の多くが開示されていないことが国民の正しい意見の形成を妨げていると指摘していますが、マスコミの報道やSNSの発信などが国民に治安に対する不安をかきたてて、死刑制度の維持もやむを得ないとする意見の形成につながっていないでしょうか。また、捜査や取調べに影響し、早期に逮捕して自白を強要するような状況につながっていないでしょうか。そのような状況についての考察も必要であったと感じます。

終わりに

 懇話会の検討結果の概要の結語では、死刑制度の賛成、反対の両方向からの主張に身を裂かれるような思いで立ちすくみ、為す術もなく事態をただそのままに放置するという現状に甘んずることなく、問題解決に向けて一歩でも先に歩を進めることが重要であるとしています。懇話会は、全員一致の意見として、国会及び内閣の下に死刑制度に関する根本的な検討を任務とする公的な会議体を設置することを提言しています。今年11月14日の官房長官の記者会見では、著しく重大な凶悪犯罪で死刑を科すのはやむをえないとして、政府として会議を設ける考えはないとしています。衆議院法務委員会の委員長にこの懇話会の委員であった立憲民主党の議員が就任したこともあり、国会での会議体の設置などの議論が進むか注目されます。


いいなと思ったら応援しよう!

株式会社TOMO
よろしければサポートをお願いします。いただいたサポートは調査・研究費に使わせていただきます!