万津人0008:兼松卓也
工場の仕事を辞め、アパレルの道へ。
兼松卓也です。1983年生まれですね。生い立ち……高校からでいいですかね。地元がずっとこっちで、小中高ずっとこっちで、高校卒業して、まぁ高校が工業高校だったから、そのまま何もわからず就職活動して、その流れで普通の工場に勤務して。
そこが三交代制の工場で、6年くらい働いてて、まったく喋らない仕事。もう、目しか明いてない、マスクして、黙々とする作業工程で、もうずっとこのままなのかと、どうなるんだろうと思って、将来とか。楽しくないし、もちろんお金は良かったけど、多分喋らない仕事だったから、その反動で接客業したいっていうのもあって、で、23、4歳の時に、そこの工場辞めて。
で、そこから何しようという感じで、何もまだ決まってない状態で辞めてっていう感じだったんですけど、知り合いに、洋服屋さん募集しているよっていうのを聞いてて、あ、じゃあちょっと聞いてみます、って話して、その流れで洋服関係の仕事に就くようになって。それが25歳位、ですかね。
その前の勤めの所、セレクトショップで6年働いて、6年働いているなかで、いろんなブランドだったり、ジャンルのものを取り扱っていたので、そこで好き、嫌いというか、自分の好みで、「この洋服いいな」とか「自分はこういうのしたいな」とか、店内のディスプレイを含めて、いろいろ、だんだん絞れてきて。
で、31、2歳の時に、今のお店で独立した流れで。6年間アパレルで働いていたから、今のお店のスタイルも出来たし、もしいきなり独立だったら、多分全然自分が見えてない状態で、店内の雰囲気だったり、色味だったり、洋服のジャンルだったりが定まってないままオープンしてたのかな、って感じ。それで今、この〈toalu〉が、次の4月で8周年って感じです。ほとんど〈RE PORT〉さんと同時期の、っていう感じですね、はい。
toalu のお店づくり。
ライフワーク、ですか。大きく3つで分けると、お店と、家族と、あとはプライベートのサッカー(笑)。もちろんお店がメインだけど、でも妻の仕事上、自分の方がまだ自営業で動けるので、夕方の子供の迎えとか行かないといけないから、夕方の営業時間が、元々19時だったのが18時になって、さらに今は、17時30分とかその前とかに閉めないといけない、という(笑)。
だから、その、家族もメインになっているね。で、サッカーというのは、毎週土日にちょっと、体を動かすためもあって、あとはサッカーメンバーとの関係性で、例えばメンバーの奥さんが買い物してくれるとか(笑)、そういうのも含めて、なんかひとつライフワークになっている感じかな、と。
元々、店は1階で探してて。その、店舗自体を。やっぱ1階の方がお客さん見てくれるし、多分来店人数も全然違うんですよね。前の勤めの時に、2階のお店とかもあったんですけど、やっぱり2階って上り辛さがあったり、緊張感がめちゃくちゃ増すから、2階は考えてなかったんですけど。
でも、この万津町で、お店を出してた友達が、「ここの2階、空いてるよ」ということで、おすすめしてくれて。で、今のこの場所を見に来たら、割と好印象だったんで、元々この1階って思ってたけど、「2階でもありなのかな?」と思って、で、2階で出すようになったんですけど。
お店のコンセプトとしては、2階ということもあって、ゆっくりしてもらえるような空間にしたいなというのがあったので、店内に2、3脚椅子を設けて、洋服を見ながらゆっくりお茶とか飲んだり、っていうのを元々はやってて。今ちょっと、こういうコロナ関係で出来ないけど、やっぱりどこもウィンドウショッピングで終わってしまうなかで、一人ひとりのお客さんと、長くゆっくり、普通のプライベートな話とか、普段の洋服に関係ない話をしながら、買い物をしてもらったらいいかなというのが、コンセプトですかね。
あと、洋服以外にも、店内の音楽であったり、ディスプレイであったり、洋服以外のものでも楽しんでもらえて、なんか違った空間として見てくれたらいいかな、というのはありました。
結構、単価がいいやつをいれてて、もちろん高いっていうのは質が良かったり、例えば今冬のニットだと、肌触りの良いやつとかをなるべくいれるように、チクチクしないようなものとか。安ければ売れるわけでもなくて、安くても質が悪かったらもう買ってくれないし、いいものを長くつかってもらって、またここで買おうとか、特別な人にプレゼントしようとか、そういうのもあるので。なのでなるべく、安価過ぎるもの入れないようにしてます。一枚売るのも大変だけど。一つひとつ、どこを切り取っても絵になってくれればいいかな、というのはあると思ってます。
いい距離感で切磋琢磨する、お店同士のつながり。
万津町に関しては、ここが絶対良かった、といった想いは実は無くて。なんだったら、ここの万津町って埋立地でもあるんですけど、前はあんまりいいイメージが無くて、今の子たちは知らないかもだけど、鯨瀬って言って、ナンパスポットだったり(笑)、ちょっと怖いイメージがあったので、あんまり万津町で……というのは無かったんですけど。
