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小説を鑑賞する(小説の鑑賞・01)


小説の鑑賞のされ方

 小説ほど変わった鑑賞のされ方をしているものはない気がします。私だけなのかもしれませんが、あまりにもびっくりして何度も腰を抜かしたことがあります。冗談はさておき、それくらい、小説の鑑賞のされ方はユニークなのです。

 芸術とか作品と呼ばれているもののなかで、こんなに摩訶不思議な鑑賞のされ方をされているものが他にあるとは思えません。

 ところで、「小説を鑑賞する」という言い方は一般的ではないようです。「絵を鑑賞する」、「音楽を鑑賞する」、「演劇を鑑賞する」、「映画を鑑賞する」、「パフォーマンス(演技や競技)を鑑賞する」は慣用句、つまり決まり文句であり定型だと言えます。

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「小説を消費する」というフレーズが浮かびましたが、この言い回しは一般的ではないにもかかわらず、私にはしっくりきます。

 とりわけ、いまという時代には小説は「読まれている」というよりも、「見られている」し、さらには「消費されている」と思われてならないのです。誰もが、ほかにやることがたくさんあって忙しいのです。

小説の鑑賞のされ方の特異性

 小説の鑑賞のされ方が、たとえば絵や楽曲や映画や演劇の鑑賞のされ方にくらべて、どんなに特異であるかを箇条書きにしてみます。

*小説は基本的に複製で鑑賞される。しかも複製があちこちに無数に存在する。つまり遍在する。

*小説の実演や上演を鑑賞することは、まずありえない。

*小説は始まりと途中と終わりのある――端的に言えば最初の一文字と最後の一文字のある――直線である。

*小説の最小単位は文字であり、文字は書きはじめと終わりのある、点と線からなる線である。

*人は直線状の直線上で迷う。直線が迷路であるらしい。⇒「直線上で迷う(線状について・01)」 & 「タブー(線状について・02)」

*小説は翻訳が可能であり、じっさいに翻訳されてきた。

*小説は物語にくらべても、芝居や音楽や絵にくらべても、きわめて新しいジャンルである。ということは、小説家はきわめて新しい職業(あるいは趣味)である。

*印刷された書物の形であれば、いつでもどこでも、たとえ設備や機材や電気(明るければ)がなくても、ひとりで楽しめる。手にしているのは小説ではないらしいが、イメージとしては二宮金次郎。現在は二宮金次郎そっくりの人たちがうようよ街を歩いている(スマホのこと、念のため)。

*小説は、見ることも、ながめることも、読むことも、音読すれば聞くこともできる。手話や点字にして鑑賞することも可能であるし、じっさいにそうされてきた。

*文字で書かれた小説は、発せられた瞬間に消える音や身振り(音楽や演劇のことです)と異なり、消さないかぎり、文字として固定され残っている。

*小説の文字が印刷されている紙は薄いのに厚いらしい。紙は薄っぺらいのに深いらしい。そこそこ薄くて薄っぺらい液晶画面でも、人が長時間見入っているのことから、画面も厚く深いらしい。

*ある人がAという小説を数時間で鑑賞し終わり、Bという小説を数年間かけて(たとえば『源氏物語』や『失われた時を求めて』や『トリストラム・シャンディ』や『死霊』)鑑賞していて、まだ鑑賞しおえていない。そんな鑑賞のされ方をしている。

*並行して複数の小説を鑑賞している人がいる。

*同じ小説をはじめから終わりまで、または部分的にくり返し鑑賞している人がいる。

*終わりから鑑賞する人もいるらしい。途中を飛ばして鑑賞する人はざらにいる。鑑賞の速度が人と小説によって異なる。

*ほとんどの場合に一人で鑑賞する。同時に複数や多数でわいわい鑑賞することはまずない。

*だんだん鑑賞されなくなってきている。鑑賞する人が減り、鑑賞される時間が減ってきている。

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 それなのに、いや、そうだからか、二宮金次郎そっくりな人たちが増えている。増えつづけている。世界中で。

摩訶不思議

 以上ですが、ほかにも思いだしたら、追加します。

 それにしても、作品として鑑賞されるもので、こんなものが他にありますか? 

 上で述べた特性を、絵・絵画、音楽・楽曲、芝居・演劇、映画・動画、スポーツ、ゲームの鑑賞とくらべてみてください。

 この小説の鑑賞のされ方の特異性については、何度腰を抜かしても罰が当たらないくらい不思議だと私は日々感じています。

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 この「小説の鑑賞」という連載では、上で箇条書きにした摩訶不思議な小説の鑑賞のされ方について(整理したうえで)、話を進めていく予定です。

 なお、以上の特性は、小説に限らず広義の文章や文書一般でも言えることなのですが、話が広くなりすぎる恐れがあるので、この連載では小説に限定します。

(つづく)


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