【小説】少しの痛みと後悔と(喜依)
※注意※
以下のリンクの「ストーカー」を先にプレイすることをお勧めします。(おまけパートの内容なので、おまけパートまでプレイすることを推奨します)
「きーちゃんは強い子だから我慢できるよね」
お姉ちゃんだから。
年上だから。
ニコニコ笑っていて何も言わないから。
それら全てが、私に対する「免罪符」となって、私に嫌がらせ行為をする。
そうして、私の大切なものは誰かに奪われ続けていく。
私はそれらの行為をニコニコ笑って受け入れるしかなかった。
…たとえどんなに嫌だったとしても。
だって、私以外のみんなが笑っているから。
楽しそうな雰囲気を壊したら、どんな仕打ちが待っているか分からないから。
そうやって、私の気持ちさえも、周りから決めつけられていくんだ。
…--私の気持ちなんて、知りもしないくせに。
私は赤くなった頬を摩りながら、対峙する女を睨みつけた。
「はっ、そうやって被害者ぶって何様のつもり?」
睨まれた女は私の睨みをものともせずに、すまし顔でタバコに火をつける。
紫煙が風に煽られ、ゆっくりと立ち上っていく。
女はその煙を美味しそうに吸い込むと、再び私を睨んだ。
「大体、あんたが私の彼を奪ったって聞いてるけど」
どうせ、体か何かで誘惑したんでしょ、と彼女は言うが、私はそんなことをした覚えはない。
大体、体で誘惑も何も、彼とはただの知り合いであってそれ以上の何者でもない。
ましてや、彼女から街中で突然因縁をつけられて呼び出されるまで、彼が彼女の彼氏だなんて知らなかったし。
…はぁ。ほんと何もかもが上手くいかない。
いつのまにかいなくなってた彼女がいたところをぼんやりと眺めながら、私はゆっくりとしゃがみ込んだ。
こんな時、元親友の妃夏や裕の顔を思い浮かぶ。
…--彼らは今、どこで何をしているのだろうか。
もう家庭を持って子供もいるのだろうか?
それとも仕事にまっしぐらで、恋愛には興味ないのかな?
それに比べて私は…。
沢山の思い出たちや、彼らに対する気持ちが胸いっぱいに広がり、なんだか無性に泣きそうになった。
そんなことを思う、権利すらないのに。
私は目の淵に溜まった涙の粒を力強く拭き取り、ゆっくり立ち上がって、家に帰るために足を踏み出した。
✴︎ーーーー
自室があるマンションの郵便受けに何かが入っているのが見えた。
可愛らしいリボンのあしらわれた招待状のようだった。
だけどそれ以上に私を驚かせたのは、封筒に書かれた名前だった。
「中森、妃夏…?」
先ほどまで頭の中にいた彼女。
私が自らの手で縁を切ってしまった彼女。
身勝手な理由で怖がらせるようなことをしてしまった彼女。
まさかそんな彼女から招待状が来るなんて思っても見なかった。
私は急いで手紙の封を切った。
ここが自室かどうかなんてお構いなしに。
中に入っていたのは結婚式の招待状と一通の手紙だった。
私は震える手で手紙を開いた。
✴︎ーーーー
きーちゃんへ
お元気ですか?私は元気です。
きーちゃんと絶縁して、はや数年経ちましたが、いまだにきーちゃんとの思い出が脳裏によぎります。
聡明なきーちゃんのことだから、どうして私の住所を知っているのとか、どうして招待状が届けられているのとか、いろんなはてなで埋め尽くされているかなと思います。
住所はきーちゃんと交流のある人に伺いました。
…私はきーちゃんを呼ぶかどうか、かなり迷いました。
だって、ストーカーになりすまして嫌がらせの手紙を届けた犯人なんだから。
本来なら赦すべきではないと思います。
事実、事件後はかなりきーちゃんや和泉くんのことを恨みました。
どうして、私がこんな目に。そう思いました。
だけどね、どんなに恨んでも、憎んでも、きーちゃんと過ごした楽しい思い出が蘇ってくるの。
そりゃそうだよね。ずっと一緒だったもんね。
ゆーちゃんときーちゃんといろんな場所に出かけて、笑い合って。馬鹿やって、時には喧嘩もして。
そうやって3人でずっと過ごしていたから、だからきーちゃんのことを憎みきれずにいるんだ。
だから招待客の中にきーちゃんを入れるか迷っている話をしたら、彼が「妃夏の意思を尊重する」って言ってくれたんだ。
そして「やらずに後悔するより、やって後悔した方が俺はいいと思うけどな」って。
だから私は、本当の意味できーちゃんのことを許して、また3人でずっと一緒にいたいから、きーちゃんのことを招待することに決めました。
だけど、きーちゃんの予定もあると思う。
だから強制はしないけど、どうか結婚式に来て欲しい。
妃夏
ーーーーー✴︎
「どこまで、あの子はお人好しなのよ…っ!」
あんな酷いことをした私を赦すって、馬鹿げてる。
だけど、と同時に思ってしまう。
「本当に、赦してもらえるの…」
分からない、あの子のことがまるで分からない。
…分からないけど、私も彼女達ともう一度一緒にいたい気持ちもある。
複雑な気持ちを抱えたまま、私はその手紙と招待状をカバンにしまい、自室に向かうエレベーターの上のボタンを押し、エレベーターの到着を待つのだった。