『照星(しょうせい)』 2
週末が明けた月曜日の朝、訓練兵は第三中隊の前庭に集合した。ダジルバ兵長が訓練兵を整列させ、ルイン伍長、ブルゴーニュ大尉と引き継いでいく。
そして大尉の心構えの話が終われば、すぐに伍長と兵長の指示に従って訓練キャンプへ出発する準備が始められたのである。
各自に割り当てられた狙撃銃を受け取り、用意してきた背嚢や支給された水食料をトラックに積みこむ。
弾薬の入った木箱は二人掛かりで持たなければ運べず、それを六人で運ぶのである。
訓練初日は全員がきびきびと行動し、午前中に準備を終えてしまい昼食後には基地を出発することになった。
二十五人の訓練兵は手伝いのパリス兵長とオコノー兵長の運転する二台のトラックに分乗し、ルイン伍長が一台目のトラックの助手席に乗り込む。
ダジルバ兵長はブルゴーニュ大尉のジープの運転手を兼ねていた。合計三十人でキャンプに出発した。
キャンプは基地から一時間ほどトラックを走らせた所の、ジャングルを切り開いた射撃場近くの密林の中に設営された。
そのキャンプ地も一年前の訓練兵たちが切り開いたのだろうか、すでに密林の中の禿げ地のように、ぽっかりと高い木々の間に空き地を作っていた。
ただ熱帯の暑さと湿気は草を瞬く間に伸ばしてしまう。
第三外人歩兵連隊の駐屯する仏領ギアナはアマゾンの北東に位置していて、赤道直下にある熱帯雨林気候の常夏の地なのだが、常に湿気が高く土地のほとんどは、未だに人の通えないほど深い密林で覆われている。
低地は潮が遡って来て海水が広がると深い沼になってしまい、奥地はいつも突然やってくるスコールと呼ばれる雨で湿気を逃すことがない。
それでも乾季になると、地形上小高いところは、すこし密林を切り開けば熱い太陽の光は地面を硬くする。
朝夕は高い木々の枝葉に遮られて涼しいので、蚊が多いことを除けば密林で中の生活も過ごしやすい。
ジャングルでの生活は一人ひとりがハンモックを張ってその中で寝起きする。二本の大きな木を見つけてロープを張り、それにビニールシートを架けて屋根にする。その下に蚊帳付きのハンモックを張り、腰掛けたりその中にもぐり込んで寝たりする。
切り開かれたキャンプ地の中央には大きなロープとビニールシートが張られて屋根が出来あがった。
その下には、切り出してきた大きな丸太を割ってテーブルと椅子を拵え、食堂兼野外教室が出来上がる。机上の理論を教わったり食事をしたりと、訓練隊のキャンプの中心になる場所だ。
半日掛かりでキャンプが設営されると、二日目の朝から訓練が始まった。
朝の起床からすぐにジョギングが始まる。毎日広い射撃場を走り込んだり県道まで出て長距離を走ったりする。短い時でも五キロ、長い時は十二キロぐらいを走りこむ。
特に走りこみは、他の運動競技と同じく、腰を強化する基本的な運動で、射撃でも大切な訓練のひとつである。
講義の初めはフランス軍で使っている狙撃銃の性能や各部品の名称、寸法、重さ等の取り扱いマニュアルを学ぶ。例えば、口径七・六二ミリ、重量五・一キログラム、全長一・一三八メートル、銃身長六〇〇ミリメートル、弾丸初速度八二〇メートル/秒、有効射程距離八〇〇メートル、最長飛距離三八五〇メートル、装弾数一〇発などの数字を覚える。そして分解、掃除、組み立てを何度も繰り返す。
また撃つ時に使うスコープの取り扱いも重要だ。レンズが組み込まれたスコープは太陽の位置によって景色の入射角が変わり、弾は風の向き、標的までの距離、自分の位置と標的の位置の標高差から生まれる角度によって着地点が変わるので、細かい計算が必要になる。そして小さく細かいメモリを少しずつずらす。
照準を合わせるための微妙で繊細な取り扱い方を覚えるのだ。
そうして三日目からは実際の射撃訓練が始まった。午前中が実射調整なら午後は講義といった具合に、朝から晩まで、密林の中で、時にはスコールに見舞われ、土に塗れて訓練を受ける。
実射訓練が始まるとほとんどの時間は、日中の炎天下での射撃が続き、時には訓練を延長して夜間の射撃訓練も行われる。二百メートルの距離の照準合わせを中心に、三百メートル、五百メートル、と何度も何度も、撃っては標的まで確かめに走り、走って戻ってはまた射撃を繰り返す。
つづく
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