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ルッキズム(五)

俺は答辞を読み終わった後の大きな拍手に酔い痺れていた。野球部を引退してからも毎日欠かさず練習はしていたが、今日くらいいいだろうと思い、手に取ったグローブをカバンに突っ込んだ。
腹が減って来たので、ショッピングモールで何か食って行こうと学校を後にした。チャリンコのペダルがいつもより軽い。高揚感というのはこういうものだろうか。市大会の決勝でノーヒットノーランをした時は嬉しかったけど、高揚感はなかった。俺はこんなもんじゃないと思っていた。大谷翔平を超えるためにはこんなもんで満足していられない。
ショッピングモールが見えて来たので、練習をサボった分、最後の坂道を全速力で漕ぐ漕ぐ。自転車置き場にチャリンコを停め、ノースフェイスのデイパックを背にしてショッピングモールに入った。
金曜日のモールは混雑していた。エスカレーターに乗り、二階にあるスタバに向かった。スタバはガキがいないし、静かでリラックスできる。BLT石窯カンパーニュとダークモカチップフラペチーノを今日は頼もう。野球部のメンバーと一緒の時は仕方なくマクドに行くけど、本当はあそこは悍ましいと思っている。
赤ん坊の泣き声や走り回るガキども。
うんざりだ。その点スタバはそういう輩は少ないし、何よりも落ち着ける。
貧乏人の巣窟みたいなマクドは嫌いだ。
俺のようなエリートが行く場所ではない。注文の列に並んだその時だった。背後に殺気めいたものを感じ、振り向くと女が刃物を持って迫ってきた。俺は咄嗟に刃物を持っている左手を掴もうとしたが、俺の右手は空を切り、次の瞬間右腕に激痛が走った。左手で右腕を押さえると果物ナイフがカタンと床に落ちた。
逃げて行く女、俺のことを抱き抱えるようにして叫ぶサラリーマン、店員のくちびるが救急車と動く。ストレッチャーから見る夕陽が綺麗だった。

「9回の裏、大阪僧院高校は満塁のチャンス。東海大相撲高校は外野がグーンと前に来ました。2塁ランナー帰れば、大阪僧院高校はサヨナラ逆転勝利で甲子園春夏連覇となります。ピッチャー鏑木君、セットポジションに入ります。おっと、キャッチャーがマウンドに行きます。鏑木君は何回も大きく頷いています。こういう土壇場でのピッチャーの心理状態はどのようなものでしようか。長嶋さん」
「そうですね、鏑木君は今大会神奈川県予選から1点も取られていませんからね。このバッターを抑えれば地方大会と甲子園大会合わせて防御率0.00というとてつもない記録を作ります。絶対に抑えてやると思っているでしょうね」
「あ、鏑木君はセットを止めました。大きく振りかぶって投げた」

右腕から流れる血を見ながら、俺は白昼夢を見ていた。

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