ローンスターズ・クロックワークス / ネバダのヒトデ獣
赤茶けた奇岩の林立する荒野を彷徨う、黒髪の美しい騎馬の女。朱と紺の空には、琥珀の月。女、ジェーン・クラストルは鞍袋から細長い紙巻きを取り出した。指をスナップさせると、火が無から生じた。
*
ランドリーが目を覚ますと、陽は既に陰り、騎兵隊の姿はなかった。仲間に置いて行かれたと認めるのには時間が必要だった。それにしては、人だけが消えていて、物はすべてそのままだった。
火を焚いたのは必ずしも迂闊とはいえない。野獣にはそのほうが安全だし、手元には銃もある。
斬。
最初の一撃を躱せたのは幸運。次を銃身で受け止めたのは必死、それでおしまい、その筈だった。
「邪魔するの?」
眼帯・碧眼の優雅なドレスの女が振り向くと、ジェーンが、心臓部に複雑精緻な見慣れない機構を持つ古めかしい銃で、女に狙いを付けていた。
「あんたのことは知ってる。眼帯無限人斬りロシア女のアナマリー」
「ふうん」
アナマリーは照準をあまり気にした様子もなく、持っていた刀を放り捨てると、同じ鞘からまた、新しい刀を抜いた。
「でも、依頼だから、殺すわ」
瞬間、身を伏せていたランドリーの全身に痛みが走った。
その時、聖なるメイフラワー誓約の名の下に選帝の命運が彼を魂から分解して再構成し、星条旗のはためくイメージとともに、作り替えた。光が収まり、荒い息をつく彼の半ズボンからのぞく右の太ももには、痣のようなローンスターの刻印が生じていた。
「イレクター、選ぶもの、羽化するところ、初めて見た」
ジェーンは、一瞬、痛ましい表情を見せ、そのまま無言で愛馬に拍車を掛け、ランドリーを首根っこで拾い上げた。苦悶するランドリーには認識できないが、斬、弾、斬、弾、空気を刻む一瞬の攻防ののち、遠ざかる。
アナマリーは何か考えていたが、やがて何処かへコールした。「ウラジーミル……宇宙から来た細胞って、まだ取ってある?」
直隷コロンビアでの《天命の計数》まで、あと、二ヶ月。
【続く】
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