グリーン鉄市場の拡大に向けた経済産業省の取り組み ー GX推進のための「グリーン鉄研究会」報告を解説

日本の鉄鋼業界は、脱炭素化の大きな課題に直面しています。国内の温室効果ガス排出量の約1割(産業部門の約4割)を占める鉄鋼業は、持続可能な社会の実現に向けたグリーントランスフォーメーション(GX)において重要な役割を果たします。しかし、脱炭素化された製鉄プロセスのコスト負担は大きく、市場での受容性や国際競争力の確保が課題となっています。

こうした背景のもと、経済産業省は「GX推進のためのグリーン鉄研究会」を設置し、グリーン鉄市場の拡大に向けた政策を検討しました。本記事では、そのとりまとめをもとに、今後の政策の方向性と鉄鋼業界の展望について解説します。


1. グリーン鉄市場の必要性と課題

(1)グリーン鉄とは何か グリーン鉄とは、従来の高炉プロセスに比べて二酸化炭素(CO₂)排出量を抑えた鉄鋼製品を指します。主な製造方法として、水素還元製鉄や電炉による製鉄があり、これらは従来の石炭を用いる高炉法に比べてカーボン・フットプリント(CFP)が低減されます。

(2)コスト負担と市場形成の課題 鉄鋼の脱炭素化には、多額の設備投資が必要となります。水素還元製鉄の実用化にはインフラ整備と技術革新が不可欠であり、現状では生産コストが従来の高炉鋼よりも高くなります。このため、グリーン鉄を市場で受け入れられる価格で供給し、需要を拡大するための政策的支援が求められています。


2. グリーン鉄市場拡大に向けた政策

経済産業省のとりまとめでは、グリーン鉄市場の確立に向けた4つの主要施策が示されました。

(1)GX価値の訴求と国際標準への反映

グリーン鉄の価値を国内外に浸透させることが重要です。具体的には、以下の施策が挙げられています。

  • カーボン・フットプリント(CFP)の算定基準の策定 世界鉄鋼協会(worldsteel)や国際機関と連携し、グリーン鉄の環境負荷を適正に評価する基準を確立します。これにより、低炭素鋼材の市場での評価を高めることができます。

  • 国際的なCFP算定ルールの導入 国内外で統一的なCFPルールを策定し、国のガイドラインや建築物のライフサイクルアセスメント(LCA)に適用することが求められます。これにより、建築・自動車・家電などの産業での低炭素鋼材の活用が促進されることが期待されます。

(2)鋼材のCFP活用拡大

グリーン鉄の需要を拡大するため、CFPの活用を広げる取り組みが行われます。

  • CFP情報の整備と開示 鋼材のCFPデータを整備し、透明性を高めることで、需要家が環境負荷の低い鋼材を選択しやすくする環境を整えます。

  • 低環境負荷鋼材の利用促進 自動車メーカーや建設業界と連携し、低炭素鋼材の利用を義務化または奨励する政策を検討します。特に、公共事業や政府調達において、グリーン鉄の使用を推進することで市場拡大を図ります。

(3)需要側への支援

グリーン鉄の市場形成には、需要側へのインセンティブが不可欠です。

  • 政府による優先調達 グリーン鉄の市場導入を支えるため、政府が優先的に購入し、初期の市場を創出します。これにより、供給側の投資リスクを軽減し、新技術の普及を促進します。

  • 自動車産業への補助 クリーンエネルギービークル(CEV)補助金制度を拡充し、低環境負荷鋼材を使用する自動車メーカーに対して追加のインセンティブを提供することが検討されています。

(4)供給側への支援

供給側の技術開発と設備投資を後押しする施策も重要です。

  • 技術開発と設備投資の支援 水素還元製鉄の研究開発や電炉の高度化など、GX推進に向けた技術革新を促進するため、政府の補助金や税制優遇を拡充します。

  • 鉄スクラップの有効活用 鉄スクラップのリサイクルを強化し、電炉による製鉄の割合を高めることで、全体のCO₂排出量を削減します。


3. 今後の展望と鉄鋼業界への影響

本とりまとめが示す施策が実行されれば、日本の鉄鋼業界は以下のような変革を遂げる可能性があります。

  1. 脱炭素技術の加速 水素還元製鉄や電炉技術の進展により、鉄鋼業界のCO₂排出量が削減されることが期待されます。

  2. グリーン鉄市場の拡大 政府調達やCFP算定基準の明確化により、低炭素鋼材の需要が増加し、市場が形成される可能性があります。

  3. 国際競争力の向上 日本の鉄鋼メーカーがグリーン鉄市場をリードすることで、国際的な競争力を高めるとともに、カーボンプライシング制度の導入による負担を軽減できる可能性があります。


4. まとめ

経済産業省の「GX推進のためのグリーン鉄研究会」のとりまとめは、鉄鋼業界の脱炭素化に向けた包括的な政策を示しています。GX価値の訴求、CFP活用の拡大、需要・供給側への支援といった施策が実行されることで、グリーン鉄市場が確立され、日本の鉄鋼業界の競争力向上にもつながると期待されます。

今後、政府・産業界が一体となって技術開発と市場創出を進めることで、持続可能な鉄鋼業の未来が切り拓かれるでしょう。

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