企業探偵 デッドソーム

① 1805XX(火)
中央区。公園。幼稚園に併設されてるやつだ。誰でも入れる。不審者でも(俺は違うけど)。蛇口、排水口にジャバジャバとビアを流す。あたりに酒臭が漂い、周りの父兄、お子様達に怪訝な目で見られる。…俺だってこんなことしたくない。したくないけど、さっき叩いた蚊の死骸がビアの缶に入ってしまった。…クソ、信じて欲しい。中身を捨てなきゃ缶も捨てにくい。そのまま飲むのも考えたが…いっそう惨めな気持ちになりそうだからやめた。

俺の名前は**。サラリーマン。事務職。担務は人事とか総務とか。大学を出てから、自分的には結構頑張ってきたつもりだが、一般基準ではイマイチとのこと。まぁ、ワカンねぇよな。

それで、今日は平日だが、振休なので昼から飲酒している。

しかし出社の義務は無いものの、それは職責から離れたことを意味しない。しかたない。今日は夕方からdv未遂者の張り込みなのだ。

…? それが仕事だって?疑問はごもっとも。俺もそう思う。

俺の勤め先の親会社は元国営で、民営化した今でも結構な大企業だ。社員もほとんどみんな見かけ程度には優秀。しかし、そんな所にもやらかす奴は当然いる。借金とか、薬物とか…、社内(外)風紀違反(discipline_violation)容疑者。そんな彼(彼女)らの私情調査も、人事部門下っ端の仕事というわけだ。当然私情調査になど会社の予算が使えるわけも無く、すべからく自前でやるしかない。アウトソースも論外。というかこの調査自体、昇進・昇進時の決裁者のリスクヘッジでしかなく、そもそも人事担当による私情調査なんぞに正当性も信憑性も感じることが出来る程の重篤社会人は相当に稀だろう。(しかし、弊社のような大企業の子会社だと決裁者も完全な一社員でしかなく、一生を過ごす職場において(皆が皆、定年を目指す閉じられた社会(と本人たちが思っているであろう状況))、とにかく‘みそ’がつかないように、余計な溝に落ちないように過剰に気を張る、という心情は理解できなくも…どうだろうか。)当然、非正規活動だから、活動は勤務時間外または休日に行うことになる。ふざけやがって!…まぁ、なんでもいいか。

さて、とりかかるまで時間はまだたっぷりある。だが…クソッタレ…。とりあえず、ビアを買い直して、二郎にでも並ぶか…。

② 1805XX+1(水)
夢。夢だ。夢を見ている。ビルの屋上でカレーうどんを食う夢。コンビニの。スープを啜ろうとしたが、粘土が高い。これはもはや「あん」だ。麺を持ち上げようとしたが、やたら固く持ち上がらない。その上、理不尽にあんが跳ねまくる(麺が持ち上がっていないのに、勝手に飛び散って容器を超えてくる)から、まいってしまう。

…そうだ、屋上だ。今日も訓練だ、飛び降りの。明晰夢を見るとき、俺は必ず飛び降りの練習をする。いつでも飛べるように。

どこからリスタートかなぁ〜。

ひとりごちる。これがポイント。普段から死ぬとリスタート地点に戻ると考えるようにする。アファメーション。日頃の積み重ねこそが、己を拡張し遠くの目的地へと近づけさせる。

ゆっくりビルの淵まで行き、(手すりはない)高さに怯みつつも、2.3回勢いをつけてジャンプ。落ちていく感覚。…しかしすぐに浮遊感。体全体が宙に浮かんでしまう、フワッと。

…。

まぁいいか。とりあえず、大した躊躇もなく飛べた。オッケーだ。

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3度目の目覚ましがなり、流石にこれ以上やると要所要所で走らなければいけなくなるため、渋々起きる。虫のような気持ちで支度をし、出勤開始。5、6歩に一度のペースで溜息。加えて溜息を自己認識する度に確立で深い溜息をつく。

昨日の張り込みはクソだった。それに頑張って並んだ二郎もよくわからなかった。あとコンビニのプラ食器には、何故レンゲの形はないのだろう。とにかく惨めな気持ちだった。このテンションで出社すれば、ほぼ間違いなく間違いが起こるだろう。電車でつり革に体をあずける。自分の斜め向かいの椅子が空いたが、他の人に座られてしまった。

③ 1805XX+2(木)
この店に来るのも、もはや3日目だ。
場所は神保町周辺のカフェ、食堂?外国人向けの安ホテルに併設されており24時間営業。国際色豊かなメニューに加えアルコールの提供もしている。そこで(ビアを飲みながら)23時ごろまで待機(dv対象者の終電の時間とのこと。)。今日も仕事を定時で切り上げて入店し席についている。今19時なのでこれから4時間ほど。程よく入り口が見え、トイレにも近い席を確保出来た。ドリンクはニンジャラガーだ。一番安い価格帯のなかで最もプレミアム感があり、味もバドワイザーに比べてほどほどに濃い。正直の所、残してきた仕事のことが頭から離れず、それは何でもいいから殴り倒したくなる程の圧迫感だったが、ビアをいれたら多少調子が良くなってきた。