で、だいぶ前に、自分が前の勤め先で働いていた時に、それこそリポートの中尾くんとその奥さんの千草さんとかが、「万津町いいよ」という話をしてて。その時はそうかな?とか思ってたんですけど、実際、お店を探すにあたってこの町を一日ずっと歩いてみて、やっぱり昔の感じも残りつつ、駅も近くで、その時は五番街も、ショッピングモールも出来てきてたし、なんかこの空気感というか、場所としての空気感が良かったんですよね。
昔のイメージとはまったく逆のイメージになってたというのがあって、で、さらに、さっき言ったように、万津町でお店出してた友人が、「2階空いてるよ」と言ってくれたから、ここを見つけられたというか。その一言が無かったら、この2階を見てなかったかも知れないし、自分は違う場所にしてたかもしれない、という。
万津町での思い出は、その、自分が7、8年前にお店を出すタイミングで、ほんと、美容室の友達だったり、この万津町の。中尾くんのリポートだったり、今は無いけど友人がいたお店だったり、昔からあるこんにゃく屋さんの友人だったりとか……。なんか一人のお店だけど、一人じゃなく出来たというか、ちょうどいいタイミングで周りに友達が、知ってるメンバーがいたから、スムーズに出来たというのがあって。思い出といえば、そのおかげで楽しくオープンできた、というのがありますかね。
もちろんドキドキ、緊張はあったけど、同じ時期にオープンしたメンバーがいたから、切磋琢磨して出来たという。もちろん、うまくいかないこともあったけど、すぐ近くに相談できるメンバーがいたから、万津町の思い出でいうと、やっぱり、それぞれ個人のお店だけど、いい距離感で仕事を出来てるってことですかね。それは継続して今も、って感じですかね。ちょっと思い出と違うかもだけど、まあ、そんな感じで。
オープン前、万津ならでのルーティン。
万津の好きなところは、やっぱり、すぐ近くに港があったり、海があったりとか、今はあんまり出てないけど、船が出る音だったりとか、そういうのが間近で感じられて、身近でそういうのを聴けて……。で、ちょっとオープン前に散歩してとか、コーヒー飲みながら港周りを歩いて、というのでも、前の勤めの時とか、その前の工場の時ではありえないことなので。そういう気分転換ができるのが、この万津町のいいところですよね。
あ、もう自分のルーティンにしているのが、オープン前に必ず、もちろん今日もそうですけど、雨の日でも雪の日でも、オープンする前は、すぐそこに、神社があるんで、そこでお参りしてというか。「今日もよろしくお願いします」みたいなことを一言っていうのは、徹底してやってるかなと。そういう場所がすぐ近くにあるのは、ホントに良かったなって思いますね。
ちっちゃくても続けるのが、一番大事。
お店を始めてからのこの8年、一番大きな変化は、この万津町、「万津6区」内を歩く人が完全に増えたこと。お客さんが歩くきっかけになったのは、うちのお店にしても、他のお店さんにしても、お店があるから、その場所に行くために散策してくれた、歩いてくれた。それでも今まだ、五番街までしか行ったことないんですよ、っていう人もいるけど、それでも飲食の店とか増えてるし、結構こっちの、万津6区エリアに足を運んでくれている。
6年後、9年後の予想、ですか……。そうですねえ、まず万津町の6年後、9年後は、割と今、空いている店舗が埋まってきてるなかで、今ある店舗はこのまま、お客さんがずっとついてきてくれて継続していくのが一番いいし、それは自分のお店もそうだけど。でも、もちろん今の世の中だから難しいこともあるし、新しいお店が加わって、飽きが来ないような万津町になり続けてくれても嬉しい。そのなかで、自分のお店がまだあったら嬉しいですよね、万津町の6年後、9年後、そうなってほしいな、っていう。
自分の未来の第一は、まず、継続してお店があること。さらに、6年後だともう創業14年とか、9年後だと17年とかだから、自分が今年40で、46歳とか、49歳とか。うち、レディースがメインのお店だから、多分もう、そんな50歳前後のおじさんが、かわいいレディースの服売ってるのも、ちょっとお客さんがどうか分かんないんで(笑)。なので、自分の未来としては、誰か同じような感性というか、接客とか販売が出来るスタッフさんがいて、で、また自分が新たな試みが出来る仕事が出来てたらないいな、と思います。
toaluで別の事業をするのか、別の場所にお店があるのか、同じ場所で拡大するのか……もう、このtoaluのまま、ただスタッフが増えてる、という感じかも知れないですね。まあとりあえず、継続してお店があることが大事。ちっちゃくても続けるのが、一番大事かなと思います。
取材・文:松本 拓馬(長崎県立大学)
写真:永田 崚(tajuramozoph)
編集:はしもとゆうき(kumam)