銀の歌と最後の海嘯
果ての岸辺では忘れられた遺跡が昼も夜も無の砂に洗われています。記憶のかけらが、魚のような姿で泳いでいます。ここでかの幻夢の都にも劣らぬ夜に魅入られた者たちは、いつしか実在を喪って影と消えるのです。
その夜、空では星が眩暈がするほど降っていました。夜空はぐるぐると極星を中心に回ります。するうちに、金平糖のような星がひとつ、浜辺に墜ちました。
・・・・・・災い多い年の初め、皇帝は不吉な夢から目覚め、魔法使いを召し出して、果ての港グラガまで声の行き来を可能ならしめる銀線を引くように仰せられました。古き王の道は草に埋もれ、ただ果ての大侯の定例使だけが、彼の地のよすがとなっておりました。
魔法使いは、都の入り口の大樹の周りに柵を巡らし、一粒の種を放りました。種からは金の喇叭が芽吹き、その端からは銀線が紡がれ、見る間に輪をなしました。魔法使いは大樹の大枝に喇叭を結わえ付け、銀線の輪を背に負うと、不死の鳥ペレグリンとピルグリンを杖から生み出し、時果てるまでの大樹の見張りを命じました。
・・・・・・星は立ち上がると、もう人でした。伸びをして、赤らんだ膝小僧をついて立ち上がります。利発そうな少年でした。星は巻物を取り出して広げました。深い井戸の、底の底が巻物に映ります。
動くものはありません。水が揺れているだけです。いいえ。目をこらしてみると、穏やかな、眠りの呼吸が、おなかを上下させている、竜の姿がありました。竜の仔は眠っています。ずっと眠っていたのです。彼女の上にグラガが建ち、人が生き、死ぬ繰り返しの間、ずっと竜の仔はたのしい夢を見て、ぐっすりと眠っていたのです。
巻物を閉じ、星は町へと歩き出しました。
無はたえまなく岸辺を洗っています。
魔法使いは峠を木の上を歩いて越えながら、空を見上げます。やがて彼は道連れに出会うでしょう。
まだ、何も始まってはおりません。
【続く】
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