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最寄駅から降り、何の気なしに公園へ。ここは良い公園だ。自宅から程よく近く、トイレもあるし、地面が砂では無いので靴が汚れない。ベンチに座る。普段は公園の奥、新宿側に座るが、今日は方南町側に座る。こちらは通りに面しており、日中は人通りが多い。サッカーコートに併設されているため、このあたりでは一番視界が広く、新宿のビル郡が過不足なく見える。

コートに高く張られたネットがそれぞれの明かりをグリッド上に区切っていたのに風情を感じたので、写真を撮った。

途中でゲトったビアを飲む。アサヒのロング缶。アテにチキンフライ。ほとんど油がかかった豆腐の味しかしない。長く少ない経験の中から、これは自身の体調が心身ともにあまり優れないことを意味しており、自分に必要なことはアルコールと油ではなくビタミンを含んだオーガニックな物事であることは分かっていた。しかし改善のための具体的な行動は何も思いつかなかった。

ラッパの音。以前、夕方にこの公園で読書していたときに聞こえたフレーズはどんなだっただろうか。近くの学校、吹奏楽部の練習から漏れ出たそのフレーズは、夕暮時のアトモスフィアだけでなく摂取したアルコール量の関係もあり、とても良い感じに聞けたものだった。例えるなら、オールドスクール探偵映画のBGM…、歩いてきた探偵がビルに入った後に、カメラがパンしてストリート(恐らくNY)を写す時というか、探偵が目的地までドライブする時の時間経過、空白さを表現する感じのやつというか。退社時よりイヤホンは差していた。ここ最近、何も流す気になれなかった。

④ 1805XX+3(金)
今日も会社に行き、退社後、また例のカフェでビアを飲んだ。終業前、同僚に夕食を誘われたが断った。

⑤ 1805XX+4(土)
今日は休日出勤だ。俺の担務のうち、採用活動は大きなウェイトを占めている。希望者の多くは現職についており、休日の選考を希望するためそれなりに土日の出勤は多い。しかしオフィスに自分一人という状況は自分の仕事を進めるには大変適しているため、普段から進捗が激しく滞りがちな俺はこの状況を比較的歓迎していた。選考を終え、希望者をエレベーターまで見送った後、自席に戻り、一つ一つの作業時間を見積り今日の終業時刻までの予定を立てる。優先度の高い順に手を動かし、終わった作業にはチェックを入れる。メールなどは送信せずに一時保存、週明けにまとめて送信する。上司から電話。

「例の件、君の言葉で言うと、dv案件、だっけ?あれもういいわ、ありがとう。ちょっと、他社とはいえグループ内の人事情報だから共有できかねますが、うん、管轄から外れるみたい、…うん。あと、そのdv案件、だっけ、その言葉は使うなよ、え…、あの件、っていえば通じるだろ。変な目で見られるぞ、まったく。あくまで善意でちょっとお願いしているだけなんだから。はい、ご苦労様、ご苦労様でした。」

⑥ 1810XX(水)
ホットサンド作りについて。

俺はまず、メニューを決めること。そこから始める。考慮すべきポイントは2つ。冷蔵庫の中身+使える食器の数だ。特に重要なのは食器の数だ。俺が持っている食器は少ないし、当然昨日、一昨日の食器がまだ洗われずにシンクにあるはずだから、使える食器は相当限られる。

ここで調理前に洗う必要が出てくると、じゃあ食わなくてよくね、めんどくせぇ、そもそもなぜ俺は…となる。非常に重要なポイントだ。

今日は幸いにも、大皿1枚、スプーン1本、マグカップ2杯が清潔な状況で残っていた。
正直ありがたい。昨日までの自分に感謝しよう(実際、した)。

昨日の方角に向けて3回礼をし、香を焚いたら、そこから初めてメニューの考察をする。
基本的にホットサンドの中身を構成する要素は以下の三つ。メイン(肉)、野菜、調味料だ。これを今あるリソースの中でそろえることになる。勿論、上記の内容をそろえなくてもいいが、それが何になる?最低限の形式の上にこそ、創意工夫は成り立つのだ。

ギタボ・ベース・ドラム、2つのタンテにミキサー、808・909と303(*2)…、そういう類の話だ。

まず、包丁とまな板が(洗って)無いから切る系のメニューはだめだ。つまりハムは使えない。ツナは鉄板だが、あえてここはフライを使う。今日は良いコロッケが手元にある。ローソンで100円/6個だった。

