09.母親の愛とはなんだろう ー愛の正体ー
小さいとき髪をといてくれるのも、ほかの人がすると痛いが、母親だと痛くなかった。
ここに自然な無理のない母の愛がある。
ー 新渡戸稲造 ー
◆子育ての愛
子どもを育てる上で、母親として必要な要素はなんだろう。
冒頭の新渡戸稲造の言葉のように、子どもは親の愛を敏感に受け取る力がある。子どもはふとした瞬間に「自分は大切にされているなぁ」と感じる。逆に親の負のオーラもすぐ察する。偽りの気持ちで子どもに対応すれば「今の自分は愛されていない」と受け取る。
深爪さんが自身の本で子どもの自己肯定感を上げるためにすべき5つのポイントを紹介していた。
1.子どもの話をきちんと聞く
集中して話を聞いてあげることで、子どもは「愛されている」と実感する
2.ほめる
子どもに対しては、成し遂げた結果よりも、その過程で努力した姿を具体的にほめることが大切
3.比較しない
誰かと比較されると、子どもは強い劣等感を心に植えつけてしまう。ありのままを受け入れよう
4.積極的にスキンシップをとる
ハグなどで暖かい体温を感じることは子どもの心に安心感を与え、ダイレクトに「あなたが好きよ」と心に伝える効果がある
5.「ありがとう」と感謝を述べる
「ありがとう」は人から感謝され、必要とされていることを実感できる言葉
自己肯定感を上げるだけが子育てではないかもしれない。
でも、詰め込み教育の時代はとっくに終わっているので、これからの子育ては「宿題やりなさい」の強制ではなく、「大丈夫、やればできるよ」と背中を押してあげる方法が合っていると思う。
◆ナルシストの母親
僕の友人に母親のことをどうしても好きになれない人がいる。彼に話を聞くと、子どものころ、母親から強制的にピアノを習わされたらしい。母親自身も若い頃ピアニストを目指して猛特訓していたようだ。コンクールで毎回入賞し、将来有望と言われていたが、彼が生まれたことにより、その道を諦め、夢を息子に託した。
彼自身はピアノよりもサッカーやサーフィンがやりたかった。
でも、反抗期が来るまで逆らえず、ずっと我慢してきたそうだ。
エーリッヒ・フロムが著書「愛するということ」の中で、ナルシシズムに関して述べていた。
世の多くの親たちが多少のナルシシズムを抱えている。そういう親たちは、子どものことを従順で自慢の子どもというかもしれない。しかし本当の子どもの気持ちには気づかないどころか興味すら示さない。子どもに対しても、謙虚さと客観性を持って対応していかなくてはならない。
◆子どもを信じる
ぼくは小学生低学年の頃に鉄棒の逆上がりができなくて、父に猛特訓させられた。できるまで帰らしてもらえず、最後は泣きべそをかくまで強制的に練習させられた。結局その日はできず、父親はよほど落ち込んだのか、以来息子の逆上がりに興味を示さなくなった。母も逆上がりができる友だちを見ては、「ほら、あの娘だってできるのに……」とできない息子を否めてきた。逆上がりができなくとも、生きていけるというのに。ぼくは逆上がりよりも、サッカーが得意だったし、絵を書くことや虫取りが大好きだった。逆上がりよりも、そっちの可能性だけを見て欲しかった。
父も母も絵が得意で、父は高校の美術予備校時代にパンフレットの表紙に載るほどの腕前だった。
でも息子のデッサンに対しては、「美大なんかやめておけ」と一蹴した。
子育ては練習期間が無い。だから何が正解/不正解かわからない。
裕福な家庭なら、子育てのプロを雇えるが、貧乏な家庭は子育てにかけられるお金も時間もない。
でも、金も時間もなくてもできることがある。
それは、信じること。
子どもの芽を詰まずに、その芽が開花するのを待ってあげる。
可能性を信じて、「いいね、やってみなよ!」と背中を押して、あとは放っておくだけでも随分違うのではないだろうか。
目まぐるしく環境が変わりゆく現代では、今日の常識は明日覆されるかもしれない。自分たちの経験が絶対的に正しいと思い込み、子どもに強制させるのではなく、これからの時代を生きる子どもたちの可能性を広い心で信じて欲しい。