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魔法のベーグル② ~魔法で若返ったらなぜかアイドルデビューして推しと結婚していたハッピーエンディング・ラブストーリー~(創作大賞2024投稿用②)
全世界にファンを持つグローバルアイドル
第四世代の中でも突出した売上げを誇る
実力・人気共に急上昇中の成長型スーパーアイドル
全員モデルクラスのビジュアル
その名は
E-yennph(イーエンフ)
彼らのライブは今や、世界一チケットが取りにくいとさえ言われている
ソウル蚕室(チャムシル)総合運動場メインスタジアム
本日は、10グループのK-POPアイドルが出演する「VERSE歌の音楽祭」が開催されている
4万人の大観衆のうち、おそらく四分の三以上はE-yennphのファン――Yenn(エン)たちだ。
今、その恐るべき数のYennが熱狂して叫んでいるのは
E-yennphメンバー1人1人の名前――
시우(シウ)22歳 メインボーカル・リードダンサー
奇跡の歌声 趣味 音楽鑑賞・作曲・バスケ・サッカー
윤우(ユヌ)21歳 リードダンサー・サブボーカル
色白の姫君 透明感のある中低音 趣味 音楽鑑賞・作詞・ショッピング
선호(ソノ)19歳 メインラッパー・グループリーダー
ボス(問答無用のリーダー) 趣味 料理・読書
재하(ジェハ)19歳 リードダンサー・サブボーカル
愛すべきわんこ 趣味 スキンシップ・カメラ・寝ること
료마(リョーマ)18歳 ダンスリーダー・リードラッパー 日本人
ダンスの天才 趣味 寝ても覚めてもダンス・絵・バスケ・サッカー
「このマイク、音出てないよ!」
「すぐ変えます!」
ステージ裏は、アーティストの出演直前まで緊張した雰囲気が漲っている。
カバーステージを終えたみもりは、ドキドキしながら、舞台袖で円陣を組むE-yennphのメンバーたちとすれ違う。
自分の衣装はすごいミニスカートで、しかもフワフワと透ける素材のもので、魔法がかかっていなければ恥ずかしくてとても歩けない。
だが、今のみもりは堂々と歩いていた。
Yennだった自分が、まさかこんなふうにE-yennphの前のステージに出て、彼らとすれ違うような現実を味わうことになるとは。
昨日は、Les petits bijoux(ルプティビジュ)の一員として、練習室で夜中までのハードな練習もこなしてきたし、録音スタジオで歌の録音もしてきたし、今日はリハーサルまで経験してきた。
夢のようだ。
これが夢なら覚めないで欲しいし、魔法なら解けないで欲しい。
「!」
すれ違いざま、シウの指が一瞬自分の指先に触れて、心臓が飛び跳ねる。
「!?」
恐ろしいくらい形の整った赤い唇の端が、ほんのわずかに歪んだような。
素知らぬふりで行き過ぎてゆくシウは、もうみもりに背を向けていた。
音を立てて息を呑みそうになったみもりは、かろうじて目を大きく瞠るだけでやり過ごす。
(シウったら)
いたずらっ子なのだ、シウは。
シウペンだったみもりだは、ファンとしてシウの性格はよく知っていた。
が、よもや自分が直接シウにそんないたずらを仕掛けられる立場になるとは想像もしていなかった。
それ以前に、まさか自分が推しグルの舞台裏をこれほど間近で眺める日が来ようとは!
「イーエンフ、歓声すご」
「最近ますます人気出てきてない?」
「こないだのカムバからこっち、ハンパないよね。まだ彼らの出番じゃないときも、ちょっと映像が出ただけで悲鳴あげてる子いたし」
「まだ若いのに迫力。シウとか歌めちゃくちゃうまいもん」
「うん! シウは練習生だった頃から天才って言われてたから!」
ソア・ピンクダイヤモンドが、完全にファンの目になってシウの後ろ姿を見送っている。
「ソア、ばっっかね! そんなの記者に聞かれたら記事にされちゃうよ! うちはあんたのビジュアル命なんだから! あんたがシウペンなんてバレたら、mimi(ミミ・ルプテのファンダム名)も減っちゃうんだからね!」
リーダーはさすがに厳しい。
みもりはドキッとしながらその言葉を聞いていた。
かつては強烈なシウペンだった自分。
いや、今も同じだ。
シウを応援したい気持ちは誰よりもある。
なのに、今の自分は、シウの…………奥さん……!!!!!