次に野菜だ。これはカットレタスが冷凍してあるからそれを使う。メインによってはもやし、冷凍温野菜なども考えられるが、ここでは必要ない。

調味料は…、あいにくうちにソースは無いので、ハインツでいいだろう。更に…、大量に仕入れられた例の卵も使おう。よし、マックの何かみたいで旨そうだ。

早速調理に取りかかる。

まず、皿にパンを並べバターを塗る。大抵、バターはブロックから切れない、冷えて固まっているからだ。スプーンを数秒コンロで暖める。

ブロックから分ける際は気持ち小さめにするのがポイントだ。どうせパンに塗るのにはそんなに多くは使わない、使う量が少なければ、それだけエコだ。バターなんてまったく腐るものではないし、事実俺はこのバターブロックを2年にわたって使い続けている。3年目にも当然もって行くつもりだ。

次に卵の仕込だ。パンに直接卵をおとすのは少しWetに過ぎる。もし、他人が同じものを作るとしたら、恐らく卵から始めるだろう。こういうのはリードタイムがあるものから始めるのが鉄則だからだ。ゆでる時間、焼く時間、先方の見積りを待つ時間、上司のハンコを待つ時間…、くそったれ!

しかし俺料理の場合、使える食器が限られているのが特徴の一つだ。

考えてくれ…さっきバターを塗るのに使うスプーンでこれから卵をかき混ぜるわけだが…、逆ならどうなる?卵だらけのスプーンでバターを切る、なんてナンセンスだろう。

予告ホームランのごとく、俺はマグカップに卵を割り、スプーンでそれをかき混ぜた。そしてパンに付いた過剰なバターをすくって混ぜ(やはり出しすぎたのだ)、かるく塩胡椒、そのままレンジにドロップ。タイマーは…500Wで1分、といったところか?

次に、食器乾燥ラックに釣られたダブルのバウルーを取り出し、調理台に広げる。

いよいよ盛りの作業に入って行くわけだが…、俺は無感情に下側のパンをセットした。毎回やっていることなのだ。当然バターが塗ってある方が外側だ。その理由を俺たちはすぐに知ることになる。

ちなみにパンは最寄スーパーのプライベートブランド、8枚切りだ。本来はパスコがメーカー推奨だが、プライスが倍も違うとしたら、はみ出したくもなるものだ。

セットしたパンに、ハインツのマスタードをたらし、スプーンで塗る。ここでおろかにもバターを逆側にしたやつは気づくだろう、失敗したと。そう、バターが’からし’をはじくのでうまく広がらないのだ、逆だと。

問題なく’からし’が塗れたことで、俺は今飯(コンメシ)の成功を確信しながら冷凍庫を開けた。メインのコロッケを袋から取り出し、パンの上へ並べる。残弾の入った袋はすぐに輪ゴムをし、再度冷凍庫へ。淀みのない、訓練された動き。

バウルーの上、パンに乗ったコロッケが二つ。それはボバに、父親の背中と、彼のトレードマックであったジェットパックを思い出させた。ハンガーにて、ユアンマクレガーに向かっていった時の。そして力及ばず断首された時の。

俺がおもむろに振り返った時、丁度レンジがアップした。シャッターを開け、油断なく(ラップはしなかったが、レンジは汚れていない、マグカップもいうほど熱くない。)マグカップを摘出する。そしてマグカップからバウルーへ、ボイルドエッグを移し、二つに割った。

冷凍庫からレタスを取り出し、何度か台所の'ふち'でしばいた後、それもバウルーにふりかけた(ボイルドエッグの熱で、瞬時に解凍されるレタス)。

その上に具材が散らばらないよう、スライスドチーズを被せる。最後に逆側のパンを慎重に乗せ(当然、バターを塗った面が外側だ)、慎重にバウルーのふたを閉じる。

圧縮される具材、…自分。

ハンドルの金具を掛け、コンロに乗せる。最終工程に入る前に、今までのオペレーションに抜かりは無いか確認する。

衣類も含め、必要以上に汚れたもの…無し。
冷蔵庫へしまい忘れたもの…無し。

全て問題なかったので、コンロに火を入れた。また、別デッキ上のヤカンにて抜かりなくコーヒー用のお湯を沸かす。何度かひっくり返しながら焼き目を見る。3分ほどで完成。インスタントのコーヒーとあわせ、食卓につく。BGMはスライ、TVはつけない。食う。

…コロッケが完全に凍ったままだ。

⑦ 1805XX+5(日)
中央区。公園。幼稚園に併設されているやつ。
今日は学生時代から利用していたレンタルCDショップの最終営業日だというので、セール目当てにやってきたのだが、想定外の行列に心が折れ、付近の公園で途方にくれている。

平日と比べて人気はない。階段でビアを飲む。アサヒのロング缶。

手持ち無沙汰で携帯をいじる。先日撮った夜景の内、使えそうなのは画面端の街灯とベンチだった。良い具合にトリミング、SNS上の自曲に添付しようとするが、携帯からは出来ないようだ。

缶を捨て、最寄駅に向かう。

一つ通りを挟んだ向かいに例のカフェがあったが、気にせず通り過ぎた。

<終>