見出し画像

#2 私たちは活火山を秘めている

ランチ同行という初依頼を終えた私は、すぐに次の依頼現場へ向かった。
初依頼の日程調整をした直後、別件の依頼が同日に飛び込み、時間調整がうまくいったため、この日は依頼をはしごすることにしたのだ。

2件目の依頼は「進路相談」だった。
ご本人ではなく依頼主のお子さんの「進路相談」である。
中学三年生になる娘さんがどうやら「文系」のようで、依頼主は「理系」のため、進路相談に乗ろうにも実体験に基づいたアドバイスができず、また今後の進学や就職といった将来についても、どんな選択肢があるのか想像がつかないので話を聞いてほしい、というのが依頼内容だった。

そもそも私はレンタル人間サイトのプロフィールに最終学歴も文理の区分も記載していない。していないのだが、偶然にも私は私大文系卒だったため、自分の経験で良ければ少しは役に立てそうです、という返事をして依頼を受けることにした。

初依頼主の背中を見送った場所から、次の待ち合わせ場所に指定されたビジネス街のカフェへと向かった。休日のためかそのビジネス街の一角はとても静かで、人の気配もまばらだった。
時間になると「レンタルの方ですか?」と、真正面から近づいてきた女性に声をかけられた。「はい、そうです」と返事をすると、開口一番「プロフィール写真よりかっこいいですね!」と言われた。
私は実年齢よりは若く見えることはあっても、正面切ってかっこいいと言われることは生涯ほぼなかったため、とても驚いた。言われ慣れてなさすぎて、こういう時どんな顔をすればいいかわからないの、と心の中の綾波レイが呟いたが、近くにシンジくんがいなかったので、笑うこともできずに無表情で「ありがとうございます」と答えた。

後の会話でわかることだが、依頼主は私より一回り以上年上の、あと数年でシニア世代に入る女性で、化粧っ気はないが、直前にジョギングでもしてきたのかな、と思うくらいラフでスポーティな格好がよく似合う余分な脂肪のない健康的なシルエットの方だった。

お店のスタッフに案内された席に座り、頼んだ飲み物が届くのを待ちつつ、早速本題に入ることにした。
持参したノートに私の年表をボールペンで書き、私大文系卒の30代男性レンタル人間のたどってきた半生を説明した。主に、進学や就職時の迷いや、当時自分の眼前にあった選択肢などについて、当時のメンタル面のバイオリズムも織り交ぜながら、文系らしくできるだけ感覚的かつ具体的に説明した。しかし依頼主は、ふーん、へえー、くらいの反応で、あまり興味や理解を示してくれていないように見えた。
依頼主ご本人が経験してきていない、しかもさっき会ったばかりの得体の知れない男の半生を矢継ぎ早に聞かされたら誰でもそうなるか、と考え直し、一旦、私年表の押し売りをストップし、頼んだ飲み物を飲みながら気になっていたことを聞いてみることにした。

「ところでこういった進路相談って、まずは夫婦間や担任の先生とされるものではないんですか?」

依頼主がよくぞ聞いてくれた、という表情になったかと思うと、堰を切ったように話し始めた。

「私には夫がいますが家庭内別居状態で会話がないんです。家の用事で話さなきゃいけないことはLINEで済ませています」

長いこと夫婦間の会話はないそうで、娘さんが高校に進学したら家庭内別居でなく本当に別居しようと考えているとのこと。夫も依頼主もそれぞれ手に職を持っていて、経済的なハードルはなく、決断さえすれば別居できてしまう状況だと言う。なお、離婚をする気はなく、夫と娘さんは今の家で引き続き暮らし、依頼主だけ徒歩圏内の近くに家を借りて出ていくのが理想だが、娘さんのことを思うとまだ迷っているとのことだった。

「どう思いますか?」と聞かれたので「いいんじゃないですか」と答えた。本心だった。

家庭内で会話のない不仲の両親を見続けるよりも、別居してでもそれぞれが生き生きとしてる姿を見せる方が、娘さんには最初はショックだろうが長い目で見たらいい影響になると思ったし、人生には型にはまらない選択肢があることを知るいい機会になると考えたからだった。
依頼主は否定されると思ったようだが、私が肯定的な意見を言ったことに安堵していた。今回は本心から出た言葉であるが、私は他人の家の事情にあまり関心がないので依頼主の好きなようにすればいい、とも同時に考えていた。

私に肯定されたことで娘さんの進路相談の話は一旦落ち着いたのか、依頼主の世代のことについて話題は移っていった。
依頼主はもうすぐ50歳半ばにさしかかるシニア一歩手前世代。まわりは子育てが落ち着いていたり、そもそもシングルの方もいるが、みな一様にエネルギーを持て余しているという。
60歳を過ぎると定年、自分の健康、親の介護といった課題に直面していくが、今はまだ自由にできる時間と経済力と元気があり、だがしかしそのリミットが近づいきているのもわかる。

依頼主は言う。
この世には、私たちが秘めた活火山のようなエネルギーを発散できる場がない。
世間は安易に推し活をしたらどうかなどと言うが、全員が推し活にハマれるわけではない。
スポーツなどの趣味も同様だ。趣味はあった上で、私たちにはなお消化しきれない活火山エネルギーがあるのだ。
世間とマーケットは、一昔前で言う「主婦」という単語でひとまとめにしたまま、私たち60歳を目前にした「活火山女子(著者命名)」の存在に見て見ぬふりをしている。
見て見ぬふりどころか気づいていない!
私たちはまるで幽霊のような存在だ!

依頼主は続ける。
60歳になる前にはっちゃけたい。
この活火山エネルギーをどうにかしたい。
私にモラルがなければ遊んでしまいそうだ。

そんな話をしているところで、レンタル終了の時間になったので締めることになった。お会計をしてもらっている間、依頼主が「最後に活火山女子の見分け方を教えてあげる」と言った。

「休日の夕方に、住宅地じゃない繁華街やビジネス街で一人か少人数グループでお茶している女性は活火山女子だよ。子育て現役世代だったらこんな場所のこんな時間にいられるわけないから」

今回呼ばれたカフェもビジネス街の一角にあり、時間も日暮れに差し掛かろうとしているところだった。
初夏の過ごしやすい空気のオープンテラスを見渡すと、確かにおひとり様で活火山女子世代と思われる方が数名いた。
依頼主は小さく一人ずつ指差しながら、あの人もそう、あの人もそう、と言った。

帰路、依頼主が発した「モラルがなければ遊んでしまいそうだ」という音像が、その日会った一人目の依頼主の影と重なり、私には今まで見えていなかった幽霊に生の人間の体温を与えた。

私は、自分のチャクラが開いたことを悟った。

いいなと思ったら応援しよう!