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勝負には損切りも大切
元来の捻くれ者なので、パラドックスの戒めが好きです。
負けるが勝ち、逃げるが勝ち、肉を切らせて骨を断つなどの格言は好きな部類で、損切りの大切さを教えてくれます。
負けることを恥、逃げることを卑怯なように思われることは多いですが、長い目で見ると、ベターな戦略で結果的に成功することが多いのではないでしょうか。
負けるところでは被害を最小限にして戦力を温存し、勝ち目のない勝負はさっさと逃げるというのも立派な戦略です。
いったんは譲歩して引き下がり、作戦を練り直して立て直す方がヤケクソになって玉砕するよりは遥かにマシです。
今だから言えることかもしれませんが、太平洋戦争(大東亜戦争)での日本軍は負け戦がわかっていても、「負けるが勝ち」や「逃げるが勝ち」を良しとしなかったことが被害を大きくしたことは間違い無いでしょう。肉を切られて骨まで断たれてしまいました。特にガダルカナル島や硫黄島などの凄惨な玉砕は最悪な失敗です。
どんな勝負でも全戦全勝の人はいないし、全てを勝つ必要はありません。
最後に勝つためには、負けてもいいところでは負けて、逃げるべきところでは逃げるべきです。
勝負どころを見極めて、最後に勝つべきところで勝てばいいのです。
太平洋戦争の後に語るとどうしようもないくらいショボいですが、自分にとって脱サラは数年単位の長期戦でした。
出世や昇給などの目の前のニンジンには飛び付かず、周りからの低評価も気にせず、ただただ逃げることだけを考えていました。
何の取り柄もない凡人の人生の中では大きな損切りでした。
太平洋戦争の屈辱的な敗戦から80年が過ぎ、見た目は平和な国になりましたが、中にいる国民はまったく幸福そうではありません。
一時の経済繁栄もあっけなく終わり、急坂を転げ落ちるように転落中です。
昨年は子どもの自殺者数が過去最多となったそうですが、この国の未来をすべて物語ります。老人ばかり増えて、子どもが生まれず、子どもが絶望する国に明るい未来などがあるわけはないです。
幸福の追求は憲法で保証されていますが、国民は毎日を生きるのが必死で、それどころではない人の方が多いでしょう。
美しい言葉で溢れる憲法は現実の世界ではまったく通用せず、政府と国民で利害が一致することなどほとんどありません。
今の時代に個人が本当に幸福を追求するのであれば、セカンドキャリア、セカンドホームなどの選択肢をもつことは必須のように思います。
幸福の定義は人それぞれですが、私にとっての幸福は自由が必要不可欠で、自由は選択肢をもつこと、選択を実行できることです。