※
「ちょっとちょっと! 大変!」
みもりたちがルプテの控え室に戻ってからまもなく。
にわかに廊下のほうが騒がしくなった。
様子を見にいっていたマネージャーが戻るなり言った。
「E-yennphに脅迫状が来たって!」
※
「シウ! どーしてこんなところに……」
「しっ!」
シウに口を押さえられて、みもりの目がまんまるになる。
「大きな声を出しちゃだめだよ」
ごくごく間近でみもりを見つめてくる推しに、みもりはこくこくとうなずき返した。
バックヤードの控え室は百を超える。
シウがみもりを引きずり込んだ小さな部屋はそのうちのひとつで、用具置き場になっていた。が、まったく人が入ってこないと補償されているわけではない。廊下からは人の声が響いてくる。
あらゆる意味で、みもりの心臓は口から飛び出しそうだった。
「脅迫状が見つかったって聞いたよ」
「うん」
ようやく落ち着いたみもりの様子を確かめて、シウが押しつけていた手をそっと離す。
ロッカーを背にシウの身体との間にはさまれて、あまりの近さに気を失いそうだったが、それどころではない。
みもりはキッと相手をにらんで、クラクラしそうになるのを我慢した。
「後半のステージに出たら、E-yennphのメンバーを傷つけるって書いてあったって」
言いながら泣きそうになる。
そんなみもりの涙を止めるかのように、シウの指がみもりの頬をそっと押してくる。
涙目で見上げるみもりに、シウが言った。
「脅迫なんていつもだよ。僕らにはめずらしいことじゃない」
「でも、こんなステージのある日にわざわざ控え室にメッセージを残すなんて」
「控え室は出入り自由だ。誰でも入れるよ」
「そんな」
みもりはシウの目を見つめた。
こんな間近で推しの目を見つめたことなんかない。。。
カラーコンタクトを入れているせいで、右と左で色が違う。
薄いブルーと、燦めく銀色。
謎めいた未知のヴァンパイアのようだ。
「それで、この後のステージは? どうするの? まさか出ないよね?」
「リハ通りにやるだけだよ」
シウは決意している。
こういうときのシウが意見を変えないのは、どういうわけか知っていた。
「だ、だったら警備を増やして……」
「ミモ」
深みのあるシウの声は真剣で、みもりはドキッとした。
ミモリの「リ」を略して近づくときのシウは、大胆不敵なときか、傷ついているときか、どちらにせよ心が大きく動いているときだ。
シウは少しの間黙りこみ、じっとみもりを凝視(みつ)めてきた。
「な、なに?」
それ以上長く凝視められたら、倒れてしまう。
それでも目を離すことはできない。
この視線につかまったら、もうどこにも行けなくなる。
「シウ……」
シウの親指の先がみもりの唇に触れ、微かに圧してくる。
キス。
予感は正しくて、シウは頭を傾け、みもりの口を自分の口で覆ってきた。
「……ん……」
信じられない。
推しとキスしてるなんて。
そう思う一方で、このキスがごく自然で、まるで生まれたときから知っていたかのような親しみを感じるのはどうしてだろう……?
「脅迫状は、僕宛てに来たんだ」
「…………」
身体の奥がじんとして、しばらくの間、言葉は頭に入ってこない。
「…………え?」
「僕を名指ししてあった」
「そんな。なんでシウを」
「犯人の狙いは僕たちじゃなかった。僕がステージに出たら、僕の大切な人を傷つけるって」
「大切な人を?」
言われている意味がのみ込めず、みもりは一瞬ぽかんとしてしまう。
「あ、おかあさんとか……?」
思えば、ばかなことを聞いたものだ。
いつものいたずらっ子シウなら笑っただろう。
だが、このときのシウは何も茶化さず、首を横に振っただけだった。
「ミモ」
ゆっくりと身体を抱き寄せられる。みもりは一瞬くらっとなった。
「よく聞いて」
耳もとでシウの低い声がする。
「相手は僕がきみと結婚していることを知っている」
「!?」
今のK-POPアイドルとしての運命は受けいれても、究極の推しだったシウと結婚したという自覚は、いまだにはっきり持ててはいない。
だが、このときみもりは、自分のことよりもシウの立場を一瞬にして考えた。
みもりはシウに抱きしめられたまま言った。
「だめ。ぜったいだめ。ばれたら最悪」
震える唇でそうつぶやくみもりに、シウが微かに目を細めて文句を言う。
「そこまで言われたら傷つくな」
「シウ!」
「わかった。そうだね。今はまだ良くないね、お互いに」
シウにはどこか暢気なところがあって、たとえ夫婦であることがばれてもそのときはそのときと思っているような節もあったが、熱烈なファンだったみもりにはわかってしまう。
そんなことになったら、E-yennphは大スキャンダルにまみれてダメージを受ける。
いまどき恋愛禁止なんて古い、そう思う人もいるかもしれない。
でも、やっぱりアイドルは違う。
Yenn(E-yennphのファン)にとって、E-yennphのメンバーは全員、Yennの恋人なのだ。
「じゃあ、脅迫状を書いた人の狙いは、わたしなんだね」
「ミモリ」
「だったら安心」
「え?」
「わたしがいなくなればいいだけだよ」
「どういう意味?」
シウの声が険しい。
だが、みもりははっきり言い返した。
「わたし、後半のステージには出ない。会場から出て身を隠す」
「そんなことできるわけがない。ステージに穴を開ける気か?」
「解散寸前のグループだよ。一人いなくなったって問題ないよ」
「本気で言ってるの」
「本気に決まってるじゃん」
(つづく)
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