#1 これでも私、真面目で通ってるんだよ
「私にはレンタル人間になる素質がある」と閃いた後、それまで存在すらも知らなかったレンタル人間業界のことをyoutubeやWEB記事などで調べ、レンタル人間サイトに登録することにした。SNS上で野良で始めたとて、何者でもない私のところに依頼なぞ来るまいと判断したからである。
レンタル人間サイトの問い合わせフォームから管理者に連絡し、登録に必要な手順を済ませた私は、すぐに全世界に写真とプロフィールと連絡先が公開されることになった。閃いてから2週間も経っていなかった。そうして一人の30代男性のレンタル人間が誕生した。
登録してから3日目に初問い合わせが来た。
内容は外国人観光客の観光アテンドの手伝いだったが、指定された依頼日が本業との予定の折り合いがつかなかったためお断りした。
レンタル人間のサイトに登録して半月。問い合わせは4件になった。
内容は飲み同行、ライブ動員、買い物代行、WEBメディアへのエキストラ出演などだったが、そのどれもがやはり都合がつかずお断りした。
レンタル人間のサイトに登録して1ヶ月と少し経ったある日の昼前、私は初依頼の現場に向かっていた。
問い合わせ7件目にして初依頼の内容は「2時間のランチ同行」だった。それまでの問い合わせは、割と目的がはっきりしている「××で〇〇してほしい」だったため、ランチ同行とは??と思いつつ、現場に到着し依頼主と対面した。
私はレンタル人間になると決めた時、依頼主が話してこない限りは、依頼主の素性はもちろん、依頼を達成するのに必要だと思われる情報以外は、事前にこちらから聞かないスタイルで行くことにした。その方が先入観を持たずに依頼に集中できると思ったからと、単純に面白そうだったからである。
待ち合わせ場所にいた依頼主は私より年上そうな小柄な女性だった。
対面の直前に「地味目な色の格好をしています」と漠然とした情報しかもらっていなかったが、依頼主と私以外には、そこで人を探している人はいなかったのですぐにわかった。
その場で簡単な自己紹介をし、すぐにランチに行くことになったが、依頼主の中では特に行きたいお店は決まっていなかった。どこでもよかったそうだ。お店を探しながら、敬語で喋る私に向かって依頼主は「できればタメ口で喋ってほしいのと、彼氏っぽく振る舞ってくれる?」とオーダーをしてきた。初対面の年上にいきなりタメ口で喋るというキャラクターの引き出しを持ち合わせていなかった私は「頑張ってみますが、慣れていないので敬語がぬけなかったらすみません。彼氏っぽい振る舞いもやってはみます」と敬語で答えてしまい、SASUKEの1stステージ1歩目で即落下したみたいな雰囲気になって焦った。そうこうしているうちにランチのお店が決まった。
お店に入るとテーブル席に案内された。依頼主には奥側のイスに先に座ってもらうよう促し、率先してセルフサービスのお水を持ってくるなど、想像しうる彼氏っぽい振る舞いを心がけた。心がけながら、モラハラ彼氏だったら逆に水なんか持ってこないのでは?など、彼氏像の多様性について考えていると、メニューを決めるターンになったので「これ美味しそう」とか「デザートどうする?」とか、デートで言いそうなことを発しながら自分の食べるものを決めた。
ようやく落ち着いたので、気になっていたことを聞いてみることにした。
「どうして私をレンタルしようと思ったんですか?」
「いつも遊んでる推しのレンタル彼氏が最近忙しくて会ってくれないから、他のレンタル彼氏と遊ぼうと思ったんだけど誰もピンとこなくて。レンタル彼氏以外で探してみたら君がいて、レンタル彼氏より安いから借りてみたんだよね」
なるほど、レンタル彼氏か…。それで冒頭の「彼氏っぽく振る舞って欲しい」というオーダーに繋がるのか、と膝を打った。さらに聞くと、私にかかる費用は普段使いしているレンタル彼氏の1/5程度らしい。
いつまで経っても敬語の抜けない私に依頼主は「君ってすごく話しやすいけど、あまり彼氏っぽくないね」と言った。そこで依頼主の私への期待レベルが変わったのか、そこから先は雑談相手として接してくれるようになった。
ランチを食べながら依頼主は淡々とした口調で自分のことを話してくれた。
依頼主は私より一回り年上の既婚者で夫と成人している子どもがいること。
結婚してからは専業主婦だったが、子どもが成人して時間ができたので平日は福祉施設でボランティアをしていること。
マッチングアプリを使っていた時期があるのと、不倫アプリで出会った人とダブル不倫をしていた時期があること。
その不倫相手が依頼主に沼ってしまい、離婚をほのめかしながら「一緒になろう」と言うようになり、身の危険を感じたので切ったこと。
不倫はリスクがあると考え、レンタル彼氏にたどり着いたこと。
今の推しに出会うまで強烈なレンタル彼氏たちに会ったこと。
一人は、髭を脱毛して肌がキレイだからという理由で実年齢49歳のところ35歳とプロフィールを詐称していた男。
しかも会ってすぐにテクニックに自信があると言い出してホテルに行こうと誘われたこと。(キモすぎて依頼主はレンタル時間を途中で切り上げて帰ったそうだ。)
もう一人はX上で自称「神」と名乗っていて、元カノ(50歳)にX上で誹謗中傷を受けているとカミングアウトしてきた30歳の男。(依頼主もどこからツッコめばいいのかわからなくなったとのこと。)
今の推しは本職が舞台俳優で、雰囲気や距離感がちょうど良いが、稽古や本番で忙しくなると会えなくなること。
そして別に性欲を満たしたいわけじゃないからレンタル彼氏で十分だし、手を繋ぐのも不要であること。
そんな話をして聞いているうちに約束の2時間が経ったため、初依頼はお開きとなった。依頼主がランチ代のレジでお支払いしてくれているのを後ろで待っていると、依頼主はふっと私の方に振り返りこう言った。
「これでも私、真面目で通ってるんだよ」
商業ビルの7Fにあるお店を出て「じゃあここで」と言われた私は、降りエスカレーターに乗って小さくなっていく依頼主の後ろ姿が見えなくなるまで眺めていた。